木曜日。
 その名前は七曜における木星に由来し、英語で言えば"Thursdayサーズデイ"、その名は北欧神話の神に由来する。
 インターネットによれば、この日には診療所や小病院などが定休日としていることが多く、また週間雑誌などの発売日でもあるらしい。私はその辺りには詳しくないが、とにかくそういうことであるそうだ。
 当然ながら木曜日は平日であり、全日制の真星学園では当然出席しなければならないはずなのだが……。
「休み……か」
 この日は2人が欠席だった。梅雨だから風邪だろう、という簡単な推測も現状では通用しない。"あのニュース"が、私の頭に焼き付いて離れない。


 仲里悠李と須藤卓也が欠席だった。



第1話 また一人

―Moreover, One Person―


「どう思う?」
 その日の昼休み、何故かアンティークっぽい香りを発する木製の机に弁当を広げて食べようかと思っていた所へ、イツキが空いている私の隣席に腰掛けつつ尋ねてきた。
「何が?」
「2人が欠席したこと。マリナは敢えて深くは言ってなかったけど、やっぱ怪しいよね」
 教師を平然とファーストネームで呼び捨てられる人間など、かなり希有な存在だろう。
「そうね。電話して確かめたけど、家には居ないみたいだし、携帯も圏外」
 と、卵焼きを口へ。イツキは目を瞑って2秒ほど考え込んでから、
「とりあえず、帰りに寄ってみるしか無いかな」
 そう言って、イツキは煮物を突っつく。

「レイカちゃんも気をつけなよ」
「あなたもね」
「分かってるよ」
 実際の所、私は自分が誘拐されるよりも、周りの人間が居なくなる方が格段に恐ろしい。生き地獄、とでも言うのか。孤独とはそういうものだ。


 ――結論から言うと、やはり2人は不在だった。今朝家を出て行ったのは確からしいので、登校中にどこかへ消えたわけである。一応警察に届けておいたらしいので、後はそちらに任せる他無いだろう。
「ホントに大丈夫かな。2人とも」
 イツキが案ずるように言った。家へ帰る途中の事だ。
「大丈夫である可能性は低いわね」
「ハッキリ言うね。レイカちゃんらしいよ」
 私は回りくどいのが大嫌いだ。私の座右の銘は「単刀直入」。今決めた。
「それにしてもさ」
 私達の住むマンションに着いた。
「こんなに危険な事件が起きているのに、真星学園は何も注意を促さないよね。休校にするとかさ」
「そうね」
 建造からやや月日が経っている、細かい部分に古さを感じさせるマンションの正面入り口をくぐり、暗証番号を入れてオートロック式の扉を開く。本当はカギでも空くのだが、取り出すのが面倒だ。
「生徒は宝、じゃないのかな?」
 エレベーターに乗り、8階をプッシュ。
「それは間違っていないと思うわ。多分ね」
 確かにおかしいことにはおかしいが、あの学校のことだから、秘密裏に通学路へ私服警官を配置させる、とかはしているんじゃないだろうか。真星学園なら何でもアリな気がする。
「ユウカちゃんは大丈夫かな」
「…………」
 案ずるより産むが易し、という言葉がある。エレベーターを降り、すぐ近くにあるドアにカギを突っ込み、開錠してから扉を開く。
「たっだいまー」
「ただいま」
 靴はある。電気も点いているし、心配は無さそうだ。
「あっ、お帰り」
 そう言って、ユウカは手元にあるポテトチップスの袋を差し出してきた。
「遠慮しとくわ。間食は健康に良くないから」
「あっ、ボクには頂戴」
 イツキが、コンソメ味のスライス揚げポテトをポリポリと食べているのを横目に、私はテレビに目をやった。夕方のニュースで、やはり例の事件の特報である。まだまだ被害は相次ぎ、分かっているだけで100人を越えているという。
「何がしたいんだろうね」
 イツキがポテチを頬張りつつ尋ねてくる。
「さあ? 変人というのは必ず居るものよ」
「変人ねえ……。レイカちゃんも結構変人だと思うよ。変わってる」
 イツキは適当に――適確という意味で――放置して、とりあえず部屋に入って鞄を置いた。ちなみにイツキの部屋は存在しないため、リビングの端に荷物を寄せてある。誰も使っていない和室があるのだが、ほぼ倉庫状態で整理する気が起きないため、イツキがその気になったら勝手に片付けて勝手に使うだろう。それまではソファで寝起きしてもらう。


 ガチャリ、というドアの開く音。夕食を食べ終え、適当に――いい加減という意味で――時間を潰していた時だ。そこはかとなく心配はしていないでも無かったが、一応無事のようだ。
「ただいま」
 一応大黒柱と言えなくもない我が父汐崎聡は、リビングの扉を開けるや否やテーブルに着いた。
「メシ」
「自分で作れ」
 と、私。
「ったく、それが父に対する口の聞き方か?」
「貴方が一度居なくなった時点で、この家の主導権は私が握ったのよ」
「分かった分かった。自分で作るさ」
 妙に素直なのは、一応褒めるべき点ではある。とりあえず、と父が自室へと退いたのを横目に、私は入浴することにした。
「お風呂入ってくる。覗き厳禁」
 とイツキに釘を刺しておく
「べっつに〜。レイカちゃんの裸なんて見たくないよ」
 へ〜え(棒読み)。
「ふふん、オンナノコの裸体で欲情するほどボクは子供じゃないよん」
「あっそう。じゃあ、あなたが隠してるグラビア雑誌は全部処分しておくわ。来週の月曜日は資源ゴミの日よね」
 イツキは、盗み食いを目撃されたような顔をした。
「なっ! 何で知って――」
「あらそうなの? 今度暇なときに探してみようっと」
 ぼろを出したイツキを適当に――いい加減という意味で――あしらい、今度こそバスルームへ。断っておくが、私はやるといったらやる女である。マジで探すから覚悟しとけ、イツキ。




 花の金曜日、という言葉がある。花キンとも言うが、週休2日制の場合には週最後の平日――即ち休日の前日になるために、遅い時間まで活動する人が多く、交通活動が活発になるらしい。
 また、キリスト教で金曜日は断食の日とされ、東方の正教会では「ものいみの日」と呼ばれ、今日でもこの週間が続いているという。どうでもいいが、この「斎」という時は、イツキのファーストネームに使われる漢字である。「斎」と書いて「いつき」と読む。

 繰り返すが、金曜日は平日であり、つまりこの日も全日制の真星学園では絶賛授業中、噛み砕いて言うと今日も登校日である。
「今日も休み。本格的に怪しいね」
 今度は朝のSHR直後にイツキが話しかけてきた。
「ええ」
 あえて淡白に答えておこう。
「冷たいね」
「そうかしら? まだ誘拐されたと決まったわけではないわ」
 そして私は続ける。
「ハッキリ言って――」
 イツキは、かわいらしい瞳をこちらに向けて、聞き耳を立てている。

「私は、この事件が真実かどうかを疑ってる」

「……え?」
 イツキは、かわいらしい首をちょっと傾けて、疑問符を浮かべている。
「この事件には、何か裏がある気がするわ」
「根拠は? 理由も無しに推論を述べるほど、レイカちゃんは馬鹿じゃないよね」
 イツキは、かわいらしい顔を微笑の形にしながら、こちらを正視している。
「例えば……」
 対して、私は頭にあることをストレートに告げた。
「この事件の報道では、被害人数は知らせていても個人名を出していない」
「特定できてないんじゃないの?」
「それなら"デュエリストである"という事も特定できなくなるわ。つまり――」

 この事件には、裏の情報操作が働いているのではないか? ということだ。

「でもさ」
 イツキは、かわいらしい唇を開いた。
「被害者の身内が公開を避けたって可能性もあるよ」
「そう、それなのよ。この仮説を打ち崩す反例は」
 でも、可能性としては考えられるだろう。"THIEVES"という前例があるわけだし。
「まあ、一応ボクも考慮しておくよ。その仮説」
「ええ」


 その日の授業は、特に何も無く終了した。何かあったのは学校内ではなく、その後だ。発端はイツキのこの発言。
「そういえば、アキラは大丈夫かな?」
 一応年上なんだし、敬称付けた方がいいんじゃないのか。
「いいんだって。それよりちょっと電話してみてよ」
 しょうがない。私は携帯を取り出し、電話帳から「アキラさん」をコール。
 ……
 …………
 ………………
 感情のない声が私の耳に響く。それは、相手の携帯電話が圏外である事を伝えていた。
「圏外?」
 イツキは、かわいらしい顔をやや曇らせつつ、私の方を見ている。
「そうみたいね」
「行ってみる?」  店に行け、ということだろう。まあ、家からも近いし、行くに否応はない。


 暫く歩いた後、いつもとはやや異なるルートを通って、カードショップ「THIEVES」にたどり着いた。いつもは地元の小学生で賑わっているはずだが、今日は妙に静かだ。というより、店自体に問題があるだろう。
「開いてないね」
 店のシャッターは降ろされ、定休日でもないのに「閉店中」の札が掛かっている。
「予想はしてたけど……」
 ハァ……と私は溜息をついた。適当な――いい加減という意味で――事は言ってられないみたいだ。


 ――また1人、消えた



この作品はフィクションであり、実際の人物、団体、建造物等とは一切関係有りません。


BACK NEXT TOP