「O。カードを1枚セットする」
 デュエルはもう佳境だった。俺は《魂を削る死霊》が耐えているお陰で、ライフは半分からはあまり減っていない。ただ、ハンドアドバンテージはかなり削られている。そのくせ、ボードアドバンテージは広がるばかりだった。俺は、相手フィールドに居座る、たった一体のモンスターに拙攻を強いられていた。
 絵柄は美しい。長い金髪の美少女が描かれていて、「モンスター」と表すには抵抗がある。瞳は暗い赤色で、背は低く、漆黒の衣装を身に纏っている。雰囲気は持ち主であるナオに似ていて、容姿については彼女に酷似していた。
 《全身凶器の少女》
 それがナオの切り札だった。ステータスは高いわけではないが、装備魔法を次々と変えていく効果から、あらゆる状況に対応できる。ステータスアップで攻撃に出ても良いし、アンタッチャブルになって守りを固めてもいい。蝶のように舞い、鉢のように刺すモンスターだ。
 今の状況は、俺の経験から言えば、既に「磐石」と言えるものだった。装備魔法は全部で4枚。あらゆる除去を回避できる《飛翔の翼》、これまた除去回避の《明鏡止水の心》、またそれを装備するための《閃光の双剣−トライス》、最後に念押しで《レインボー・ヴェール》だ。
 突破しようが無かった。だいぶ思い出してきたとは言え、俺はどうこの状況を打破したのだろうか。俺は適当にカードを伏せ、ターンを渡した。
「I、スタンバイフェイズで《全身凶器の少女》の効果で――」
「大丈夫です。覚えています」
 ナオはユカを制し、自分で処理を始めた。《飛翔の翼》は入れ替えない。他を全て除外して、メインフェイズに入る。ナオは除外ゾーンから《魔導師の力》3枚を取り出し、装備させた。魔法・罠ゾーンにはカードが4枚あるから、元の1800ポイントをあわせて、攻撃力は7800。ダイレクトに喰らえば確実に致死だ。
「I、メインフェイズで《ビッグバン・シュート》を発動する」
 《ビッグバン・シュート》? トランプル能力……ということは、普通はこの時点で勝負が決まる。だが、俺は勝ったんだ。ということは、さっきのセットは……。
「I、バトルフェイズで《魂を削る死霊》に攻撃」
「そこで俺は……こうか」
「正解♪」
 ユカは続きを読んで、嬉しそうに言った。かなり記憶が鮮明になってきた。俺は正確にセットした《炸裂装甲》を発動したのだった。
「I、《飛翔の翼》の効果を発動」
 ナオは頷いて、手札を1枚ディスカードし、次々とフィールドを空にしていった。これがクセモノだった。
 《飛翔の翼》は、無効にするのではなく、《亜空間物質転送装置》のように回避を行うタイプのアンタッチャブル効果を持っている。手札を1枚切るとは言え、装備魔法もそのままに戻ってくるため、ナオのデッキとの相性は抜群に良かった。これ1枚で、どんな除去も回避できる。しかも、俺のターンでは《明鏡止水の心》も発動してくるため、除去は困難になってしまう。
 これをどうにかしなければ、勝ちようはない。だが、俺は確実にこれをどうにかした。どうやって。何を使って……?
「I、ターンを渡す。O、スタンバイフェイズ。I、《全身凶器の少女》の効果」
 俺は手持ちの札を見つめた。その当時、俺が使っていたのは「ダークカオス」と呼ばれるデッキだった。暗黒界に光を混ぜ、制圧力のある《カオス・ソーサラー》を投入したものだ。一応このデュエルでも《カオス・ソーサラー》を出してはいるが、件の全身凶器に一蹴された。
「覚えていますか」
 フィールドを復元したナオは、ユカに次を読まないようにと言ってから、俺に話しかけた。
「何をだ」
「この時、私はあなたに言いました。『もう諦めてください』と」
 ナオはユカの指示を受け、フィールドを入れ替え始めた。
「『あなたは勝てない。打破は不可能です』と」
 先ほどのように、ナオは防御的な装備魔法を並べていった。再び、磐石の守りが築かれる。
「そうだった……ような気がする」
「思い出してください。あなたはこのターン、不可能なはずだった私の守りを破壊します。完璧でした。まさに丸裸です」
 なんだったか……。俺は手持ちのカードを見つめた。もう、残り少ない。除去カードは数枚散らばっているが、それが全て手札にあったかどうかといえば、そうではないだろう。なら俺は、どうした。俺なら、どうする……?
 除去を撃てば、除外で逃げられる。その間に攻めるか? いや、それをするには火力が足りない。詰め将棋をする気分だ。どうやれば、勝てるんだ。
 ……いや待てよ。除外……除外、除外……そうか! そうだ、こうすればいい。まったく俺は……面白いことをしたな。

 思い出した。
「メインフェイズ。俺は《地砕き》を発動した」
「うん」
 ユカは頷く。ナオも頷いて、《飛翔の翼》の効果を発動する。手札をディスカードし、場を空にする。ここからだ。
「そして……《次元融合》だ」
 さっきも言ったように、その当時、俺が使っていたデッキは「ダークカオス」。除外を用いるため、隠し味として《次元融合》を投入していた。今は当然デッキには入っていないが、ナオとのデュエルの時には、1枚だけ入れてあり、それが手札に来ていた。
 当然俺は、《カオス・ソーサラー》の召喚で除外したモンスターがある。《暗黒界の軍神 シルバ》と《ブレイドナイト》を特殊召喚した。対して、ナオはと言うと……。
「その通り。あなたは、この方法で、彼女を『丸裸』にしたのですよ」
 《飛翔の翼》で除外された《全身凶器の少女》が、特殊召喚されていた。当然、装備魔法は1枚もない、丸裸状態。これでは、《ブラッド・ヴォルス》にも劣る、ただの下級モンスター並だった。
「そして俺は、バトルフェイズで――」
「いえ。違います。続きを、お願いします」
 ユカは続きを読み上げた。
「私は、勝負を放棄した」
 ナオは立ち上がった。
「サレンダーです。良い試合でした」
「……お疲れ。というか、疲れた」
 俺は大きく溜め息を漏らし、立ち上がった。ナオに倣い、カードを片付ける。 「二人ともお疲れさま。あ、ノート返すね」
 ユカがナオにノートを返却した。
「おもしろいねー、ソウくん。びっくりしちゃった」
「はは……。なんというか、ぱっと閃いたんだろうな……」
「それなんです」
 ナオはカードを箱に仕舞いなおしながら言った。
「あなたの武器は、咄嗟のひらめきです。未知の相手に経験は通用しません。あなたは、こういう大会でこそ真価を発揮する。そうでしょう?」
「そう……なのかな」
「自身を持ってください。私は、応援しています。同じ、仲間として」
 俺は、自然に微笑んでいた。ナオも同じだった。
「ああ、よろしく頼む。それと……」
 俺は横目でユカを見た。あの時も、同じだったな。
「やっぱり笑ったほうが可愛い。自身持て」
「余計なお世話です」
 ナオはさらっと流して、その場を立ち去った。あいつも、予想はしてたんだろうな。
「……ソウくん?」
 声色は冷たい。 「……なんでございましょうか」
「もうっ! ソウくんのバカ!」
 俺の、私刑が決定したようだった。


「ったく……ひどい目に遭った」
「自業自得です」
 やれやれ、といった感じで、ナオは視線を読んでいる本に落としたまま言った。ここは一階の客間のようなところで、簡素なソファとテーブル、そして少ない装飾が彩っているだけの部屋だった。俺はソファに座っているナオの後ろに立ち、本の中身を見た。
 しかし、よく見ると洋書だ。全て英語で書いてある。わけが分からないので、俺は本から目を離し、回り込んでナオの隣に腰掛けた。
「また見つかると怒られるのでは」
 ナオは露骨に嫌そうに言った。そんなに俺が嫌いか。
「嫌いではありませんが……集中したいので、あまり近付かないでください」
「分かったよ」
 ふぅ……と露骨に嫌そうな溜め息を吐きながら、俺は立ち上がった。それを見たナオは、また「やれやれ」という感じで、ぱたんと本を閉じた。
「暇なんですね」
「ああ。やることがない。久遠先生がデュエルについてご教授して下さるなら聞くけど」
「勉強でもしたらどうですか。来年は受験でしょう」
 ナオはさらっと流して勝手に続けた。
「ってもなあ……。宿題はもう終わらせたし、自主勉強って気にもなれないんだがな……」
「……そうですか」
 ナオは少し考える仕草をして、何かを思いついたのか、俺に向き直って言った。
「では、ひとつ問題を出しましょう」
「問題?」
「ええ……」
 クイズってことか? まあ、暇つぶしにはなるが。
「問題。野球で、例えば走者一二塁の時、ゴロを処理した内野手が、一塁に送球し打者走者をアウトにする代わりに、三塁に送球したが間に合わず、結果全ての走者が生きた時、打者の出塁の記録はどうなるか」
 野球? 走者一二塁でゴロを処理。三塁に送球して間に合わなかったんだから……。
野手選択フィールダースチョイスだ。……嫌なことを思い出させるな」
「……まったくです」
 嫌なこと、とは、俺が中学時代の時の話だ。
「二年前ですね。区大会の決勝戦、ゼロ対ゼロで迎えた延長十回の裏の相手の攻撃で、ワンナウト二塁。二塁手を任されていた貴方は、ゴロを三塁に送球したがセーフ。つまり、野手選択をしたことになります。結果ワンナウト一三塁となり、サヨナラスクイズでこちらの中学は負けてしまいました」
「ああ、そうだよ。嫌な思い出だ」
「ベンチから見る限りでは、冷静に考えれば間に合わないと分かったはずです。ですが、貴方は少しでも楽な状況にしようと、焦って判断を誤った」
「言った通りだ。まったく」
「デュエルにしても、同じです」
 ナオは俺の肩にポンと手を乗せて、そのまますれ違って部屋を後にした。こう言葉を残して。
「焦らないことです。焦ってもいいことはありません。気長に頑張ってください」
 はあ……。

 まったくだ。






《全身凶器の少女》(ぜんしんきょうきのしょうじょ) ☆8 闇属性 天使族 1800/1800
効果:自分のフィールド・手札・墓地に存在する装備魔法カードを4枚以上ゲームから除外することで、このカードをデッキ・手札から特殊召喚する。このカードが特殊召喚した時、除外した装備魔法カードを2枚までこのカードに装備する。このカードに装備されている装備魔法カードは以下の効果を得る。
●このカードをゲームから除外する。次のフェイズの開始時に、自分の除外しているこのカード以外の装備魔法カードを1枚《全身凶器の少女》に装備する。この効果は相手のターンでも発動できる。

《飛翔の翼》(ひしょうのつばさ) 装備魔法カード
効果:手札を1枚ゲームから除外する。装備モンスターとそれに装備されている装備魔法カードを全てゲームから除外する。次のフェイズの開始時に、除外した装備モンスターを特殊召喚し、除外した装備魔法カードを装備モンスターに装備した状態でフィールドに戻す。この効果は相手のターンでも発動できる。