地上車をマニュアルモードにして、運転席にはミュラー閣下、そして助手席にはぼくの上司。
後部座席に座ったぼくは、前方の二人の会話に冷や冷やだった。
そう叫ぶドクター・ロークライナーの「どいつもこいつも」というのは、
それを言われたミュラー閣下は、ハンドルを握りながら苦笑している。
よかった、年齢差5歳くらいだと思われる外見だけど、精神年齢は、ミュラー閣下の方がずっと上のようだ。
「ローディ、みんなきみを心配しているんだと思うよ?」
「あ、そう。あの暇さえあれば、私を誘うことしか考えてないエロリストも!?」
ロイエンタール上級大将閣下といえば、ミッタマイヤー上級大将閣下と並んで「双璧」と言われるほどの方だ。
そう言えば、この穏やかな表情のミュラー閣下も、「鉄壁ミュラー」という異名があるんだっけ。
凄い方達を相手にしても、ドクターは全くお構いなしのようだ。
そもそも、ファミリーネームで呼び捨てっていうのも凄いな・・・。
ぼくがそんな心境でドキドキしているというのに、ドクターは憤然として、背後のぼくに振り返った。
「クラウス、あんた気をつけなさいよ!まだ15歳だっけ?女を知らないうちに、オカマ掘られないようにね!」
「こら、ローディ。確かにクラウスは可愛らしいけれど、直接的すぎるよ。可哀相だ」
ぼくが絶句していると、ミュラー閣下が助け舟を出してくれた。
ドクターは、その言葉に小さく舌を出して・・・それがまた、ぼくが見ても可愛らしい。
でも、やっぱり・・・こういうお方なんだな。ミュラー閣下が、さっきぼくに、苦労するって言ったのが分かってきた。
ドクターは、鼻息荒いままだ・・・ロイエンタール閣下に、相当嫌な思い出でもあるのかな。
「あの・・・ドクターは、その、ミュラー閣下とお付き合いされているんですか?」
ぼくのこの質問は、出しゃばっていたかもしれないけれど、でも当然の質問だと思う。
だけど、ドクターはチョコレート色の髪を掻き揚げて、げらげらと笑い出した・・・ちょっとミュラー閣下に気の毒じゃないかなあ・・・。
「あはは、そりゃミュラーが可哀相だよ、クラウス。私みたいなガサツな女よりも、ミュラーにはもっといい女が似合うって!」
「・・・まあ、人それぞれだからね、いい女というくくりは」
そう微妙な返答をしたミュラー閣下の穏やかな表情を見たら、恋愛経験ゼロのぼくにだって、何となく雰囲気は分かるけど。
でも、きっと聞いたら「ガサツの達人」と自慢しそうなこのドクターには想いは届かないんだろうな。
他の幕僚の方々にはお会いしていないけれど、俄然ミュラー閣下を応援したくなってくる。
でもな・・・お相手が、このドクターじゃな・・・報われるのかな・・・。
ドクターがぼくの歓迎会と称して、連れてきてくれたレストランは・・・
短いタイトスカートに、この寒いのにキャミソールを着て、その上に、クリーム色のジャケットを羽織って。
確かにスタイル抜群だけど、何もそこまで誇示しなくても・・・というような衣装で、
ドクターはミュラー閣下の腕に自然に捕まって、ハイヒールを鳴らして店内に入った。
驚いたことに、店内に入ると、ドクターは席に座るまで一言も発しなかった。
後に聞いたら、「メンドクサイから」と言っていたのだけれど、エスコート全てをミュラー閣下に託していたのだ。
こういう辺り、絶対計算ずくの女性のやりそうなことなんだけど。でも、そう感じさせないのが、ドクターらしくて。
メニューすら見ず、どかんと・・・女性らしかぬ勢いで、ソファに座ると、ぼくに畳み掛けるように話しかけてきた。
この姿を見たら、きっと男性は幻滅してしまうだろうな・・・
だけど、ミュラー閣下は苦笑して、ウェイターに、ぼくのためにいくつかの料理と、ご本人とドクターのドリンクを注文した。
ぼくも、媚を売るような女性は好きじゃないから、こんなドクターの態度は、偉そうに言わせて貰えば、嫌いじゃない。
そんなことは、ドクターにとってはどうでもいいようだった。
そこまで聞きたいことは、ぼくの得意料理・・・力が抜ける。
「ええと・・・基本的なマリネやザワークラフトとか、後は、ツヴィーベル・ズッペとか、キルシュ・クレーメとか・・・」
ぼくが指折り数えて、作れそうな料理を並べていくと・・・
そう爆笑を堪えるような声で、ミュラー閣下がドクターの肩を支えている。
それに気付いて、ぼくはびっくりして身を引いてしまった。
ドクターは、口元をナプキンで拭って・・・まだ何も食べてらっしゃらないというのに。
「何ていい子が来てくれたんだろう!オーディンに感謝します!生まれて初めてね!」
「そうよ、神頼みにして、良いことなんか今まで無かったもの!」
ドクターは胸を張って言い、そしてぼくの肩をがっちりと掴んだ。
「頑張ってね、クラウス!変わり者ばっかの幕僚連中だけど、きっとあんたならやって行けるわ!」
ここまでドクターに信頼されるのは、涙ものなんだけど。本来は。
だけど、運ばれたブランデーを口に運びながら、ミュラー閣下が苦笑した言葉が、ぼくは一生忘れられない。
「ローディの下でやっていければ、俺たちなんて可愛いもんだよ。・・・ああ、クラウス。遠慮なく食べて。
グラスを掲げたミュラー閣下に合わせ、ドクターも魅惑的な笑みを浮かべて、ぼくの肩に手を回してくれた。
でも、もう少し密着を・・・勘弁してもらえると・・・
レッドオレンジのグラスを、恐れながらミュラー閣下とドクターのグラスに重ね合わせた。
その後、ドクターとミュラー閣下の軽快な会話を聞いて、笑って。
唯一、ドクターの魔の手に掛かっていなかった部屋で、新築の新しい匂いがした。
ドクターはそう微笑んで、ぼくの額にキスをしてくれた。
青で統一された心地いい部屋の、水色のベッドに体を潜り込ませて、ぼくは明日の朝食のメニューを考えながら、