
「うわー……。お、おっきいね」
「デカい……」
「デカいな……」
「何これ、ホテルじゃないの?」
「まあ、元はホテルですからね」
俺たちの視線の先。丘の頂には、一軒の家が聳え立っていた。
――聳え立っていた。そう表現するのが適正な、明らかに大きすぎる家だった。例えるならホテルか旅館。まあ、外観からしてホテルという方が近いか。草原に囲まれて、殆ど車が通れないような道しかない点を除けば、どこぞの有名ホテルと変わりない気もする。
言葉を発した順にユカ、俺、シュウ、マリ、ヒナは、車を降りてから頂上への道を歩き出した。他の連中も後ろに着いて来るだろう。時刻は午後二時ごろ。夏の日差しが容赦なく照りつける、ものすごく暑い日の一番暑い時間帯だった。
さて。ここがどこか、と言うと答えるのは簡単だ。ここは、何を隠そう美崎家の別荘だ。別荘と言うだけでため息が漏れるが、それがこんなホテルみたいな豪邸だとすれば、もう呆れるしかない。
それじゃあ、なぜそんなところにいるのか。これを答えるには、少し時間を遡らなきゃならない。
「「「合宿!?」」」
見事に言葉を合わせたユカ、マリ、俺は、一斉にヒナを見た。ヒナは頷いてから話を始めた。ここは、俺たちが平時学ぶ二年六組の教室で、時は終業式の日、その放課後だった。
「ええ、親睦を深める意味もありまして。十二人全員で一つ屋根の下で過ごそうと」
言い方は気になるが、まあ悪くは無い提案だ。それにしても合宿とはな……。問題は場所だが……。
「場所なら心配して下さらなくても、こちらが用意しますわ」
「ヒナが? それはまた凄いことになりそうだけど」
マリがそう言うのも無理はない。なんせ、ヒナは正真正銘のお嬢様、その父はとある大富豪だからな。どんな場所が用意されるのか……。楽しみなのと同時に、少し怖い。
「美崎家の別荘を借りることにしております。一応十二人分の部屋は用意できますわ」
「十二人入れる家ってどんなんだよ……」
俺はため息を吐きながらも、心のどこかでわくわくしていた。今年の夏は、一味違った感じになりそうだ。
「でも、これで夏休みは埋められるねー」
マリが言った。まあ、こいつはやけに夏の予定を埋めたがってたからな。
「ええ。とりあえずは、他の八人の方々から了承を頂けるか、ですが……」
後の八人か。とりあえず、今日聞くしかないか。
「それじゃあ、行こっか」
ユカが言い、全員が頷いた。俺たち四人は体育館へ向けて歩き出した。とりあえずは、八人中二人につき一人を割り当て、四人で分担することにした。
「合宿?」
まずはシュウだ。まあ、夏休みには特に何もないと言ってたから、問題はないはず。あるとすれば、面倒だと言われることぐらいだ。俺はかくかくしかじか用件を伝えた。
「アイツの家の別荘か……。そりゃあさぞかし豪邸なんだろうなぁ」
「だろうよ。ヒナの父親は関東でもトップの大富豪だからな」
そういえば、大富豪だとは聞いているが、具体的にどんな人物かは聞いたことが無いな。どんな方法で大富豪と成り得ているのか、聞いて見たいもんだ。
「ま、どーせ暇だし付き合うぜ。家族旅行よりかはよっぽど楽しそうだ」
「分かった。詳しいことは夏休みに入ってからな」
「はいよ」
これであと一人だ。俺に割り当てられたもう一人は、座りながら壁に背を預けていた。俺が近付いても目を向けようともせず、不機嫌そうに前方を睨んでいた。肩まで伸びた、漆黒と言ってもいい純粋な黒髪。二つ隣のクラスの、スズこと橘鈴子だ。
「よう」
俺が隣に座り込んでも前を向いたままのスズは、「何よ」とだけ短く返事をした。目を合わせるどころか、こちらを向いてすらくれない。仕方なく、俺も前を向いたまま用件を話した。
「お前、夏休み暇か?」
「なんでよ」
「実はな。大会までの期間、十二人で合宿を行うって話になってるんだ」
「合宿?」
やっと振り向いてくれた。表情は硬く、漆黒の瞳は一切笑っていない。スズはいつもそうだ。こいつの笑った顔なんて見たことがない。
「ああ、ヒナの提案なんだ。十二人で一つ屋根の下、切磋琢磨しろってよ」
「そう。別に私は構わないけど……何処でするつもり?」
「ヒナの家の別荘だってよ。まあ、期待はできるんじゃないか?」
スズは、へぇ……と驚いた表情を見せた。
「あの美崎さんが……。分かった、付き合うわ」
「そうか、ありがとう」
スズは明らかに狼狽した様子で、目を逸らしながら言った。
「!……べ、別に貴方の為なんかじゃ無いんだから」
「はいはい」
よし、二人とも良いみたいだな。後は他の連中だな。俺は指定された場所で、三人の報告を待った。やがて、三人とも帰ってきた。
「こっちは二人とも良いみたいだよ」
とユカ。リズとアルか……。まあ、暇そうだしな。しそうなことと言ったら、二人で一日中いちゃついてることぐらいか。
「こっちもオーケー。みんな暇なんだねぇ」
これはマリ。確か一年の二人を任せたはず。まあ、友達が少なそうではある。
「こちらもですわ。あなたは?」
ヒナが訊き返した。ヒナに任せたのは三年の二人だ。
「こっちもだ。どうやら、十二人とも大丈夫らしいな」
「うん」「だね」「ええ」
三者三様の反応をしつつ、全員の表情が綻んだ。さてさて、この夏の合宿。何が起こるんだろうね。
「ふわぁ……。ホントにホテルみたいだね」
ユカが感嘆の言葉を発した。時は戻って現在。今俺たち十二人は、美崎家別荘の目の前にいる。近くから見上げると、その大きさはより鮮明になる。ビジネスホテルとも言えないが、高層マンションのような巨大なものとも違う。言うなれば、特権階級のみぞ許される超高級ホテルと言った感じだった。
「ええ、実はホテルを改装したものなのです。解体寸前だった廃ホテルを、土地ごと安く買い取ったのですわ」
そりゃあそうだろうな。こんなところに巨大すぎる別荘を一から建てるなんて、無駄遣いも甚だしい。
「三階建てですが、宿泊できるのは二階部分のみで、部屋数は六つですわ」
「六つ? おいおい、それじゃ足りないぞ」
シュウが言うのも無理はない。俺たち全体で十二人。半数分しかない。
「いいえ。全ての部屋がツインルームとなっていますので。二人ずつ入れば問題ありませんわ」
「まあ、それならいいか……」
「ただし、全てダブルベッドが一つだけの部屋ですが」
「何?」
ダブルベッドねぇ……。ってことは、男女が共有するには少し難があるな。まあ、アルとリズとか俺とユカなら良いかもしれないが、シュウは誰とも交際関係を持っていない。
「まあ、部屋割りの話は後でいたしましょう。まずは中に入ってください」
促されるまま、俺たちは中へ入った。入るとそこは、巨大なシャンデリアが目を引く大広間になっていた。奥には階段があり、上階へ上がれるようになっていて、左右には扉がある。ヒナの説明によれば、右側には大きなダイニングがあり、左側はキッチンになっているらしい。その様相は王宮を思わせ、ヒナ以外の全員が感嘆している。
「さて、まずは荷物を降ろしてください。部屋割りをいたしましょう」
ヒナの声で全員が荷物を置き、広間の中心で輪になった。全員がヒナの指示を待っている。
「部屋数は六部屋、それぞれがツインルームですので、ペアを組んでいただきたいと思いますわ」
「ハイハーイ」
即座に手を挙げたのはリズ。その反応速度と言ったら、餌を前にしたヤゴの顎よりも速い。
「わたしはアルと同じ部屋ネ。ね、アル?」
「う、うん。僕はいいけど」
「分かりましたわ。それでは、先に部屋に行って荷物を置いてきてください」
そう言って、ヒナはリズに鍵を渡した。受け取ったリズは、アルの手を引いて階段を上っていった。
「わたしもソウくんとがいいなー」
ユカが笑顔で言った。無邪気でいいことだ。
「でもそうしますと、シュウさんと女性の方が同部屋になる必要がありますわ」
「うーん。それもそうだねぇ……」
ユカは腕を組んで考え始めた。それはそうだ。俺はユカと同部屋でも一向に構わないが、シュウが余ってしまう。……だからと言って、シュウとベッドを共にするってのもどうかと思うが。
「ヒナちゃーん。私たち、おんなじ部屋でいいよ」
悩んでいるユカをよそに、先輩二人がヒナから鍵を受け取った。次いで、一年の二人も同部屋に決まったようだ。残ったのは、二年の俺たちのみ。
「それでは、こうしましょう」
思い立ったように、ヒナは人差し指を立てた。
「シュウさんは一人部屋ということにして、一つの部屋に三人が宿泊すればよろしいですわ。少し窮屈かもしれませんが」
要するに、シュウが一人部屋で俺とユカが同部屋、残りのヒナとマリとスズが同部屋ということだ。確かに理にはかなっている。三人とも細身だし、ダブルベッド一つでも不自由は無いだろう。
「あたしは別にいいよー」
「別に、構わないけど」
マリもスズも異存はないようだ。ヒナは頷いて、シュウとユカに鍵を渡した。
「少し経ったら、電話で集合を掛けますわ。館内を案内いたしますので」
全員が頷いて、それぞれの部屋に散っていった。取り残された俺とユカも、鍵に彫られた番号の部屋に向かった。
「凄い……。きれいだね」
「だな。下手な観光地のホテルより良いだろ、ここ……」
部屋の大きさは、大体真星学園普通教室と同じぐらいか。さらに言えば、うちのマンションの一部屋より少し小さいくらい。まあ、二階部分に六部屋だけとなれば、自然とこういう大きさになるんだろう。柱の位置が不規則なのは、恐らく二部屋を一部屋にリフォームしたとか、そんな理由だろう。
入るとすぐにはスリッパを入れる棚があり、そしてテーブルなどが置いてある……リビングとでもいうのか、これは。その奥にベッドルーム、そして脇からはちゃんと分かれたトイレとバスルームがある。はっきり言って、寝るだけの場所としては豪華すぎる。
「んん〜……きもちいい」
ユカがベッドに倒れこんで目を細めている。というか、天蓋付きなんだが。
「ベッドも高価だな……。さすが美崎家」
「ここでソウくんと寝るんだね」
「……ああ」
そういえばこの関係になってから――なる前もだが――ユカとベッドを共にした経験なんて一度もなかった。と言っても、邪気も色気もないユカと寝ることに、何を期待しているわけでもない。ユカが求めるのは、プラトニックな恋愛だ。俺もそれに異存はない。俺はただ、ユカのかわいい寝顔を目の前で見れることに、ささやかな喜びを見出すくらいだ。
「わたし寝相悪いけど、我慢してね?」
「そうかい。まあ、ベッドは広いから大丈夫だろ」
「んー、でもね。たまにベッドから落ちてたりするんだよね」
あはは、と照れ臭そうに笑うユカ。俺は苦笑した。まあ、百聞は一見にしかず。明日の目覚めが悪くないことを期待しよう。
「「ん?」」
と、寝室に備え付けられている内線が鳴り出した。恐らく、ヒナが集合を掛けているのだろう。俺は受話器を取って、二言三言交わした後に電話を切った。
「さっきの大広間に集まれってよ」
「うん」
俺は荷物を置き、ユカと一緒に豪勢な階段でさっきの大広間に降りた。俺たちが降りたころには、全員が大広間に集まっていた。
「それでは、全員揃ったことですし、館内を案内いたします。はぐれて迷わないでくださると助かりますわ。今も以後も」
そう釘を刺したヒナだったが、まあこんなところで迷子になる高校生なんて――
「……特にユカさん」
「はーい」
――いたな……。ユカは方向音痴の気があるというか、結構深刻な方向音痴だった。一度遊園地で迷子になったことがあり、携帯が通じないから最終手段として園内放送を使ったことがある。なぜ携帯が繋がらなかったかと言えば、ユカは携帯が入った鞄を俺に預けていたからだ。天然にも程がある。
「それでは、まず一階から。と言っても、説明するほどのことではありませんが……」
そう言ってヒナは歩き出した。俺はユカの手をしっかり握り――はぐれないように――付いて歩いた。まずは、入り口から見て右手にある部屋。来てすぐの説明じゃ、ダイニングルームだという話だが……。
「うっわ、何コレ……」
と、開口一番思春期女子としてどうなのかと言うセリフを吐いたのは、いつも通り薄手のワンピースに身を包んだ蒼井優奈その人だった。まあ、先輩がそんな声を発するのも無理はないか。
「すっげぇ……」
シュウも開いた口が塞がらない様子だ。それは全員一緒だった。
「凄いな……」
「ソウん家より広いんじゃない? ……フフ」
マリの毒舌には耳も貸さず、俺は目の前の部屋を観察し始めた。まず、その広さだ。簡単に言い表せば、二十五メートルプールがプールサイド付きで丁度入るぐらいだ。そして、その三分の二くらいの大きさの長テーブルが、部屋の丁度中心に置かれている。窓からは高台の外が覗け、綺麗な夜景を見ながら夕食を食べれると言うオマケ付き。というか、これは十二人程度が使う広さじゃないだろ……。
「皆さんはここで三食摂って頂きますわ。ただ、使用人などは一切おりませんので、準備も後片付けも全て十二人でこなしていくつもりです」
えー!
……という声は上がらなかった。まあ、これだけの豪邸にタダで宿泊できるとは、誰も思っちゃいなかったようだ。
「それでは、次へ」
次に行ったのは向かいのキッチンルームだ。こちらもかなり豪華で、どうやらレストランの厨房に迷い込んだようだと錯覚したくらいだ。一角には巨大な食器棚もある。どうやら定期的に清掃をしているようで、壁や床には塵一つ付いていない。
「皆さまには、ここで料理の支度をしていただくことになりますので」
「へ、へぇ……」
明らかにうろたえた様子のスズ。後で聞いた話によると、橘鈴子という少女は極度の料理下手であるらしい。とりあえず俺たちの健康維持のためにも、こいつには皿洗いぐらいで済ませてやって欲しい。
「どうしたんだ、橘。もしかしてお前……」
一ノ瀬秀という少年は、結構デリカシーがなかった。
「そ、そんなわけないじゃない! り、料理ぐらい出来るんだから……」
「ふーん」
まったくこいつは……。
「次、行きますわよ」
ため息を吐きつつ――そしてユカに心配されながら――俺はヒナの後を付いて行った。途中階段を上り、次は二階に行くようだ。建物の入り口と平行になった階段を上った左右に廊下があり、そこの側面に各部屋がある。他に部屋と言ったものはなく、完全に泊まるための階層らしい。
「特に説明することはありませんが……一つだけ」
全員、ヒナが指差す先を見た。そこには大きな扉があり、どうやら外に続いているようだった。
「あそこの扉から出るとバルコニーになっていますわ。ただ、風が強いので落ちないように気をつけてください」
そういえば、来る時にそんなんが見えた気がするな。
「次、三階です」
エレベーターガールのようなセリフを言いつつ、ヒナはすぐ隣の階段から三階へ上がった。階段を上った先には、ただただ何もない空間が広がっていた。
「……ここは?」
マリが訊いた。
「三階部分は多目的ホールとなっていますわ。ご自由に使って頂いて構いません。特にデュエルをしたい場合には」
「へー。ここなら伸び伸びと遊べるね」
とユカ。まあ、無駄に広いからな。真星学園の体育館といい勝負してる。
「後は屋上部分ですが、まあ特に何もありませんので。質問がある方」
はーい、と手を挙げたのはマリだ。
「お風呂は?」
「各部屋に備え付けられたバスルームをお使いください。無駄遣いはダメですが」
他に、とヒナが促すと、次は一年の……藤本有から手が挙がった。
「あっ、あの……。お洗濯、とかは……?」
「それぞれの部屋に洗濯乾燥機が備え付けられているはずですわ。個人個人でお願いいたします」
「は、はい……わかりました」
そんなんもあるのか……。もう驚かないがな。ヒナは他に質問がないか聞いたが、誰も手を挙げなかった。
「それでは案内を終わりますわ。これから十日間、お食事以外に強制することはありませんので、ご自由にお過ごしください。今日は五時半に大広間に集合し、夕食の準備をいたしますので。それでは……解散」
解散の一言と同時に、全員が階下へ降りて行った。
――その日は、何事もなしに終わった。スズが夕食の準備に悪戦苦闘して、結局俺たちと一緒に皮むき、配膳をさせられて少し涙目になっていたぐらいだろう。夕食後もみんな適当に遊び――三階部分の倉庫には、さまざまな遊具がしまってあった――夜を過ごした。デュエルをするやつもいて、まあそれなりに充実した一日だったんじゃないだろうか。
「もう、寝るのか」
「うん」
俺とユカは交代で入浴して、今から就寝態勢に入るところだった。ユカはTシャツにスウェットパンツという寝巻き姿で、俺も大して変わらない感じだ。ユカは既にベッドに潜り込んで、あくびをしていた。
「んじゃ、俺も寝るとするか」
天井から見て、ベッドの頭の方を上とすると左側にユカ、右側に俺が寝ることになった。すなわち、俺の右手側にユカがいることになる。ベッドの広さは十分で、二人寝るのになんら問題はなかった。まあ、ダブルベッドだし。
「おやすみ、ユカ」
「うん。ソウくんもおやすみ」
そして、丘の夜は更けてゆく。
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