《Reika's Vision》


「――ん?」

 目覚め。寝返りのせいか、私の視線はベッドに対してほぼ水平に固定され、私の水晶体には、眠気でぼやけた人の姿が映し出されている。その人はしゃがみ込んでこちらを覗いており、間も無くして目が合った。鮮明になってきた視力を存分に行使し、その人を観察してみると、それは実に可愛らしい少女だった。黒い大きな瞳に、肩辺りまで伸びた黒髪、薄桃色の唇は緩やかな曲線を描き、その少女が微笑んでいることが見て取れる。服装は、民族衣装……だろうか。その辺は私の守備範囲外だが、薄い褐色と紅色を基調とする上下一体となったワンピース状の衣服だ。

「あ、おきた?」
 少女のやや舌足らずなモーニングコールと共に、私の意識も完全に回復した。さて、率直に言わせて貰う。

「ここ……どこ?」





「起きたかね」
 先程の舌足らずな声とは打って変わり、重みのある低い老人の声が耳を突く。木の扉を開けながら入ってきた老人は、白と銀を足したような色(要は白銀だ)の髪と髭、細い瞳は柔和な弧を描き、微笑みをこちらに向けている。服装は少女のものと同系色のもので、やはり民族衣装なのではないかと思わせる。
「ここは……何処ですか」
 部屋の周りを見渡す。レンガで出来た強固な造りの壁には窓が無く、室内には私が寝ているベッドと――いや、それだけである。他に家具や装飾と呼べるものは特に無く、本当に「寝室」としてしか機能しないような、簡素の極みである。当然部屋に見覚えは無く、まして目の前の2人が知り合いであるわけが無い。
「ここはエジプトの日本人村じゃよ。お前さんが倒れとったのをメイが見つけたんじゃ」
「えへへ」
 "メイ"とは少女の名前だろうか。そうか、そう言えば私はエジプトに来ていたのだった。事の発端は一昨日までさかのぼる――


 ――"あの"事件の翌日、今後のことを合議するために、私はカードショップ「THIEVES」に来ていた。ついでにユウカを見舞いに行ってやったが、もう殆ど大丈夫のようだ。念を入れてか、あと2日ほどは退院出来ないようだが。この時、父に1つだけ質問をよこしたのだが、結果は「イエス」だった。
 私がTHIEVESに着いた頃には、他のメンバー(タクヤ除く)も全員揃っていた。集合時間を15分オーバーしてタクヤも到着し、クォーター遅れの合議がスタートした――と言っても、要は「組織の本部はエジプトの遺跡にあるからそこまで着いてくる奴は居るか?」という、合議とも言えないものだった。因みに、私とイツキは強制参加である。
 結局ユウカを除く、事に関わった人物――つまり私とイツキの他にユウリ、タクヤ、アキラさん――は全員参加するようだ。理由としては、アキラさんは「保護者として」、ユウリは「楽しそうだから」で通し、タクヤは「学校休めるんだろ?」、だ。行くのなら早いほうが良い。今日は日曜日のため、必然的に今週は少し学校を欠席しなければならなくなる。この辺は鈴鹿先生が取り計らってくれるそうだ。教師という属性が正しく使われた例である。
 その後、持って行く荷物についてや、当日の集合時間、場所など必要事項を報告し、終わりである。ちなみに旅費などは、「THIEVES」日本支部に当てられていた資金を使うらしい。

 そして翌日、成田国際空港からエジプトに飛んできたわけだ。途中から遺跡に行くためにラクダに乗り換え、現地の案内人(これも父達の計らいだ)と共に砂漠を歩行していたのだが、途中の砂嵐で私だけが逸れてしまったのだ。恐らく砂嵐が収まる前に、私は力尽きてこの村に倒れていたのだろう。


 ――というわけで、イツキ達と合流するまでこの村に居座ることにする。おじいさんに話を聞いたところ、砂嵐はそこまで広い範囲では無かったらしいので、すぐに見つけてくれるだろう。訊けば、おじいさんはここの村長らしい。
「あの遺跡かのぉ……」
 その村長さんに、「この辺に怪しい遺跡は無いか?」という具合の端的な質問をしたところ、彼は思い当るフシがあるようだ。
「ここから西に暫く行くと遺跡があるんじゃが、確かに怪しいと言えば怪しいかのぉ……?」
「どういう事です?」
「いや、まことに不思議なんじゃが、あの遺跡が何時からあったのか、誰も知らないんじゃよ」
 それは古代建造物では良くあることではないのか。それを丁寧系で訊くと、
「そういうことではないんじゃ。わしが若かった頃には、そんな遺跡は無かったはずじゃ」
 ということは……だ。
「遺跡が突然現れた……と?」
「そうじゃ」
 それは確かに怪しい。そもそも、元々綺麗な建造物だったものが、風や雨で傷んで行って「遺跡」と化すのが普通だ。つまり、「遺跡」と呼べる状態で建造するなど普通は有り得ない。まさかタイムスリップしたわけでもあるまい。
「誰か人が居るとか……そういうのは無いんですか」
「おぉ、そういえば」
 と、村長は部屋から出て行った。目撃者を呼びに行ったのだろうか。
「ねえ〜、おねぇちゃん」
 少女――メイは、村長が出て行った後、ベッドに寄り添って話しかけてきた。正直、子供と会話するのは苦手なのだが。
「何」
「どこからきたの?」
「日本だけど」
「にほんかあ」
 メイは人差し指を唇にあてながら天井を見上げ、考えるような仕草をする。
「あたしもいってみたいな、にほん」
「どうして?」
「うーん。なんかたのしそう」
 楽しい……か。確かに楽しいこともあるし、嬉しいこともある。だけど、この少女は穢れを知らない。日本、いやそれだけじゃなく、世界全体の。
「そうね……。でも、空気は汚いし、凄くうるさいわ」
「ふうん。でもね、あたしはいきたい」
 どうして? 再び問うと。
「ぱぱとままの"ふるさと"だから……」
 お父さんとお母さんは何処にいるのか――と訊こうとして、やめた。メイが、余りにも悲愴な表情をしているから。
「そう」
 そう答えた時、部屋の扉が開いた。そこには、村長と1人の女性が立っていた。
「彼女はルティじゃ。名字は篠山と言うんじゃが、この村では名字は使わん」
 ぺこり、と女性はお辞儀をする。20歳ぐらいの綺麗な人だ。黒い髪は軽く腰まで届いており、まったく結わずストレートロングにしている。日本人村だけに全員が名字を持っているが、この村では全員がファーストネームか、あだ名で呼ばれるらしい。また、この村で産まれた者は、日本風でない名前を付けられると言う。
「ルティです。貴女のお名前は?」
 そういえば村長とメイにも名前を教えてなかったか。
「レイカ……です」
 ファーストネームだけで十分だろう。
「れいか――どういう字を書くのでしょう」
「えーと……うるわしいにはなやか――です」
 華麗の逆……とも言うのだが、こうすると自虐っぽいので止めておく。
「素敵な名前ですね」
「それはどうも……」
 やりづらい。年上に敬語を使われると、何となく緊張してしまうのは私だけか。
「彼女が遺跡で人の出入りを確認しているそうなんじゃが……」
 詳しいことは彼女から聞いてくれ、と言って、村長はメイを連れて部屋から出て行ってしまった。残ったのはルティさんと私のみ。部屋の中を沈黙が10秒ほど支配し、やがて彼女は口を開いた。
「半年ほど前になるのですが……」
 寝ながら聞くのも失礼なので、上半身だけ起こすことにする。
「わたしは、お買い物に行くために、近くの街へ出かけていたのです。無事に買い物を終えて村に戻る途中、ふと例の遺跡の方を見たのです」
 彼女は「遺跡は村と街の間から良く見えるのです」、と言ってから。
「その遺跡に人影が見えたのです。気になって目を凝らすと、それはローブを羽織った3人組でした。その内の1人だけ顔が見えたのですが……」
 どんな人ですか。と問うと、
「とても綺麗な女性……だったと思います」
「だったと思う――?」
「ええ、遠くからだったので多少曖昧ですが、髪も長くて容姿も綺麗でした。女性と思って差し支えないと思います」
 その人の特徴とかは……。
「先程も言ったとおり長い髪で、色は黒でした。瞳の色は良く見えなかったのですが、多分黒です。容姿は日本人みたいで、最初はこの村の人かと思いましたが、そんな人は1人もいませんでした。もしかしたら観光客だったのかもしれません」
 怪しい遺跡ですから、ちょっとしたニュースになっていたかもしれません、と言って、彼女は言葉を切った。
 ちょっとしたニュース……か。いや待ておかしい。何も無いところから遺跡が出てきたと言うならば、かなり大々的なニュースになるのではないのか? ということは……だ。
「そのローブ、もしかして黒では無かったですか?」
 そう訊いて見た。彼女は一瞬驚いたような表情を造り、
「ええ、確かに。確かにそうです。砂漠で黒なんて逆効果だな……と思っていたのです。どうしてそれを……?」
 いや、何となく。と適当にはぐらかしておき、思考を巡らせていく。間違いない。砂漠で黒いローブなんて、思い当るフシは1つしかない。

 その遺跡は、THIEVESの本拠地で間違いない。

 とその時、部屋のドアをノックする音が響いた。ルティさんがドアを開けると、そこには村長とメイ、そして見慣れた顔があった。
「レイカちゃあぁぁん」
 と一目散にベッドに駆け寄って、私に縋ってきたのはユウリだ。子供か。
「レイカちゃん、無事でよかった」
 と、安堵の笑みを浮かべているのはアキラさんだ。
「おう、なんだ生きてたのか」
 あえて深く語るまい。
「さっき彼らが村に来てな、連れてきたんじゃ」
 私は縋りつくユウリを引き剥がしつつ、ふと違和感を覚えた。その正体は。
「あれ、イツキは?」
「ああ、イツキ君はね……」
 アキラさんは特に躊躇うわけでもなくこう告げた。
「村の外で待ってるって。暑そうだけどね」
 なるほど……そうかい。
「分かったわ。行きましょう」
 私はベッドから起き上がる。もう体調も万全だ。
「あの……お体の方は」
「大丈夫です」
 ルティさんを一言で制し、私は立ち上がる。
「色々とありがとう御座いました」
 私は砂漠の民3名にお辞儀をした。
「ああ、気を付けてな」
「お気を付けて、無事に帰られることを願っています」
 無事に……か。そうなると嬉しいが……。と、メイがこちらに歩み寄ってきた
「れいかちゃん……」
 なあに? と問う前に、私は彼女の意図を汲み取り、こう答えた。
「私が連れて行くことはできないけど、貴女がいつか大きくなったら……また会いましょう。日本の東京都で待ってる」
「うん!」
 メイは満面の笑みを浮かべた。
「じゃあね、ばいばいれいかちゃん」
 バイバイ。私はもう1度砂漠の民達に目で礼をし、家を出て行った。

「あっ、レイカちゃん。無事でよかったよ」
 村の外に出ると、そこには薄い褐色のローブに身を包んだイツキが待っていた。彼を睨みつつ、
「行きましょうか」
「そ、そんな恐い顔しないでよ。ボクが村に入らなかったのはねぇ」
「言い訳はいいから、さっさと行くわよ」
 うぅ……と落胆しているイツキを他所に、私たちはラクダに乗って歩き出した。街と村の間……だったか。
「急いだ方が良いかもね。また砂嵐が来たら厄介だよ」
 イツキの表情が真剣になる。そうだ、急がなければならない。

 メイが、いつか私と会える未来を見るためにも。



この作品はフィクションであり、実際の人物、団体、建設物等とは一切関係ありません。


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