
「はい、日名子ですが……」
美崎日名子は、自動車の助手席に座っていた。登下校用の黒い軽自動車である。リムジンなどの高級車でないのは、美崎家の「削れるところは削る」という家訓のためだ。
『あー、ヒナ? わたしだけど』
「ああ……お姉さまですか。どうかされましたか?」
ヒナは白の携帯電話を耳に当てながら、視線はフロントガラスに向けていた。電話の相手は彼女の姉、美崎麻衣子だった。
『実はね、この夏のことなんだけど……』
麻衣子は用件を伝えた。ヒナは少し驚きながらも、姉の話を耳に入れていく。
「成る程……。まあ、悪くはありませんわね」
『そういうことだから。よろしく』
麻衣子は電話を切った。ヒナはぱたんと電話を閉じ、鞄に携帯を入れた。
「これはまた……忙しい夏になりそうですわ」
誰にとでもなく、彼女は呟いた。見つめたフロントガラス越しに、信号が青に変わったところだった。
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