《Reika's Vision》

 転校生が来るらしい

 そう聞いたのは、アキラさんとの闘いで勝利を収めた翌日の朝だった。ちなみにまだ5月だ。この次期に転校生とは世の中も忙しくなったものだ。
 その転校生本人を見た者の証言では、転校生は女性だと思うとの報告だ。しかもかなり可愛いらしい。だからといって、別に私に同性愛の性癖があるわけではない。だと思うということは男性の確率もあるわけだが、男性だったとして私に中性属性愛の性癖はない。
 どんな人なんだろうと考えている内にSHR開始のチャイムが鳴らされる。やはりと言うべきか、私の隣は空席だ。空席のまま鈴鹿担任教師が入室する。全クラスメイトの視線はその後ろに注がれている。

「えー、みんなも知っているかもしれませんが、転校生です」
 鈴鹿教師は笑顔でその転校生を示す。半袖Tシャツにデニム素材の長ズボン(所謂ジーンズという奴だ)、野球帽を被っているポニーテールなその人(彼とも彼女とも言えない)は、本当に性を見分けられない程中性属性所持者だ。どっちなんだろう。声や名前を聞けば分かるだろうか。その人は黒板に名前を書き出した。

「《河嶋 斎(かわしま いつき)です。よろしくお願いします」





 合唱でパート分けをするならアルトパートになるであろう高音ボイスが自身の名前を発した。その人の両親はどれだけ子供の性別を分からせたくないんだろう。クラスメイトは全員悩んでいる。

 とここで、ユウリの方向を向くと、途端に――
「あっ!」
 とか叫び出した。クラスメイトは全員驚いてはいない様子だ――元々そういう学校だ――が、この転校生、河嶋斎も驚いてはいなかった。何を意味するかは分からないが、河嶋斎はユウリに微笑み、次に鈴鹿教師を見た。鈴鹿教師はその意図を掴み取ったようで――
「では、"河嶋君"。そこの席に」
 ああ、男か。と思いつつ、周りを見渡すと、大部分の男子は肩を落としているようだった。彼――河嶋斎――は、鈴鹿教師が指差したユウリの隣の席に腰を下ろした。
「昨日はぶつかってゴメン」
 といきなり彼はユウリに謝っているようだった。昨日何があったのだろう。
「いや、いいよ。それより、まさか同じ高校に転校してくるなんて奇遇だね〜」
 後にユウリに聞いた話だと、どうやら昨日2人はどこかでぶつかってしまったようだ。ファンタジーの世界では、この少年が超能力者とかだったりするが、あいにくここはリアルな世界だ。
「そう……だね」
 彼の声色は心なしか、悲愴を含んでいたような気がしないでもないが、疲れているんだろうか。チャイムと共に、彼に質問が殺到したのは言うまでもない。


 彼の回答からすると、大体以下のことが分かる。
「アメリカからの帰国子女である」
「両親はまだアメリカにいて、1人暮らしをしている」
「遊戯王OCGのプレイヤーである」
 このぐらいか。最も重要なのは1番下だろう。また遊戯王仲間が増えることは良い事だ。放課後、誘ってみようかとユウリと相談していると――
「キミがレイカちゃんか。よろしくね」
 彼は、私の机に近づいて来て言った。一瞬では、性別が分からなくなる程の中性的微笑みをされた。いきなり下の名前で呼ぶのは、英語圏に住んでいたからだろう。
「こちらこそ、河嶋……君」
「イツキでいいよ。上の名前で呼ばれるのは慣れてないんだ」
 そうだろうとは思った。今度から気をつけよう。


 ちなみに遅刻魔は1時限目のチャイムと共にやってきた。


 授業中の様子を説明すると、イツキはとにかく発表数が多い。それも全問正答だ。頭はかなり良いらしい。中間テストの結果が気になる所である。ちなみに、この学校は二期に分かれている。だから、中間テストはまだ少し先なのだ。
 また、授業の合間の休憩時間では、周りに溶け込んで会話をしているあたり、かなり社交的のようだ(アメリカに住んでいたからかもしれないが)。ここで判明したことだが、彼の一人称は「ボク」のようだ。性別を言われなければ、どちらか全く分からない。


 そして、放課後になったわけだが、彼は部活に入るつもりなのだろうか。とりあえず、ユウリと朝相談したように、誘ってみることにした。
「ねえねえ」
 ユウリが猫を撫でるような声でイツキを呼び止める。場所は教室前の廊下だ。放課後すぐということもあって、大量の生徒がひしめいている。何人かは興味があるのか、しきりにこちらを見ながら何か言っているが、気にしないで置こう。呼び止められたイツキは、ポニーテールを揺らしながらこちらを振り向いた。
「なに?」
 何度見ても、私の視覚では女性にしか見えない。このモノローグも今日何回目だろう。とりあえず、こんな質問から切り出してみる。
「《THIEVES》って知ってるかな」
「えっ……えっと、知らないけど」
 一瞬、彼の表情に動揺が見えたのは気のせいだろうか。
「カードショップなんだけど……」
「へぇ……どこにあるの?」
 さっきのは気のせいにしておいて、彼にその場所を伝える。ちなみに《THIEVES》の場所は、私の家から近い。気軽に足を運べるので、創業者の方には感謝だ。
「へぇっ、ボクの家からも近いなあ」
「それで、さ」
 とユウリが切り出す。本題はこれからだ。

「今日、ヒマ?」

 彼は、頷いた。



 今日もやってきた。2日連続で来たのは、初めてかもしれない。
「いらっしゃい……ん?」
「「「こんにちは」」」
 偶然のユニゾンに驚きながらも、イツキを見て驚きの表情を浮かべるアキラさんに、彼を紹介する。全て言い終えると、アキラさんは驚き半分、嬉しさ半分ぐらいの顔で言った。
「ふうん。よろしくね、イツキ君。それにしても男の子に見えないな」
 言うとは思ったが。初対面で彼を男性と見抜くには、尋常じゃない洞察力がいるだろう。少し雑談してから、外へ出る(昨日もだが、デュエルディスクのエフェクトは店内には入りきらない)。ユウリが闘うらしいが、多分負けるだろう。互いにデュエルディスクを構え、一礼。
「それじゃ、よろしく」
 緑色のスリーブを纏ったデッキを、ディスクにはめ直しながら、ユウリが言う。
「うん、よろしくね」
 と、これはイツキ。彼のデッキは黄色のスリーブが、かかっている。


「「デュエル!」」


「ボクの先攻で、モンスターと魔法、罠を1枚ずつセットしてターンエンド」
 とりあえず安全策を、ということか。相手のデッキが分からないのだから、致し方ない。

「あたしのターン、ドロー。怒れる類人猿バーサーク・ゴリラを召喚し、攻撃!」
 下級攻撃力2000の優良アタッカーは、罠を臆せず、まだ見えぬセットモンスターへと突撃した(というより、しなければならなかった)。バリーンと言う効果音と共に、カードのエフェクトが粉砕される。いつ見ても派手だ。
《クリッター》の効果を処理するよ」
 《クリッター》か。1ターン目のセットとしては中々だ。大抵のデッキなら、ここで《ならず者傭兵部隊》でも持ってくるのだろう。事実、彼は《ならず者傭兵部隊》をデッキから呼び出して来た。
「うーん、カードを1枚セットしてターンエンド」
 ユウリの目の前に1枚の伏せカードが出現し、間も無くターンが移った。

「ボクのターン、ドロー……。《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚し、攻撃」
 もはやアタッカーの定番となった機械の龍が現れ、ほぼ同時に口から粒子砲――かどうかはよく分からないが――を吐き出した。光のエフェクトでよく見えなかったが、どうやら怒れる類人猿バーサーク・ゴリラが破壊されたようだ。同時に、ユウリのライフポイントが減少する。

ユウリ:7900 イツキ:8000

「メイン2で《豊穣のアルテミス》を召喚し、さらにカードを2枚セットしてターンエンド」
 そういえば、デュエル中の彼はかなり静かだ。学校で元気に談笑している時とは――
「永続罠カード《王宮のお触れ》!」
 全く別人である、と言いたかった――心の中で、だが――のだが、そんなモノローグはユウリの宣言で打ち消された。《豊穣のアルテミス》が召喚されていると言うことは、恐らく彼のデッキはパーミッションに属する物なのだろう。ならば、《王宮のお触れ》は天敵となる。だが、彼はニヤリ、と不敵に笑い……
《盗賊の七つ道具》でカウンターするよ」

ユウリ:7900 イツキ:7000

 と、何のことはない、とも言いたげに1枚ドローした。偶然ではないだろう、恐らく彼は最悪を仮定して《盗賊の七つ道具》をセットしたのだ……と私は推測する。ユウリは渋々《王宮のお触れ》を墓地に置き、ターンを開始する。

「ドロー、《激昂のミノタウルス》を召喚して、《豊穣のアルテミス》に攻撃!」
「《攻撃の無力化》で無効にするよ。1ドロー」
 流石に一筋縄ではいかない。それに、彼は常にアドバンテージを保持しながら闘っている。勝負はもう見えたか。
「くぅ……1枚セットしてターンエンド」

「ボクのターン、ドロー……。バトルフェイズ、《サイバー・ドラゴン》《激昂のミノタウルス》に攻撃」
《炸裂装甲》発動!」
《神の宣告》

ユウリ:7900 イツキ:3500

 思わず苦笑い。7文字で《炸裂装甲》は掻き消され、同時に彼はカードを1枚引いた。そして――
「さらに、《冥王竜 ヴァンダルギオン》を特殊召喚するよ」
 ハデな効果音と共に、漆黒のドラゴンが出現する。ドラゴンは登場と同時に、《激昂のミノタウルス》を粉砕した。
「巻き戻しが起きたから、もう1度《サイバー・ドラゴン》で直接攻撃」

ユウリ:5800 イツキ:3500

「さらに他の2体で攻撃」

ユウリ:1400 イツキ:3500

 圧倒的だ。まだ5ターン目だが、2人のライフポイント差は、もう穴埋め不可能なほどになっている。その上、彼にはさらに5枚の手札がある。デッキの特性を考えても、逆転は不可能と見ていいだろう。
「3枚セットしてターンエンド」

「う……ドロー……。モンスターをセッ――」
 ここで、ユウリはハッとなる。そうか、なるほど。
 4ターン前、つまりユウリの後攻1ターン目、彼は《クリッター》の効果で《ならず者傭兵部隊》を手札に加えた。何故か? つまり彼は、《ならず者傭兵部隊》を手札に置いておくことで、「モンスターのセット封じ」という見えない糸を張っていたのだ。こうしておけば、相手のセットを牽制することが出来るわけだ。

「うぅ……負けました」

 圧倒的だ。2回繰り返すほど彼は凄い。かなり手慣れている。後でお手合わせ願おう。


 その後、希望に沿ってイツキとデュエルしてみたが、五分五分と言った所だ。負けることもあれば勝つこともある。だが、彼は強いことだけは揺るぎようもない真実だ。大会に出ればかなり上位を狙えるんじゃないのか。だが彼は、「こうやって友達とデュエルしてる方が楽しい」と言っていた。
 何度かデュエルした後、日も暮れてきたので帰る事にした。イツキはもう少し残るらしい。お先に帰らせてもらう。
「気を付けて帰ってね」
 バイバイ、とイツキは手を振った。
「それじゃ、また明日」
 と私。
「じゃね」
 ユウリも別れを言い、踵を返した。


《Itsuki's Vision》

「おい」
 と呼び止められた。ボクは「おい」じゃないよ。でも、仕方ないから振り向いてあげる。
「フフ。久しぶりだね、逃亡者さん」
「俺はどこからも逃げてないね」
 殆ど客の居ない店内で、カウンターの向こうに居る男、佐藤彰が言った。そうだった、逃げたのは彼じゃないね。
「間違えたよ、逃亡者の息子さん」
「どちらにしても嬉しくないな」
 だろうね。
「事実でしょう?」
「それより、お前はなんでここに居る」
 軽く流されたことに顔を歪めながら、彼の質問に答える。
「転校してきたからだよ」
「それは分かる。何のために来た」
 なるほど。そう来るかい。なら、正直に答えてあげよう。
「フフ……それはね……」

「彼女とキミの、観察」

「もうそこまで行ってるのか」
 彼は、頭を抱えるようなジェスチャー――ジェスチャーじゃないかも――をしながらそう言った。
「そうだよ。正確には龍の方だけど」
 そういえば、店のドアが開きっ放しになっている。春の夜風が肌に直接当たって寒い。
「あの組織はやめといた方がいい。忠告だ」
「ふん、キミに忠告されたくないね。だけど……」
 ボクは、開きっ放しになっていたドアを閉じながら、こう言った。
「組織が危ないのは、ボクも分かってる」
「なら何故居る」
「辞める機会が無いんだよ」
 彼の父親は逃走してきたんだから良いけどね。
「お前も逃げればいい。それか――」
 彼は言葉を紡ごうとして、やめた。視線はドア付近に釘付けだ。ボクも向いてみた。向かなきゃ良かったかな。

「ふん、ここか」

 それは、マントを羽織った男だった。



この作品はフィクションであり、実際の人物、団体、建設物等とは一切関係ありません。


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