
バン! と派手な音を立てながら体育館の扉が開いた。体育館の入り口を真っ直ぐ進むと、そこは少し突き出たバルコニーのようになっている。その場所には音の主が立っていて、全員がそれに注目している。
「みんなー、集まってー!」
ユカだ。片手にはなにやら輪ゴムで纏められた藁半紙の束を持っている。全員がデュエルを中断して、ユカの前――正確には下だが――に集まった。一応ユカはこの同好会の責任者だから、同好会内では一番偉い。
「ソウくーん」
「ん?」
一番前にいた俺は、突然呼ばれたことに驚きながらも、手招きするユカの真下に歩いていった。
「はいこれ。みんなに配って」
ドサッと落とされたのは、ユカが持っていた藁半紙の束だ。少し温かいところを見ると、恐らく印刷し立てなんだろう。俺は頷いた後、輪ゴムを外してから紙を配り始めた。その間に、ユカは階段を降りてこちらに向かってくる。他の奴にも協力してもらいつつ、ユカが来た頃には全員に配り終えた。
「読みながら聞いて。わがTCG同好会に、遊戯王OCGの大会参加の打診が来ました」
全体がざわつき出した。なるほど、大会ねぇ……。
「静かに。今からそれについて説明します」
ユカは説明を始めた。
――大会の概要はこうだ。
まず、開催は夏休み真っ只中の八月十日から八月十五日まで。五日もの長丁場で、ホテル代も自腹。まあ、そっちのことは全く苦にならないだろう。団体戦で、参加人数は十二名で固定。必ずどこかのグループ(部活動や同好会など)に属していなければならない。
大会形式は少し複雑で、まずは全参加チームでの総当りを行う。その時は参加者の半分、つまり六名のみが闘い、合計勝利数の多い上位半分のチームが次に進むことが出来る。次も総当りで、今度は参加者のもう半分が闘う。ここでは上位十六チームが残り、最後にトーナメントを行う。これもかなり複雑だ。
一回戦ごとに、各チームから三人ずつデュエルを行う。要するに、デュエルごとにプレイヤーが変わるマッチ戦だ。それで勝ち越したチーム、つまり二人以上勝ったチームが次に進める。ただし、一度闘った場合は、もう参加は出来ない。よって、全四回戦ある内で十二人全てがデュエルを行うことになる。
その結果四連勝、つまり決勝に勝ったチームが優勝となる。敗者復活はなし。引き分けの場合はライフ残量合計が多い方の勝ち、それも同じならコイントスで決める。
簡単な日程としては、まず最初の二日で総当りの前半、もう二日で後半、そして最後の一日でトーナメントを行う。優勝した場合には賞品を貰える。だがそれ以上に、大きい大会であるが故、名を上げるために参加するチームが多い。
「大会参加者の十二人。今から参加者を募ります。明日までに、わたしの所まで来てください。多い場合は、しかるべき方法で選り分けたいと思います。では解散」
解散、の一言とともに、殆どの同好会員がユカのところへ集まる。どうやら、参加希望者らしい。ユカは右手にボールペン、左手にバインダーを持ち、希望者の名前を記録している。隣にいたマリに促され、俺もユカの方へ歩いていった。
「あたしも参加希望ね」
「俺も」
ユカは頷き、俺たちの名前を記入した。チラッと見ただけでも、明らかに定員オーバーだ。土曜日と言うと明後日だが、一体どうやって選り分ける気なのだろうか。
「なあ」
「ん〜?」
帰り道。昨日と同じように、俺はユカと一緒に夜の道を歩いていた。マリやシュウは、俺たちを気遣ってなのかいつも先に帰っている。
「大会のことなんだが」
「なに?」
「明らかに定員オーバーみたいだが、どうやって篩いにかけるんだ?」
「そうだねー……」
そう言ってから、ユカは考え込んだ。難しい顔をしながら腕を組む姿も、かなり絵になる。
「やっぱり、実力で決めるかなあ」
「実力、ねぇ」
デュエルで、ということか。そうなると、俺は結構危ないかもしれないな。同好会内でも俺は弱い方だし、弱いデッキにはとことん弱い。裏を返せば、強いデッキには強いんだが。
「?」
ユカが俺の顔を覗き込んだ。俯いていた俺は、驚きつつも顔を上げた。
「大丈夫だよ。ソウくんなら」
ユカは読心術でも使ったのか、俺が思ったことを全て見透かしているような風に言った。ユカは同情が嫌いだ。だから、本当に大丈夫だと思っているのだろう。なら俺は、その信頼を裏切らないように頑張るだけだ。
「まあ、どうにかなるか」
「うん」
淡い街灯が照らす中、俺たちは談笑しながら歩いていき、やがてユカが住まうマンションの前に着いた。
「ん」
マンションの玄関の前で、ユカは俺に振り返った。身体を寄せて、頭一つ下から上目遣いで俺を見て、それから瞳を閉じた。訊くまでも無く、「キスをせよ」とのサインだった。俺は腕をユカの背中に回しながら、唇を合わせた。数秒ほどした後、俺は唇を離した。
「んん……。じゃあね」
少し頬を赤らめながら、ユカは踵を返した。
「じゃあな」
俺はマンションを後にした。
「おっはよー」
「おはよう」
翌日。俺はマンションの目の前にいた。駆けて来るユカに手を振り、ユカも振り返す。俺たちは今から登校するところだ。昨日はユカがいなかったが、いつもは大体今日のような感じだ。
「あと一週間で夏休みだね」
「ああ。そういや、七月は去年通りなのか?」
去年通りとはつまり、広瀬宅に泊り込んで宿題を速攻で終わらせる、ということだ。
「うん。その内連絡するから」
「わかった」
あれやこれやと談笑しながら、住宅街を抜け、大きな道に出た。ふと、ユカの目線が俺から外れた。どうやら俺の後ろの方を見ているようだ。俺は後ろに向いて、ユカの目線を追った。そこには公園があり、ユカはそこのベンチに座っている人を見ていた。金髪の女性と茶髪の男性……いや、どちらかと言えば少女と少年といった感じだが、ともあれ外国人らしき男女だった。
「どうした?」
「んー……。ううん、何でもない」
「?」
どうしたんだろうか。気になったが、ユカが歩き出したためにそれを脳から追い払い、俺も歩き出した。
俺は教室の戸を開けた。この学校の扉は、摩擦が無いかのように滑らかに開き、そして音が全くしない。車輪でも付いているのかと疑いたくなるが、どうやらこの扉の材質にポイントがあるらしい。と、斎藤は分析している。その斎藤は、やはりいつも通り俺より先に教室に入り、俺の隣に居座っていた。
「おはよう、斎藤」
「おはよ〜」
俺とユカが挨拶すると、にこやかに斎藤も返した。そのさらに二つ隣の列に目を向けると、今日は髪を全部下ろしたマリが座っていた。頬杖を突き、外に目を向けている。俺たちに気付いていないのか、振り返る素振りも見せない。
「機嫌、悪そうだね……」
ユカが心配そうに俺に言った。
「ああ」
俺は同意した。十年以上も付き合っていると、意識しなくても互いのクセや思考なんかが読めてくる。実は、マリの髪型は感情のバイオリズムを表している。髪型だけに注意していれば、誰でも気付くことができるだろう。何のことは無い、単純に「機嫌が悪い時は髪型が適当」ってことだ。
つまり、一番機嫌が悪いのは今日のようなストレートロング。昨日のようなポニーテールは普通。さらにツーテール、シニヨン――俗に言う「団子」――と上がっていく。昔は三つ編みもあったが、最近は見ていない。
そういえば、マリは俺が知る中ではずっと髪が長かった気がする。まあ、今更ショートヘアになられたら、誰か分からなくなるだろうが。ちなみに、俺はシニヨンの時が一番好きだ。なんせ、機嫌が良いと何もされないからな。
「まあ、わざわざ突っついてやるなよ。蛇が出るくらいじゃすまないだろうから」
「うん」
ユカが答えたのと同時に、予鈴が鳴った。後五分でSHRが始まる。ユカは一応マリに「おはよ」と言ってから席に着いた。マリは一応返していたが、相当ローテンションだった。そういえば、寝癖も少し残っている気がする。こりゃあ、突っついたら龍が出るかもしれないな。
「ああ、そういえば」
「ん?」
隣の斎藤が声を掛けてきた。こいつから話題を振るなんて、珍しいこともあるものだ。
「今日、転校生が来るらしいわよ」
「へぇ……。こんな時期にか」
転校生か。別に珍しいことでもないが、なぜこんな夏休み直前に来る必要があるんだ。夏休み明けまで待てなかったのか。
「しかも二人。一人はウチのクラスだって」
「ふうん。まともな奴だと良いな。マリみたいなのが増えても困る」
「あら。中村さんって良い人じゃない?」
それは俺以外の話だろうが。
「っても、こんな時期に転校してくるぐらいだから、よっぽどの変わり者ってのは確かだな。しかも二人」
そういえば、二人同時に転校してくるというのは珍しい。いや、学期の始めとかならわかるが、こんな中途半端な時期に二人同時っていうのはかなり稀だろう。
「双子かなにかかしらね?」
「さあな」
俺が言ったのと同時に、またチャイムが鳴った。SHR開始のチャイムだ。扉を音も無く開けながら、担任が入ってきた。うちのクラスの担任は妙齢の女性で、文句なしの美女だ。そのため、生徒――主に男子生徒――から好かれている。転校生は連れていない。まあ、後で来るんだろう。いつも通り、斎藤が号令を掛ける。
「きりーつ」
斎藤は教室全体を見回し、息を吸ってもう一言。
「れい」
『おはようございまーす』
全員が着席。担任は開口一番、こう言った。
「今日はまず、転校生を紹介しようと思います」
教室全体がざわつき出した。俺は、廊下で足音がするのを聞き取った。だんだん近づいてくる。考えるまでも無く転校生の足音だろう。教室の扉はガラスがはまっているものの、すりガラスで外は詳しく見えない。顔が通過するのは分かったが、どんな顔かは分からなかった。一つ言えることは、髪が短かったことだ。
「はい、入って」
担任の声の答えとして、転校生は教室の扉をやはり音も無く開けた。まず目に飛び込んでくるのはその茶髪だ。短めの髪で、ユカよりは濃いが蒼井先輩よりは薄い、丁度中間ぐらいの茶色だ。そして、日本人離れした顔がさらに目を引く。というか、あれは日本人ではないだろう。全体的に整った顔立ちだが、何か気弱な印象を受ける少年だった。
「自己紹介してね」
「はい」
応答は紛れもない日本語だった。短い単語だから分かりにくいが、訛りのような物はまったくない。しかし、書き出した名前は確実に外国人のそれだった。彼は綺麗なブロック体で、「Alfred Curtis」と書いた。
よく見れば彼は朝ベンチに座っていた少年に似ている。というか、そのものだ。ということは、もう一人の転校生と言うのは、隣に座っていた金髪の少女なのか。
「アルフレッド・カーティス。アルと呼んで下さい」
それは、顔を隠されれば日本人と間違えるほど、流暢な日本語だった。はっきり言って、日本国籍のユカよりも日本語に近い、訛りなど全くない完璧なジャパニーズだった。多くの生徒は驚き、そしてその中にユカも含まれていた。ただ、驚き方が尋常ではない。なぜそんなに驚いているのか、それは次のユカの言葉と、アルフレッド・カーティスの言葉から明らかになる。
「ア、アルなの!?」
「やあ、ユカ。久しぶりだね」
経緯はこうだ。よくよく考えれば、ない話じゃない。ユカは小学生の頃、アメリカに住んでいた。当然そっちの学校へも通っていただろうし、そこで出来た友達もたくさんいたはずだ。その一人が、このアルフレッド・カーティスという少年らしいのだ。SHR終了後、窓側最後列の席に座る彼に、ユカは色々訊いているようだ。
「久しぶり! こんなところで会うなんて思わなかった!」
「会えてうれしいよ、ユカ」
「そういえば、リズはどうしたの?」
「ああ、それはね……」
英語で話しているので、全く聞き取れない。まあ、楽しそうな雰囲気は伝わるからいいか……なんて考えていると、突然教室の扉が開いた。すぐ側にいた俺は振り返り、すぐさまそこにいた人物を認識した。
肩まで伸ばされた綺麗な金髪に、金色の瞳。どう見ても外国人だった。そして、朝公園で見かけた少女でもあった。黒いキャミソールにジーンズと、かなりラフな格好で、ついでに言うとグラマラスだ。まあ、俺はその辺に執着する性格ではない。転校生その二、か。
「アル〜っ!」
少女は叫んだ。正面にいる、アルフレッド・カーティスに向けて。
「ああ、リズ」
「えっ、リズ!?」
ユカはさらに驚いた表情だ。まあ、この少女はアルの知り合いらしいし、そうなるとユカとも知り合いだった可能性が高い。少女は一直線に彼に駆け寄り、そして抱きついた。首に手を回して頬にキスする少女と、されている少年。誰がどう見ても、恋人同士であるとしか思えない行動だった。
「あれ、ユカ?」
今気付いたような感じで、リズと呼ばれた少女は言った。ユカは大きく頷き、そして抱擁を解いた少女は、今度はユカに抱きついた。
「ユカ〜! 久しぶりだネ」
「うん! うん! 久しぶりっ!」
流石にギブアップだ。俺は真相を知るべく、ユカの方へ歩いていった。
「ユカ。一つ訊きたいことが」
「あっ、ソウくん。紹介するね」
訊く前に、ユカが答えを切り出した。ユカは俺と少女とを交互に見ながら、言った。
「この子はリズ。わたしのアメリカの友達だよ。本名はエリザベス・ペルティエ」
「ン? ああ、キミがうわさに聞くユカのフィアンセだネ? ユカから話は聞いているヨ」
英語圏の訛りがかなり残ってはいるが、上手い日本語だ。まあ、アルには敵わないだろうが。よくよく見れば、彼女はかなりの美少女だった。ていうか、フィアンセって……。まあ、その辺は気にせず、俺は返した。
「そうか。よろしく」
「ウン。よろしくネ!」
「うわっ」
ガバッ、とリズはやはり抱きついてきた。十秒ほどそうした後、彼女は抱擁を解いた。欧米の文化だと言うことは分かりきっているが、こうも突然されると結構緊張する。俺も若干頬が紅潮していた。それを目敏く見つけたユカは、少し怒った様子で言った。
「ちょっとソウくん?」
「……なんだよ」
むー……とユカは俺を睨みつけている。しかし、やはり欧米の文化はユカも熟知しているため、それ以上は追求しなかった。ふと時計を見ると、あと少しで一時限目が始まりそうだった。
「おい、授業始まるぞ。戻らなくていいのか?」
「そうネ。アル、ユカ、ソウ。また今度ネ」
いきなりニックネームかよ。まあ、別に構わないけどな。
「うん、それじゃ」
アルが答えると、さも当然のようにリズはアルにキスをした。今度は唇と唇で。キスを終えたリズは、早足で教室を出て行った。
「どういうこと?」
ユカがアルに訊いた。色々な意味に取れる質問だったが、これはさっきのキスについて訊いているのだろう。
「ああ。ユカが日本に帰ってから、色々あったんだよ」
「どっちが告白したの?」
「リズだよ」
「へぇ」
今度は日本語で会話。どうやら、ユカが知る二人は恋人などでは無かったらしい。チャイムが鳴り、ユカと俺は席に戻った。
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