あと、一歩。

 

 

 

 幼い頃、近所の悪ガキに泣かされてばかりだった私を、いつも助けてくれたのは、二軒先のご近所に住んでいた(ひびき)ちゃんだった。
 響ちゃんは、繊細なその名前に似合わず、元気でとてもケンカが強い男の子で。悪ガキ共を追っ払ってくれると、泣いていた私の顔を覗き込んでニカッと笑った。

「もう泣くな、真由子。お前はオレが、ずっと守ってやっから」

 響ちゃんの言葉に、私は涙でグショグショになってしまった顔を何度も頷かせた。
 優しくて頼もしい、私の大切な、大好きな幼馴染。
 だけど、それも遠い昔の思い出。
 あの頃のように、私は泣いてばかりの子供じゃない。そして、私たちが幼かったあの日、お母さんが響ちゃんに言った言葉。

「響ちゃん、真由子をよろしくね?」

 泣き虫で、少しばかり他の子よりも体が弱かった私を心配してくれたお母さんが言った言葉だった。その時大きく頷いた響ちゃんは、その日以降ずっとその言葉を守ってくれている。
 私はもう、あの頃のような泣き虫じゃない。体もちゃんと丈夫になった。
 だから、響ちゃんをもう、解放してあげなくちゃならない……あの頃と、抱く想いは変わったけれど、でも……。

 響ちゃんと私は、偶然にも同じ高校に受かり、進級しても何故か同じクラスになる。それも今年が最後だ。
 来年は就職。さすがに響ちゃんとの腐れ縁も切れるだろう。それが、私たちの縁の切れ目になる。寂しいけど、辛いけど。でも、響ちゃんをずっと私に縛っておく訳にはいかない。
 だから最近、響ちゃんとの距離を置くようにしていた。
 なのに、放課後になると響ちゃんは友達に別れを告げ、ふわりと浮かべた笑顔で、帰り支度を始めた私に言う。

「真由子、帰んぞ。支度、終わったか?」

 今日こそ言おう。辛いけど、悲しいけど。でも、響ちゃん。
 そのための、第一歩。
 もう、自由になっていいよ。彼女、作って? 私はもう、大丈夫だから。今まで、ありがとう。
 きっと、泣かないで言うから。だから、私の最後の響ちゃんへの言葉。
 響ちゃんを思っての最後の言葉を、受け止めて欲しい。

 だから響ちゃん、自転車に乗せてくれたとき、背中にもたれかかってもいいかなあ……?



 幼馴染の真由子は、いつも泣いてばかりの印象だった。
 他のやつよりも、小さな体で。突けば泣くような女の子だから、近所の悪ガキのいいターゲットになっていた。
 それが凄く腹立たしく思えて、オレは真由子の泣き声が聞こえる度にすっとんで行って、悪ガキを退治しては真由子を助けた。すると真由子は、シクシク泣いていた顔を上げて、オレにだけ見せる笑顔を浮かべる。
 
「ありがと、響ちゃん」

 そう、言いながら。だからオレは真由子の顔を覗き込んで応えた。

「お前は、オレが守ってやっから。ずっと、これからずっと」

 そうだ、ずっと。お前が嫌だって言っても、その笑顔を見たいから。
 それは、今でも。真由子はオレだけが守ると思ってる。だから、高校もこっそりと真由子に合わせた。

「んだよ、真由子もこの高校受けたのか」

 さりげなく偶然な振りの嘘をつきながら。そこまでしても、真由子と一緒にいたかった。
 いつでも、いつまでも傍にいたいのに。
 真由子はいつも女友達といて、オレが声を掛けても冷たい素振りをするようになった。

 オレとお前と、想い、違うのかって不安になるけど、でも。オレはきっとずっとこの気持ち、変わらない。
 真由子、知っているか?気持ちって変わらないまま、進化するんだぞ。今ではお前をいかに幸せにしていくか。そればっかり考えてる。
 ……でも、それはオレの勝手な考えだな。だってお前の気持ち、何も聞いてない。
 だから、オレは決意した。恥ずかしいよ。照れるよ。だって何歳から一緒にいるんだよ。何を今更って思うけど。
 でも、ちゃんとオレの気持ち、今日は伝える。
 もう、幼馴染としてだけの関係は嫌だ。オレ達の関係、もっと先に進めたい。

「真由子、帰んぞ。支度、終わったか?」

 真由子は、いつもなら頬を赤らめて、「いい、友達と帰る」と拒むのに。それを無理矢理強引に、オレが家まで送るのが日常だったけど。
 今日は、神妙な面持ちで頷いた。
 幼い頃のあの日から、ずっとずっと想って来た気持ち。伝えるから。だから、真由子、受け止めて。
 そしてオレが自転車の後ろに真由子を乗せて、ゆっくりと自転車を漕いでいくと、真由子がオレの背中に頬をくっつけた。

 心臓がバクバクしてくる。今か。今がチャンスか?

「真由子」

「響ちゃん」

 オレと真由子は、同時にお互いの名を呼んだ。自転車を止め、振り返ると、戸惑ったような真由子がいた。
 その瞬間、どうしてだろう。オレは、

「ごめん、先に、言わせてくれ。ずっとずっと、オレ、真由子のこと……」


 真由子は、あの日のように、大きな目に一杯涙を溜めて、オレを見上げていた。
 そして微笑んだ笑顔もまた、あの日のように。

 オレと真由子の間に、暖かな穏やかな風が吹き抜けた。

 まるで、二人の新しい第一歩を祝福するかのように。

 

 

 

 

 


 

 

 

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