
コンコン。
控えめなノックの音が、俺の耳に届いた。寝惚けていたからか、最初はその音を聞き流していたが、少し強めの二回目のノックで完全に目が覚めた。俺はベッドから体を起こし、隣にユカがいないのを確認して、次に時計を見た。時刻は八時を回ったところだ。
アルとのデュエル後、忘れていた眠気に襲われて、ユカを元の位置に戻してやりながら、すぐにそのまま二度寝に入ってしまった。その時の時刻は二時前だったから、かれこれ六時間も寝たのか。随分と長い二度寝だった。
コンコン。
三回目のノック。流石に悪いと思い、すばやくベッドから降りて、ドアに向かって早歩きした。一体誰だろうか。確率が高いのはユカだが……そういえば、そろそろ朝飯の時間だな。マリやヒナあたりが呼びに来たのかもしれない。もしくは、蒼井先輩あたりが俺の寝起きを襲いに来たとか……は、ないか。
「あっ……お、おはようございます」
完全に予想外だった。内開きのドアを開けた先にいたのは、左右非対称の髪型が特徴的な、一年生の藤本有だった。
「ああ、おはよう。何か用か?」
「あっ、はい。えっと……もうすぐ朝食ですから呼びに言ってください、と美崎先輩が」
自分で来ればいいものを……。まあ、女性陣はローテーションで食事係を決めてたから、今日は丁度この藤本が暇だった、ぐらいの理由だろう。
「そうか。わざわざありがとう」
「えっ……は、はい」
何を感じたか、藤本は頬を紅潮させている。この場面をユカが目撃したら、とりあえず小一時間説教だろう。
「んじゃ、着替えるから……」
「あ……わ、わかりました」
俺が最後まで言い終わらないうちに、藤本はドアを閉めた。俺は一度ベッドの方へ引き返して、服を着替えた。着替えると言っても、就寝用のスウェットパンツをジーンズに履き替え、上のTシャツを替えるだけだ。そもそもここは家の中だし、そこまで気を払う意味も無いだろう。俺は寝癖を適当に直して、部屋を出た。
横を見ると、壁にもたれ掛かった藤本がいた。待っていたのか……律儀な奴だ。
「行こうか」
「はっ、はい」
藤本は俺の隣より少し後ろの方で、俺について歩き出した。俺が後ろを見ても目を合わせようとしない。俺なんかしたか?
「なあ」
「えっ……な、何でしょうか」
呼び掛けて無理やり目を合わせた。近くで見ると結構整った顔立ちをしていて、美が付く少女なのは間違いない。触れると消えてしまいそうな儚さがあって、愛玩動物の類に似た、「守ってあげたい」オーラが出ている。これで性格が普通ならモテるんだろうが、聞いた話によると彼女は相当内気らしく、自分から異性との交遊を拒絶しているという。
「あの……ぼ、ボクの顔に、何か付いてますか……?」
そして彼女について欠かせないのが、天然の「ボク少女」であることだろう。二次元世界で萌え要素として用いられることは多々あるが、現実でのボク少女となるとケースは稀だ。個人のキャラとしてではない場合、性同一性障害などの症状が原因か、幼少期から使っていたのが抜けきらないかどちらかだろう。
ただ、性同一性障害なんて噂は聞いたことが無いから、多分昔からのクセなのだろう。それが彼女の個性の一つになっていて、またそれが原因で一部に熱烈なファンがいるという話で、それが彼女を異性から遠ざける理由にもなっているのだという。風の噂だが。
「いや、なんでもないよ」
「あ。そ、そうですか……」
また俯きながら歩く藤本。俺はもう気にしないことにして、階段を降りて左へ。ダイニングへと入った。
「あっ、ソウくんおはよー」
最初に挨拶してきたのはユカ、続いてその場にいた全員が、俺に挨拶するなり視線を向けるなりした。俺も「おはよう、みんな」とだけ返した。後ろにいた藤本は、同級生の久遠尚美のところへ行って、なにやら話をしているようだ。
数人は席についていて、そうでない奴は配膳をしているか、その辺を立ち歩いているかだ。人数を数えてみたところ、十一人と一人足りない。どうやら、リズがいないようだ。
「リズは?」
アルに訊くのが一番確実だが、配膳を手伝っているようだから、側にいるユカに訊いた。どちらにせよ、答えは分かりきっていたが。
「寝てるんじゃないかなあ。夏休みだと、お昼までは中々起きないし」
「やっぱりか……」
「へ?」
なんで知ってるの、といった表情のユカだったが、俺はノーコメントを貫いた。訝しげな表情のユカはさて置くとして、俺は昨日に決めた食事の席に着いた。一応合宿だから、ということで、朝昼晩の食事は、極力全員ですることになっていた。リズは休みに朝食を摂ることは稀らしいから、これは例外として認められた。
「そういえばさ」
隣の席のユカは、座るなり俺に話しかけてきた。長い茶髪は既に整えられていて、服装はおなじみのジーンズにタンクトップで、いつもと変わらない可愛さを放っている。ただしその表情は、怪訝そうなさっきまでのそれだった。そういう表情も含めて可愛いんだけどな。
「昨日の夜中、部屋出てたでしょ? どうしたのかなって」
「起きてたのか?」
これは認めたようなものだが、最初から隠す気はない。
「うん。ソウくんに抱き上げられたときかな、目が覚めたんだけど、その後部屋でていくのが見えたから」
寝る位置を戻してやったときか。確かユカに起こされて、そのまま外に出たんだっけか。
「トイレにしては遅すぎるし……そのまま寝ちゃったんだけど、何してたの?」
やばい。ユカの目が俺を疑っている。大方、蒼井先輩絡みとでも考えているのか。俺はそんなに性欲は強くない。
「ああ、それはな……」
「うん」
俺は昨日の夜のことを簡単に説明した。アルも起きていたこと、デュエルしたこと、コイン操作に驚いたこと……。それを聞いていたユカは、だんだんと笑顔になっていった。そして、その内に自慢げな顔になって、こう言った。
「アルはすごいんだよ。わたし、コイントスで勝ったことないもん」
「だろうな……。出来るもんなのかね、あれは」
「やろうと思えば出来ますよ」
後ろから話しかけてきたのは、当人のアルことアルフレッド・カーティスだ。
「コイントスの感覚さえ掴むことが出来れば、あとは練習すれば出来るようになりますよ。僕は先天的に指先が器用だったらしいので、比較的早く習得できましたが」
「大会で引き分けになったときも頼むぞ」
「承知しました。全員《自爆スイッチ》なんてのもいいかもしれませんね」
アルは冗談を言いながら、自分の席に着いた。見渡せば、白いテーブルクロスのかかった長テーブルには、リズの席以外に空いている場所はない。時間を見ると、八時半になろうかというところだった。
テーブルに並んだ朝食は、西洋風のダイニングに似合わない、純和食の献立だった。白米が茶碗に盛られ、赤味噌の味噌汁――具は豆腐と若布だろうか――がその右側にある。メインディッシュは鮭の塩焼き、副菜には煮物と、絵に描いたような和風の朝食だ。当初はリズとアルがいるために洋風の献立が計画されたようだが、二人とも日本食は大好きらしい。
「それでは――」
ヒナは目を瞑り、両手を合わせた。全員がそれに倣い、沈黙が部屋を覆う。
「――いただきます」
いただきまーす、とあちこちで聞こえ、箸を取る音が続いた。俺はまず、鮭の切り身の解体に取り掛かった。
「ユウが貴方を嫌っている、と?」
朝食を食べ終えた俺は、藤本が席を外した隙に、彼女の隣にいた金髪の少女、久遠尚美に話しかけていた。話題はさっきの藤本の反応のことで、明らかに俺を避けているような仕草についてだった。嫌われるようなことをした覚えは全く無いんだが。
「ああ。何か知らないか」
ナオと俺は中学からの知り合いで、ナオは俺が所属していた野球部のマネージャーだった。その関係でユカやマリとも面識がある。父方がイギリス人で、ユカと同じくハーフ。金髪碧眼はその遺伝だろう。服装はゴシックロリータと呼ばれるものだろうか、所々にフリルの付いた漆黒のドレスだ。
「私には分かりませんが。貴方に関する話は、あまり聞いたことがありません」
「そうか……」
「ただ、貴方の話を聞いた限りでは、ユウが貴方を避けているとは考え難いと思いますが」
「そうなのか?」
目を逸らすというのは、相手との交友を拒否している証拠だ。あるいは……いや、それは無いと思うが。
「逆に、貴方への好意の表れかもしれませんね。頬を染めたのでしょう?」
いや、だからそれは無いって。真顔のナオが怖い。
「だったら、なんで目を逸らしたりするんだよ」
「恥じらい、では」
「いや、もういい」
やっぱり、本人に訊くのが一番だな。丁度よく、すぐ後ろにいるし。
「藤本」
「へ? え、あ……なんでしょうか」
すぐ後ろに、とは言うが、さっきの会話を聞いていたわけではなさそうだ。
「暇だろ? デュエルしないか」
「え……。ぼ、ボクと……ですか」
「ああ」
えっと……と藤本は俯いている。やっぱり避けられてるか? 俺は返答を待った。
「いい、ですけど……。準備、しないと」
「分かってる。そうだな……屋上で待ってるよ」
彼女が頷いたのを見て、俺は彼女の肩をポンと叩きながら、すれ違ってダイニングを出た。すぐに二階に上がり、部屋に戻って鞄からデッキを取り出した。先に部屋に戻っていたユカは、どこに行くのかと訊いてきたが、正直に「屋上」と短く答え、部屋を出た。三階への階段を昇って、ホールには入らずにそのまま屋上へ続く階段に足を掛ける。
屋上からの景色は、絶景とはいかないまでも、そこそこ綺麗なものだった。見渡せる三六〇度の青空には、文字通り一点の曇りもない――といえば嘘になるだろうが、雲量から言えば快晴になるだろう。心地よい風が吹き、夏の真っ只中でもあまり暑くはない。下を見れば、草原の丘が広がり、その周りには民家がまばらに建っている。
「……来たか」
ドアが開いた。俺は柵に背を預け、訪問者を迎えた。
「やあ」
「あ、あのぅ……。お一人……です、か?」
「そうだけど?」
藤本は少し顔を赤くして、俺から目を逸らした。
「えっと、つまり……」
「二人っきりだな、つまり」
藤本はさっきよりも居にくそうに、下の方を見ている。頼むから顔を上げて欲しい。このままじゃ、俺は罪悪感でいっぱいだ。
「というか、二人っきりにしたかったから屋上を選んだんだ。人気がないほうがいいだろうから」
「へ!? そ、それはどういう……?」
藤本は一気に顔を赤くして、上目遣いに俺を見た。だが、目が合った途端にまた伏せた。
「別に何かしようってんじゃない。俺はただ――」
俺はデュエルディスクを構えた。
「――闘いたい、だけさ」
彼女は一度目を丸くして、それから凛とした表情に変わった。普段とは違う、決闘者の目に。ここにいる奴はほとんどみんなそうだ。二面性がある。カードを持てば、人が変わったように、目つきが変わる。こいつも……そうか。
「……はい」
藤本もデュエルディスクを構えた。少し風が強くなってきたな。
「「デュエル」」
「よろしくお願いします。ボクのターン、ドロー……」
先攻は向こう。こいつのデッキはあまり見たことがない。一度でも闘えば大体忘れないが、あいにくと戦歴は皆無だ。
「まずは《強欲な壺》でカードを2枚ドロー」
幸先いいな。手札を7枚にした藤本は、さらにプレイを続けた。
「モンスターをセット、さらに魔法・罠ゾーンにカードを1枚伏せます」
まずは様子見か。リズみたく、開始ターンから大きく動いてくれれば、デッキの判別も楽になるんだが……。まあ、それほど動きの大きくないタイプなのかもしれないが。
「ターンエンド、です」
「ドロー」
俺の初手はやや上級モンスターが多めだ。《手札抹殺》あたりが来ると、一気に勝負を決められるとも言える。何にせよ、今は下級を出すしかない。
「《暗黒界の狂王 ブロン》を攻撃表示で召喚し、そのままバトルフェイズに入る」
俺は攻撃宣言した。攻撃のエフェクトの後、それが弾き返されるものが続き、さらに守備モンスターが表になった。《王立魔法図書館》……だな、あれは。魔力カウンターでドローを行う、守備力2000の壁モンスター。ダメージ計算によって、俺のライフが200減少した。これが入っているということは、魔法使いデッキか何かだろうか。
「カードを2枚セットして、ターンエ――」
「待ってください」
藤本は凛とした声でそう宣言した。いつもとは違う、何の迷いもない決闘者の声で。
「《サイクロン》を発動します。その右のカードに」
エンドサイクか。対応は出来ない。俺はスルーし、《闇の取引》を墓地に置いた。《王立魔法図書館》に魔力カウンターが1つ置かれる。今度こそターンエンドし、向こうにターンが移る。
「ボクのターン、ドロー……。手札から《トゥーンのもくじ》を発動します」
《トゥーンのもくじ》、か……。魔力カウンターを乗せるカードとは、とても相性のいいカードだ。ただ、これが入っているということは、本格的に魔力カウンターを使うデッキなのか……?
「《トゥーンのもくじ》を手札に加え、もう1度繰り返します」
これで《王立魔法図書館》に魔力カウンターが3個乗った。特に溜めておく理由が無ければ、ここで効果を発動してくるはずだ。実際、そうなった。
「魔力カウンターを3つ取り除き――」
……かに思えたが、違った。《王立魔法図書館》の効果は、魔力カウンター3つを引き換えにした1ドロー効果だ。だがなぜか、藤本はデッキではなく手札のカードに手を掛けている。あまつさえ、それをモンスターゾーンに置くとは。
「《不死の魔草》を攻撃表示で特殊召喚します」
マジカル……といえば、魔力カウンターを引き換えに、手札から特殊召喚できるモンスター群だ。総じて高い能力を持つ代わりに、その条件ゆえのデッキの組みにくさや、プレイングの難しさ、というデメリットがある。実際に俺自身、ファンデッキとして以外なら、殆ど見かけることのないデッキタイプだ。
だが、デッキ構成が安定し、尚且つ「いつ魔力カウンターを使ってしまうか」という見極めができれば、十分な戦いが出来るとは思う。要は、慣れの問題だろう。
「さらに、手札から《魔導戦士 ブレイカー》を攻撃表示で召喚します」
ここで藤本は、少し考える素振りを見せた。確かに、こちらに《暗黒界の狂王 ブロン》が立っている以上、ここで効果を使うかどうかは迷うところだ。使ってしまえば怖いセットは排除できるが、攻撃力が下がって《暗黒界の狂王 ブロン》には勝てない。逆なら、今度は罠に嵌まる可能性がある。
「《魔導戦士 ブレイカー》の起動効果を発動します」
来たか。深紅の鎧を纏ったブレイカーは、盾を目の前に突き出した。盾の中央にはめ込まれた、正三角形をひっくり返した様な模様を付けた石から、一筋の閃光が走った。爆発音がして、気が付くと俺のセットカードの《炸裂装甲》が破壊されていた。ブレイカーの起動効果のエフェクトだ。
「バトルフェイズ――」
「なに?」
バトルフェイズ、と聞こえたが。こちらに立っている《暗黒界の狂王 ブロン》は、今の向こうのモンスターでは突破できない。いや待て。今の……か。もし《突進》や《収縮》があるなら、突っ込んでくるのもあり得るか。
「――《不死の魔草》で攻撃します」
《不死の魔草》には、破壊時にトークンを生み出す効果がある。もしかしたら、自爆特攻ということもあり得るか……? どちらにせよ、俺にはどうともできない。プログラムがダメージステップへと移行し――通過した。
相手のライフは100減少し、《不死の魔草》が破壊される。そして、それと同じような、しかし少し小さめのモンスターが現れた。《不死の魔草》が生成する《魔草トークン》だ。同時に、これらに魔力カウンターが2個ずつ乗る。どうやら、特攻だったようだ。
「俺は《暗黒界の狂王 ブロン》の効果で《暗黒界の軍神 シルバ》を捨てて、特殊召喚する」
「では、メインフェイズ2に入ります。魔法・罠ゾーンにカードを2枚セットしてターンエンドです」
相手の場には攻守1700の《魔草トークン》2体に、攻撃力1600の《魔導戦士 ブレイカー》、それと守備力が2000の《王立魔法図書館》がある。《暗黒界の狂王 ブロン》と《暗黒界の軍神 シルバ》があれば、どのモンスターでも突破できるが、問題はあのセットだ。
杞憂に終わるかもしれないが、例えば藤本が《聖なるバリア−ミラーフォース−》を伏せていて、それが生み出すアドバンテージを増やすため、あえて「《不死の魔草》で突っ込んできて《暗黒界の軍神 シルバ》を出させた」と、考えられなくもない。どちらにせよ、展開力の高いダークサイドを相手にして、マス・デストラクションをあるのに伏せない、ということはないだろうから、一応警戒はしておいた方が良い。
「ドロー」
俺は引いたカードを見、長考に入った。《大嵐》だ。相手の場にセットは2枚、こちらにはない。発動し、チェーンが無ければアドバンテージが取れる場面だ。しかも、通ったとすれば、そのまま戦闘で多大なアドバンテージが取れる。だが、そうも行かないだろう。
いつかもあったように、《大嵐》を撃つ場合は、相手が「常にそれを意識していること」を知っておく必要がある。つまり、こちらが《大嵐》を撃つことを仮定し、それを踏まえた上でカードを伏せるようにするはずだ。さらに言うと、もし《大嵐》で一掃されてしまうようなセットしか出来ないなら、最初からあんなにモンスターを展開しようとはしないだろう。《不死の魔草》が最たる例で、わざわざ特攻してまでモンスターを増やしたということは、それなりの対策を打っていると考えるのが妥当だ。
「メインフェイズ」
どうするべきか。俺の手札は、《大嵐》の他には、全てが上級モンスターで埋められている。ダークサイドが2体混じっているし、《暗黒界の狂王 ブロン》の攻撃が通れば、これを出すこともできる。だが、それにはあのセットが問題になる。《聖なるバリア−ミラーフォース−》を踏んでしまえば、次のターンで何ポイント持っていかれるか分からない。
動かない、という手もあるが、あれだけの魔力カウンターが溜まっているなら、他の強力なマジカルモンスターが登場する可能性もある。そうなってしまえば、罠のない俺には厳しすぎる。いっそ、いつものように《大嵐》を伏せてみるか。相手は上級者。ブラフは十分通じるか……?
いや、ダメだ。これだけの長考をしてしまっているから、明らかにブラフだということがバレバレだ。もう、戻れないか。藤本の方を見ると、なにやら苦虫を噛み潰したような表情をしている。こちらの考えに気付いたか……? この藤本の表情を信じ、俺は、唯一の緑に手を掛けた。
「《大嵐》を発動する。チェーンは――」
「――ありますよ?」
俺は、ハッとした。笑っている。微笑み、ではない。普段は絶対に浮かべない冷笑が、決闘者藤本有の、整った顔に紛れもなく刻まれている。
「ボクはチェーン2で、《閃き》を発動します。対象は《暗黒界の狂王 ブロン》です」
カードを表向けた相手は、こちらを向いて返答を待っている。さっきの冷笑は既に消えうせている無表情は、語らずとも「チェーンはあるか」と訊いてきていた。俺は首を横に振る。
「では、続いてチェーン3です。《エネミー・コントローラー》を発動します。《魔導戦士 ブレイカー》を生け贄にささげ、《暗黒界の軍神 シルバ》のコントロールを貰います」
そう、か。変わらなかった。どういう行動を取ろうとも、俺の運命は変わらない。結局……打ち止めだ。
「《閃き》の効果で1枚ドローして、そのままターンを終了する」
引いたのは上級モンスターの《暗黒界の武神 ゴルド》。事故……と言えなくもないか。
「ボクのターン、ドロー……」
《エネミー・コントローラー》の効果が消え、《暗黒界の軍神 シルバ》は戻ってくる。だが――案の定、相手は次の手を持っていた。速攻魔法のラッシュ……ヒナのそれを髣髴とさせるプレイングは、魔力カウンターを溜めるために行ったことだ。《王立魔法図書館》には、また3つのカウンターが乗っている。トークンのものと合わせて、合計は7個。
「魔力カウンターを6個取り除きます」
6個ということは、上から2番目のカードだ。《王立魔法図書館》のものが1つだけ残され、後のカウンターは天へと消えた。俺が瞬きをすると、驚くほど突然に、そこには魔女が出現していた。箒に乗って足を組み、その足に頬杖を突いている。三角帽とローブは、《ブラック・マジシャン・ガール》の青色よりはさらに白に近い、いわゆる水色のものだった。艶笑を浮かべている魔女は、俺を凝視していて、恐怖すら感じさせる。
「優先権を行使し、起動効果を発動します」
魔女にカウンターが3つ乗る。紛れもなく、魔力カウンターだ。彼女の効果は強力な除去メタで、魔力カウンター2個と引き換えに破壊を防ぐという、こちらとしては至極面倒なものだ。しかもそれが、攻撃力2700という、到底戦闘では破壊し難いステータスなのは、はっきり言って破格だ。だが、その代償として、コントローラーは魔力カウンターの数だけダメージを受けなければならない。
「バトルフェイズに入ります」
向こうの駒は魔女と、《魔草トークン》2体。こちらには《暗黒界の軍神 シルバ》が立っているとは言え、魔女には突破される。被ダメージは3800ポイント。俺のライフは、あと4000だ。
「魔法・罠ゾーンにカードを1枚セットして、ターンエンドです」
ここで魔女の効果が発動する。魔力カウンターの数は3個だから、900ダメージ。向こうのライフはあと7000。1ターンじゃあ厳しいかもしれない。そもそも、この魔女を突破できなければ、どうにもすることは出来ない。
「ドロー」
来た……《メタモルポット》だ。展開はもちろんだが、ここでの手札補充はありがたい。迷わずセットして、そのままターンを終える。
「ボクのターン、ドロー」
俺の頭では、今は相手が《メタモルポット》に攻撃してくることしか考えていない。……意識しすぎたんだろう。藤本は俺の表情の変化を読み取り、こう言った。
「嬉しそうですね……。でも、ボクはこのターンで勝ちますから」
このターンで勝つ……? 言い切った、ということは、それは明確な勝利宣言に他ならない。だが、こちらのセットモンスターは不鮮明なはずだ。どうして、そこまで言い切れる……?
「メインフェイズ、まずはセットから、《漆黒のパワーストーン》を発動します」
《漆黒のパワーストーン》か。最近は見かけないが、この「マジカル」との相性は良い。無条件に魔力カウンター3つの確保が出来るからな。だが、それでどうしようと。
「続いて、《天空の魔女》の効果を発動します。カウンターを3つ乗せますね」
これでカウンターは合計10個。10個……? そうか……!
「気付きましたか? ボクは、魔力カウンター10個を全て取り除きます」
「マジカル」の裏の切り札にして、最強の殺戮兵器。向こうの場にあった魔力カウンターが、全て消散してゆく。まばゆい閃光と、派手な効果音がして、気付いたときには、そこには何も残っていなかった。いや、そういうと語弊がある。ただ一柱、黒き翼の堕天使が、空から舞い降りている。
「《残虐な堕天使》、特殊召喚。そろそろ、終わらせましょう」
バトルフェイズだ。堕天使の攻撃力は3800ポイント。俺のライフは、あと200ポイント残っているが……?
「メインフェイズ2に入ります。ところで……。この手札、何か分かりますか?」
藤本は、手札に唯一残った1枚を前に突き出した。なんだ……? いや、待て。何か忘れている気がする。
「答えはこれです。《トゥーンのもくじ》」
そうだ。確か開始3ターン目に、《王立魔法図書館》のカウンターを増やすのに使って、1枚手札に余っていたはず。それで何をしようというんだ? 確かに堕天使にはバーン効果があるが、アレは魔力カウンターが乗らなくてはいけない。そのためには、乗る場所が必要になる――とここまで考えて、俺は気付いた。堕天使は関係ないんだ。トドメは……デッキの中。
「分かったみたいですね。ボクは、《トゥーンのもくじ》を発動し――《トゥーン・キャノンソルジャー》を手札に加えます。そして召喚」
負けた……。敗因は――いや、考えないことにしようか。今は、次のことを考えることにしよう。
「《トゥーン・キャノンソルジャー》の起動効果を発動します」
藤本は一瞬悩んだが、《トゥーン・キャノンソルジャー》を生け贄に捧げた。500ポイントのダメージ。だが、今の俺には、大きすぎる一撃だった。全てのグラフィックが消え去り、屋上には2人の決闘者――1人の勝者と、1人の敗者が佇んでいた。
《不死の魔草》(ふしのまそう) ☆3 闇属性 植物族/マジカル 1700/1700 考案者:紅条龍炎さん
効果:このカードは通常召喚できない。自分フィールド上の魔力カウンターを3個取り除いた場合のみ特殊召喚する事ができる。このカードが破壊され墓地へ送られた時、自分フィールド上に《魔草トークン(☆3・闇・植物・1700/1700)》を2体攻撃表示で特殊召喚する。その後、フィールド上に存在する全ての《魔草トークン》に魔力カウンターを2個乗せる。
《天空の魔女》(てんくうのまじょ) ☆6 光属性 魔法使い族/マジカル 2700/2000 考案者:紅条龍炎さん
効果:このカードは通常召喚できない。自分フィールド上の魔力カウンターを6個取り除いた場合のみ特殊召喚する事ができる。1ターンに1度、このカードに魔力カウンターを3個まで乗せる事ができる。このカードが破壊される場合、代わりにこのカードの魔力カウンターを2個取り除く。自分のターンのエンドフェイズ時、このカードに乗った魔力カウンターの数×300ポイントダメージを受ける。
《残虐な堕天使》(ざんぎゃくなだてんし) ☆10 闇属性 天使族/マジカル 3800/3000 考案者:紅条龍炎さん
効果:このカードは通常召喚できない。自分フィールド上の魔力カウンターを10個取り除いた場合のみ特殊召喚する事ができる。このカードの特殊召喚に成功した時、このカードを除くフィールド上のカードを全て破壊する。フィールド上のカードに魔力カウンターが乗る度に、その魔力カウンターを全て取り除いて相手ライフに800ポイントダメージを与える。
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