感激の、歓迎会






              地上車をマニュアルモードにして、運転席にはミュラー閣下、そして助手席にはぼくの上司。


              後部座席に座ったぼくは、前方の二人の会話に冷や冷やだった。


              「・・・うるさいのよ、どいつもこいつも!」


              そう叫ぶドクター・ロークライナーの「どいつもこいつも」というのは、

              帝国軍幕僚の閣下たちのことであって・・・


              それを言われたミュラー閣下は、ハンドルを握りながら苦笑している。

              よかった、年齢差5歳くらいだと思われる外見だけど、精神年齢は、ミュラー閣下の方がずっと上のようだ。


              「ローディ、みんなきみを心配しているんだと思うよ?」


              「あ、そう。あの暇さえあれば、私を誘うことしか考えてないエロリストも!?」


              「エロリストって、もしかして・・・」


              「ロイエンタールに決まってるでしょ!!」


              ロイエンタール上級大将閣下といえば、ミッタマイヤー上級大将閣下と並んで「双璧」と言われるほどの方だ。

              そう言えば、この穏やかな表情のミュラー閣下も、「鉄壁ミュラー」という異名があるんだっけ。


              凄い方達を相手にしても、ドクターは全くお構いなしのようだ。


              そもそも、ファミリーネームで呼び捨てっていうのも凄いな・・・。


              ぼくがそんな心境でドキドキしているというのに、ドクターは憤然として、背後のぼくに振り返った。


              「クラウス、あんた気をつけなさいよ!まだ15歳だっけ?女を知らないうちに、オカマ掘られないようにね!」


              「・・・・・・・」


              「こら、ローディ。確かにクラウスは可愛らしいけれど、直接的すぎるよ。可哀相だ」


              ぼくが絶句していると、ミュラー閣下が助け舟を出してくれた。

              ドクターは、その言葉に小さく舌を出して・・・それがまた、ぼくが見ても可愛らしい。

              こういうところが憎めないんだろうけれど・・・


              でも、やっぱり・・・こういうお方なんだな。ミュラー閣下が、さっきぼくに、苦労するって言ったのが分かってきた。


              ・・・ミュラー閣下はいい人だ。ぼくの中で、決定。


              ドクターは、鼻息荒いままだ・・・ロイエンタール閣下に、相当嫌な思い出でもあるのかな。


              「あの・・・ドクターは、その、ミュラー閣下とお付き合いされているんですか?」


              ぼくのこの質問は、出しゃばっていたかもしれないけれど、でも当然の質問だと思う。


              これだけ意気投合していて、親しげで。

              今にも肩を組みそうな勢いの仲の良さだから。


              だけど、ドクターはチョコレート色の髪を掻き揚げて、げらげらと笑い出した・・・ちょっとミュラー閣下に気の毒じゃないかなあ・・・。



              「あはは、そりゃミュラーが可哀相だよ、クラウス。私みたいなガサツな女よりも、ミュラーにはもっといい女が似合うって!」


              「・・・まあ、人それぞれだからね、いい女というくくりは」


              そう微妙な返答をしたミュラー閣下の穏やかな表情を見たら、恋愛経験ゼロのぼくにだって、何となく雰囲気は分かるけど。


              でも、きっと聞いたら「ガサツの達人」と自慢しそうなこのドクターには想いは届かないんだろうな。


              何だか急に、ミュラー閣下に親しみが沸いて来た。


              他の幕僚の方々にはお会いしていないけれど、俄然ミュラー閣下を応援したくなってくる。


              でもな・・・お相手が、このドクターじゃな・・・報われるのかな・・・。





              ドクターがぼくの歓迎会と称して、連れてきてくれたレストランは・・・



              レストランというよりも、バーだった。




              短いタイトスカートに、この寒いのにキャミソールを着て、その上に、クリーム色のジャケットを羽織って。


              確かにスタイル抜群だけど、何もそこまで誇示しなくても・・・というような衣装で、

              ドクターはミュラー閣下の腕に自然に捕まって、ハイヒールを鳴らして店内に入った。


              驚いたことに、店内に入ると、ドクターは席に座るまで一言も発しなかった。


              後に聞いたら、「メンドクサイから」と言っていたのだけれど、エスコート全てをミュラー閣下に託していたのだ。


              こういう辺り、絶対計算ずくの女性のやりそうなことなんだけど。でも、そう感じさせないのが、ドクターらしくて。


              メニューすら見ず、どかんと・・・女性らしかぬ勢いで、ソファに座ると、ぼくに畳み掛けるように話しかけてきた。

              この姿を見たら、きっと男性は幻滅してしまうだろうな・・・


              だけど、ミュラー閣下は苦笑して、ウェイターに、ぼくのためにいくつかの料理と、ご本人とドクターのドリンクを注文した。


              ぼくも、媚を売るような女性は好きじゃないから、こんなドクターの態度は、偉そうに言わせて貰えば、嫌いじゃない。


              「ねえ、クラウス、あんたどんな料理作れるの?」


              ぼくの幼年学校の成績とか、ぼくの家族関係とか。


              そんなことは、ドクターにとってはどうでもいいようだった。


              身を乗り出して、ぼくの顔を覗きこんで、凝視して。


              そこまで聞きたいことは、ぼくの得意料理・・・力が抜ける。


              「ええと・・・基本的なマリネやザワークラフトとか、後は、ツヴィーベル・ズッペとか、キルシュ・クレーメとか・・・」


              ぼくが指折り数えて、作れそうな料理を並べていくと・・・


              「ローディ、ローディ」


              そう爆笑を堪えるような声で、ミュラー閣下がドクターの肩を支えている。


              ドクターは、今にも涎を垂らしそうな勢いで。

              それに気付いて、ぼくはびっくりして身を引いてしまった。


              ドクターは、口元をナプキンで拭って・・・まだ何も食べてらっしゃらないというのに。


              嬉しそうな笑顔を浮かべた。


              「何ていい子が来てくれたんだろう!オーディンに感謝します!生まれて初めてね!」


              「・・・生まれて初めて、ですか」


              「そうよ、神頼みにして、良いことなんか今まで無かったもの!」


              ドクターは胸を張って言い、そしてぼくの肩をがっちりと掴んだ。


              「頑張ってね、クラウス!変わり者ばっかの幕僚連中だけど、きっとあんたならやって行けるわ!」


              ここまでドクターに信頼されるのは、涙ものなんだけど。本来は。


              だけど、運ばれたブランデーを口に運びながら、ミュラー閣下が苦笑した言葉が、ぼくは一生忘れられない。


              「ローディの下でやっていければ、俺たちなんて可愛いもんだよ。・・・ああ、クラウス。遠慮なく食べて。

              ここは俺が奢るから。今日は、きみの壮行会だ」


              「そ、壮行会・・・」


              「そう、ようこそ、ローエングラム元帥府に」


              「ようこそ、元帥府幕僚軍医侍官殿」


              グラスを掲げたミュラー閣下に合わせ、ドクターも魅惑的な笑みを浮かべて、ぼくの肩に手を回してくれた。


              ぼくは、何だか胸が一杯になってしまって。


              ドクターの胸が、当たってるからじゃない。断じて。

              でも、もう少し密着を・・・勘弁してもらえると・・・



              ぼくは、きっと頬が紅潮していただろうな。


              レッドオレンジのグラスを、恐れながらミュラー閣下とドクターのグラスに重ね合わせた。




              その後、ドクターとミュラー閣下の軽快な会話を聞いて、笑って。


              部屋に帰って、ぼくの部屋も与えてもらった。

              唯一、ドクターの魔の手に掛かっていなかった部屋で、新築の新しい匂いがした。


              「ゆっくり寝なさい。明日から、大変だろうから」


              ドクターはそう微笑んで、ぼくの額にキスをしてくれた。


              元気で明るくて、美しいドクター。


              ぼくが出来ることが、どこまでか分からないけれど。

              でも、精一杯頑張ろう。


              青で統一された心地いい部屋の、水色のベッドに体を潜り込ませて、ぼくは明日の朝食のメニューを考えながら、

              ゆっくりとまどろむ世界に身を沈めていった。