《Reika's Vision》
「――ん……」
休みに入ったことで、早起きという概念が一時的に消え去る土曜日の朝、携帯電話のバイブレーションに突然目を覚ました。反射的に時計を見る。まだ午前6時だ。
「誰よ……」
頭上にかざしながら、携帯を開く。まだ登録されていない番号に、多少の怒りを覚えつつ耳に当てた。
「はい……汐崎ですが」
『もしもし』
誰の声かわからなかった。
と言うと語弊があるかも知れないが。ごく最近聞いた事があるような声だったが……。
「えーっと……どちら様?」
解らないので訊いてみた。寝惚けているからだろうか、脳が働いていない。
『ボクだよ……もう忘れたの?』
「ああ……イツキか……」
そういえばそんな声だったような気もするが、電話だから良く解らなかった。ん……?
「番号、なんで知ってるの」
疑問をそのまま口にした。昨日、携帯の番号を教えた覚えはない。
『ああ……佐藤さんから聞いたよ』
アキラさんか……。意外と口が軽い人だ。
「そう……。それで、用件は?」
『メルアド教えてくんない?』
そこまで急ぐことも無かろうが、別にクラスメイトであるので教えるのに差し支えはない。アドレスを口で言い終え、暫くの沈黙。
『ありがとね。それじゃ』
「うん、また今度」
電話を切り、再びベッドに身を任せる。もう一眠りしようか迷っていたが、眠気が飛んだことに気付き、起きることにした。ユウカはまだ寝ているだろう。
キッチンの戸棚からコーヒー豆を取り出し、コーヒーミルで砕いた。父親がコーヒー愛飲家であったため、家にはコーヒーを飲むための一式が揃っている。コーヒーを淹れ終わり、椅子に座って感傷に浸りながら、コーヒーを口に運ぶ。ちなみに私は甘いのが苦手なため、ブラックである。この世の女性全てが甘党だと思ったら大間違いなので、そこの所は気を付けて欲しい。
ふと、昨日の映像がフラッシュバックした。空中に浮いている魔神のエフェクト……。そういえば、父も使っていたかなぁと過去の記憶を掘り起こしていたが、次の一言で掻き消された。
「ぁ……おはよ……おねえちゃん」
リビングのドアに手を掛けていたユウカが言った。時計は現在、午前7時過ぎを指している。
「おはよ。飲む?」
と、コーヒーカップを指し示した。「砂糖いれてね」と言われたから、「自分で淹れなさい」と返し、椅子を立った。
――昼。ささっと宿題を済ませて読書をしていたが、突然携帯が鳴り出した(突然意外に鳴ることは殆どないが)。メール受信のお知らせのようだ。一時読書を中断し、携帯を開いた。
「イツキか……」
本文は以下のようなものである。
「今日の夕方4時ごろ、真星学園の2-A教室で待ってる。必ず、親しいデュエリスト3人以上と一緒に。追伸:動きやすい服のほうが良いかもね。」
……以上。要するに、親しいデュエリスト3人以上と一緒に2-A(私達のクラスだ)に行けば良いのだが、その意図がわからない。デュエリスト3人が何故必要なのか、それで何をしようというのか。
単純に皆でデュエルがしたいだけならば、わざわざ教室に呼ばなくても良いだろう。話がしたいなら、私だけを呼べば良い。それ以外で……。
解らない。こんな時は、行ってみるのが一番なのだろう。デュエリスト3人……、恐らくすぐに思い浮かぶ。
――ということで、私は3人の仲間を引き連れて学校の前に立っている。RPGの勇者気分である。
「着いた〜」
と、能天気に言ったのはユウリである。とりあえず1番に電話しておいた。イツキも面識があるので大丈夫だ。
「で、一体何の用なんだよ」
と、回答不能な質問を私に投げ掛けたのはタクヤだ。例によって待ち合わせにも遅れてきたが、とりあえず忘れる。
「なにがあるの〜?」
と、上目遣いで訊いてきたのは……そう、我が妹ユウカである。携帯の電話帳をスクロールしても、適した知り合い――これは日本語としてどうなんだろう――が見つからなかった折、唐突に声を掛けて来たのがユウカだった。正に灯台下暗しである。
3人の仲間を携えて学校に入る。ちなみに、我が真星学園の校門は休日でも開放状態である。ただし、校舎内に立ち入る際はX線検査機を通って行くことになる。生徒、教師以外の人間が凶器など持って入ると、すぐさま警備員が駆けつけて取り押さえられる。生徒、教師以外の、と言うのは、勿論この学校の校則が緩いからである。銃刀法に触れなければ何でもアリだ。
ひとしきり雑談しながら、階段を上って教室を目指す。この時、私達はこの先に待ち受ける真実を知る術もない。運命の歯車は、いつから軋みだしたのだろうか。
静かに教室の扉を開く。静かにひらかなくとも、この学校の引き戸はほぼ無音で開くが、どういう設計になっているのかは分からない。広々とした2−Aの教室の窓から、イツキが外を眺めていた。無音ドアのせいで私達に気付いていなかったようだったから、ドアを手の甲で叩いた。順序が逆だと言う事は直後に気付いたことだ。
「やあ、よく来たね」
私達に気付いたイツキは、そう言った。ここはあなたの家ではないが。
「呼び出したりしてゴメンね。早速、本題に入るよ」
イツキの表情が変わった(気がした)。少しの緊張の後、彼はこう口火を切った。
「"THIEVES"って、知ってるかな」
既視感を感じたのは、気のせいではない。

「"THIEVES"が、どうかしたの」
少し間を置いて、私は彼に問いかけた。この時、私の記憶に存在する"THIEVES"とは、「盗賊」という意味の英単語の複数形であり、それとともにカードショップを指す固有名詞である。
「ボクは知ってるかな、って訊いたんだけど」
なら、知っている。そう答えるしかないだろう。
「ああ、ゴメン。"組織の方のTHIEVES"のことなんだ」
"組織の方のTHIEVES"? どういうことだ。訳が解らない。周りの3人の頭上にも、複数の疑問符が浮かんでいるように見えるが。
「知らないみたいだね。これからの話に出てくるから先に説明しておくよ」
知るはずがない。彼は、こう言った。
「"THIEVES"っていうのは、とあるカードを強奪して、とある場所に集めて、とある計画を企てている組織の事だよ」
"とある"が多すぎだ。ただ、「カードの強奪」と「それらの集合」と「恐らくそれらによる計画の企て」を行っている事だけは分かる。つまり、遊☆戯☆王における"グールズ"のようなものだ。俄かには信じがたいが。
「まだ信じてくれなくてもいい。これからが本当の本題」
そして、彼は説明を始めた。
「まず、この世には"幻神龍"と呼ばれる5枚のカードが存在する」
急に口調が変化したような気がしたが、それより言葉に注目する。"幻神龍"……? それはつまり……
「これのこと?」
私は、彼に1枚のカードを示した。《無限龍》である。
「それも"幻神龍"の1枚だよ。それら5枚は、世界のどこかに散らばっている。いや、散らばっているのはあと2枚だけなんだ」
ふむ……。つまり、残りの3枚は既にどこかに集められている。そして"組織の方のTHIEVES"が強奪するカードと言うのは……
「そう。その"幻神龍"を強奪しているのが、"組織の方のTHIEVES"だよ」
これで、第1の"とある"は解消された。"組織の方のTHIEVES"は、"幻神龍"とやらを集めている。なら、何処へ。
「集められた"幻神龍"は、エジプトの遺跡に集約されている。キミが持っているのと、佐藤彰が持っているのを除けばね」
第2の"とある"はエジプトの遺跡であった。なら、最後の質問だ。なぜ?
「それはね……」
彼はなげやりにでも無く、また冗談を言うようにでも無く、こう言った。
「世界を、滅ぼすため」
馬鹿馬鹿しい。こんな話は信じてられない――彼以外の誰もがそう思っていた――だから私は踵を返した。彼は止めようとはせず、しかし止めるようにこう言い放った。
「世界を放って置けるのなら帰ってもいいよ。でも、これは真実なんだ」
なんの冗談だ。話し相手なら他を当たって欲しい。しかし、これを彼は止めた。彼とは、イツキではない。
「面白い茶番だ。是非続きを聞かせて欲しいな。なあ?」
私に問いかけてきたのは、他でもなく須藤拓也その人である。ふと気付けば、彼の手が私の手首を握っている。しょうがない。
「それで……、世界が何だって?」
タクヤが訊きかえすと、イツキは満足そうに話を続けた。
「世界を滅ぼすと言っても、世界を破壊しつくす訳じゃないんだ。世界が終わる……と言っても違うかな」
結局どうなんだ。と言いつつ、心の中で彼の言葉に答えている私を自嘲する。
「"時の流れ"って、実は1本の糸みたいなものなんだ」
唐突に、彼はそう言った。話が飛んでいるんじゃないのか?
「それを"THIEVES"では、"時の糸"って呼んでるんだけど……。そして、その糸が切れるとどうなるか分かる?」
"時の糸"は時間の流れである。"時の糸"が切れるということは、時間の流れが断たれることだ。それはすなわち……
「時間が……止まる?」
私の心中を代弁したのは、ユウリだった。それ以外に導き出される回答は……ない。イツキは、満足そうに微笑んだ。
「その通り。それが世界が……止まる、と言えば正しいかな」
だが、疑問は尽きない。通常、3次元の物体である私達人間と、2次元の絵であるカードだけでは、4次元である時間に干渉することは出来ないはずだ。
「鋭いね。だけど、"幻神龍"の力は次元を超えるぐらい凄いんだよ」
それ程凄かったのか"幻神龍"。これで終わりだろうか。
「うん、これで終わり。質問ある人」
それでは、挙手。
「はいレイカちゃん。なに?」
私は、他の3人も感じているであろう疑問を口にした。
「あなたは、なぜそこまで知っているの」
「ああ、言ってなかったっけ……。それはね――」
僅かな間を置いて、彼はゆっくりとこう言った。
「ボクが……"組織"の一員だから」
そういうことか。つまり……そうか。
「じゃあ、あなたは私の敵よね。なぜそこまで私達に教えるの?」
"組織"の目的は"幻神龍"の奪取である。ならば、彼は私の《無限龍》を狙っているはずである。それなら急な転校も頷けるが……しかし転校初日の悲愴を含んだ顔は……。
「正直……ボクは"組織"を抜けようと思ってる。だけど、機会がなかった」
機会がないのも当たり前だ。"組織"を知ったものが抜ければ、機密事項などが外部に漏れる恐れがある。機会などつくってはならない。
「だから、ボクはキミ達に賭ける」
何を賭けるかは知らないが、何をする気だろうか。
「実は、"組織"のアジトっていうか……家みたいなのがこの辺にある」
彼は、威圧感のある声でこう言った。
「そこで、ボクは反旗を翻す」
難しい言い回しだが、要するに"裏切り"だ。だから私達に協力を……ということか。ん……? ちょっと待て。デュエルでどう裏切るんだ……
「いや違う。デュエルっていうのは、あくまでそこのリーダーにたどり着くための方法なんだ。あとはボクが説得するよ」
説得で抜けれるのなら簡単なのだが……。
「じゃ、そゆこと。着いて来てくれるならそれでよし。着いて来ないなら、とりあえず記憶抹消ぐらいはさせてもらうよ」
一通り話し終えたら、彼は壁にもたれかかった。茶番は終わりか?
「あたしは行くよ」
ユウリが、唐突にそう呟いた。
「よし、ありがとう」
イツキは満足そうに微笑んだ。待て待て、なぜ行く? 私がそう訊くと
「だって、楽しそうじゃん!」
と笑顔で答えた。馬鹿か。
「俺も行く。どうせ暇だしな」
タクヤが言った。イツキは嬉しそうに頷いた。暇つぶしに組織に攻め込むとは恐ろしい自信だ。
「わたしも行くよ。お姉ちゃんは?」
ユウカも行くのか。勝手にすればいい。
「私は……」
"行かない"と宣言するつもりだった。だが、割り込んできたのはイツキだった。
「どちらにしても、キミに選択権はないよ。まず、キミは"幻神龍"を所持している」
「それがどうかしたの?」
いや、答えはわかっていた。
「分かっているだろうけど、キミは"組織"に狙われる。だけど、ボクが"組織"を丸ごと潰せば問題ないでしょ?」
"組織"を丸ごと……? 目的はイツキの解放ではないのか。
「ボクだけ抜けるなんてあり得ない。抜け駆けは許されない。それに、"組織"の目的は世界の破滅だよ?」
それが本当なら、の話だ。確証が得られないから迷っているというのに。
「キミなら世界を救える」
そう言えば聞こえは良い。本当なら。いや待てよ……。
「なら、ここでこのカードを破れば良いんじゃないの?」
「うん、それ無理。"幻神龍"は破かれても、別の場所に転生すると言われている」
そう言う設定は先に言って欲しい。だが、発見を遅らせることは出来る。
「やめなよ」
唐突に声がした。ユウカの声だが……
「それはお父さんに貰った、大事なカードでしょ?」
「それはそう……だけど」
確かに、このカードは父から譲り受けたものだ。そう簡単に破けるものじゃない。
「話は戻るけどさ。実は今、"組織"に囚われている人がいるんだよ」
"組織"に囚われる……まさか――
「そ、佐藤彰。昨日連れて行かれた」
昨日……ということはあの魔神のエフェクトは……
「ああ、ボクの仲間が使ってたやつだっけね。これで分かったかな。キミは佐藤さんを見捨てるの?」
「私は……」
もう1度言い直した
理不尽な2択だ。
少しの危険を冒してまで佐藤さんを助け、イツキを助け、世界を救うか。
もしくは、ここで逃げて記憶を消されるか。
少し地面に近づいてきた太陽を背にする4人に対して、私はゆっくりと、なおかつしっかりと、こう言った。
「行く」
この作品はフィクションであり、実際の人物、団体、建設物等とは一切関係ありません。 |