似てない家族、似たもの家族
数ヶ月間、ドクターのお世話・・・ではなく、侍官をさせて頂いて、感じたこと。
ドクターは、とっても褒め上手でいらっしゃる。
「クラウス、あんた本当に手際がいいわねえ!こんなに清潔に保たれている家は、居心地いいわ!」
「この料理、最高ね!ああ、いけない。また酒量が増えちゃうわ」
「ねえ、どうしてこんなに洗濯物がいい香りなの?クリーニングとはやっぱり違うわね!」
・・・普通に家事をこなせば、これくらいは当たり前なのに。
なのにドクターにしてみれば、ぼくのやることなすこと、全て褒め称えてくれて、ぼくは危うく図に乗りそうになってしまう。
気をつけなくちゃ。
だから、ドクターがそう言って褒めて下さった後は、わざとコーヒーを差し出して、にっこりと笑うことにしている。
「ありがとうございます、これからも頑張ります」
そう、これからも、頑張るぞ。
ドクター付きにさせて頂いて、本当にぼくにとってたくさんの得難い経験が出来る。
普段だったら、絶対声など掛けてもらえぬような方々から、気軽に肩を叩かれたりするのだ。
「おう、クラウス。今日も女みたいな顔をしているなあ」
そんな失礼なことを言うのは、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト大将閣下。
ドクターの叔父上だ。
叔父上のはず・・・なのだけれど。
全然似てない。優雅な微笑のドクターと反して、時折野獣と称される閣下。
閣下の姉上が、ドクターの母上ならしいのだけど。
一体どちらに似てるのだろう?
ビッテンフェルト閣下は、粗野で乱暴な態度だけれど、それはドクターやローエングラム閣下がいらっしゃらない時だけ。
その時の豹変ぶりは・・・少し驚いてしまう。
今、ぼくはドクターに言われて、先日から行った検診の結果を、ローエングラム元帥閣下の秘書官、
ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ嬢にお届けする途中だった。
このマリーンドルフ嬢は、とてもお美しい方なのだけど、ドクターとまた少し違った美しさで。
ドクターが黙っていれば、女性らしいお美しさだとすれば、マリーンドルフ嬢は中性的な美しさだといえた。
とにかく、大事な書類を抱えていたので、今あまりビッテンフェルト閣下に関わりあいたくないなあ・・・。
ぼくは敬礼をしながら、束の書類を抱えなおした。
「ビッテンフェルト閣下、今日もお元気そうで何よりです」
「何だぁ、その大人びた返答は!お前はまだ子供なんだから、子供らしい対応をせねばならんぞ!」
いくら幼年学校を出たばかりとはいえ、ぼくも一応軍人なんだから、これくらいは言わないと。
でないと、ドクターに恥をかかせてしまうことになるのに・・・。
「はっ・・・。あの、ぼく、じゃなく。小官は少し急いでおりますので・・・」
「何だ何だ!ローディにこき使われてるのか!?しょうがない奴だ、今晩にでも俺が説教してやるからな!」
(いいのかな・・・そんなことを言って・・・)
とは、ぼくの心の中の声。とてもじゃないけど、ビッテンフェルト閣下にそんな恐れ多いことなど言えるはずが無い。
「ははは・・・」
と笑って誤魔化していたら。
その後、ビッテンフェルト閣下に結構長い間掴まってしまうはめになった。
どうも閣下がぼくにお聞きになりたいことがあったようで。
彼にしては珍しく、歯に何か挟まったような物言いで・・・言わば遠まわしに、ぼくに探りを入れている。
15歳のぼくですら気付いたのだから、ビッテンフェルト閣下は、策略はあんまり得意じゃないらしい。
「・・・それでだ。昨日の晩、ローディはどの男と一緒にいた?」
直線的に、最後はきた。
結局聞きたかったのは、そこだったのだ、やはり。
どうもビッテンフェルト閣下から見たら、可愛い姪御であるドクターは男癖が悪いと思われているらしく。
気の毒だなあ、確かにドクターはだらしないけれど、でも男性面は全然だらしなくないのにな。
ぼくは小さく咳払いをして、ビッテンフェルト閣下に注意を促した。
全く気付かない閣下は、首を傾げてぼくを見下ろしている。
そして更に言い放った。
「お前は知っているのか、今のローディの男を。知っていたら教えろ。俺が目に物を言わせてくれるわ!」
そう鼻息荒くぼくに詰め寄り、ぼくは一歩下がりながらも、更に咳払いをして教えて差し上げたのに。
ビッテンフェルト閣下の太い腕が、ぼくの胸倉をも掴みそうな勢いで前進してきたその時。
「ぐうぇ!?」
カエルが潰されそうな声をあげ、ビッテンフェルト閣下が大きく身を逸らした。
その背後で、彼の軍服の襟首を掴んだのは・・・渦中のドクター・ロークライナーだった。
彼女は魅惑的な笑みを浮かべ、掴んだ襟首をくいと捻ると、いとも簡単にビッテンフェルト閣下は数歩下がった。
もちろん、閣下が本気を出せば、ドクターなんて軽く投げ飛ばされてしまうだろうけれど。
絶対しない。するわけが無い。・・・・後が怖いから、だけじゃない・・・と、信じたい・・・。
「ローディ!?」
「ほほほ、ビッテンフェルト閣下。仕事中はドクターとお呼びと言ってるじゃありませんか」
お呼びって・・・女王様です、それじゃ。
「ごめんね、クラウス。この害虫はこっちで始末しておくから、仕事再開して?」
天下に名高い「黒色槍騎兵艦隊」を率いる、ビッテンフェルト閣下を害虫呼ばわりし、ドクターはぼくに笑みを浮かべたと思うと、
ずるずると閣下を引き摺って行ってしまった・・・
・・・なんだったんだろう・・・・。
ぼくは頭一つ振り、ドクターの言いつけ通り、素直に仕事を再開することにした。
その夜、宣言通りにビッテンフェルト閣下は、ドクターに説教をしに来た・・・わけじゃなく。
まあ姪御さんとの夕食を楽しみに来た、というのが一番合っているのだろうか。
でも現実は、ドクターに電話一本で呼び出されたのだった。
「お兄ちゃん、母さんから手紙。早く取りに来た方がいいんじゃない?」
たったその一言で、ビッテンフェルト閣下は、背中に羽が付いているのではと思うほどの速さで、我が家に来た。
玄関先で、白い封筒をビッテンフェルト閣下に手渡したドクターは、そのまま室内に戻ってきたのだが、
後ろから橙色の髪を消沈させて、猛将も付いてくる。
エプロン姿のぼくは、ドクターにそっと聞いてみた。
「夕飯は、閣下の分もご用意しますか?」
「あー・・・そうね。いいわ、材料費、請求するから。作ってあげてくれる?」
しっかりしてるなあ・・・絶対3人分の材料費を請求するつもりだ。
ぼくは苦笑して、キッチンに引っ込んで、仕込みの続きを再開した。
ドクターと閣下は、キッチンカウンターの向こうで話しをしてらっしゃるから、会話がまる聞こえだ。
申し訳ないけれど、聞こえてしまったのは仕方ないだろう。
「・・・早く帰って、読めばいいじゃない」
「そんなことを言うな、怖いのだ・・・一人で読む度胸はない」
「根性ないわねえ。そんなことだから、いつまでたっても嫁の来てがないのよ」
「うっ・・・!幕僚では既婚者の方が少ないぞ!」
「あ、そう。まあどうでもいいけど?彼女一人くらい作ってから、偉そうに言いなさいね?」
すっかりドクターのペースなようだ。
早くもブランデーを傾けているので、ぼくは慌てて取りあえず、
チェシャとポーチドエッグのサラダに、野菜の生ハム巻きグリルを出した。
酒豪揃いの元帥府の端に入れさせて頂いたお陰で、ぼくの作るメニューは何だかつまみが多くなってしまったような気がする。
それでもちゃんと、好き嫌いはあるだろうけれど、残さず食べてくれる(日替わりで来る)この閣下たちのために、
頑張って美味しいものをと思ってしまう。
今日も、ビッテンフェルト閣下が、微妙な表情で、
「チェシャか・・・」
と呟いたのを聞き、ドクターが澄ましてグラス片手に言ってくれた。
「あら、クラウスの作る絶品料理に文句言うの?食べやすいように、卵を載せてくれたんじゃないの」
「あ、ああ、そうだな、クラウス、お前は本当に気が利く・・・」
そうとしか、もはや言いようがないのだろう。
ビッテンフェルト閣下は、気の毒なくらいに体を縮めて、ドクターの見守る中、苦手なチェシャを召し上がってくれた。
「ふふ、お兄ちゃん偉い偉い。じゃあ、母さんからの手紙を、一緒に見てあげるわ」
そう鷹揚に頷くと、ビッテンフェルト閣下は、それこそ恐る恐る、白い封筒を開け、何の飾りもない手紙を開いた。
すると、そこにホノグラムが。立体映像だった。
映ったのは、40歳代ほどの女性だった。
明るい茶色の髪に、ここからだとビッテンフェルト閣下と同じ色の薄い茶色の瞳に見える。
その姿が見えた瞬間、ビッテンフェルト閣下が恐るべきスピードで、ソファの上に正座をしたのは驚いた。
『フリッツ』
音声は、重々しくそう始まった。
そこからは、ぼくが聞いてはいけないような・・・ビッテンフェルト閣下の勇名を知っている者ならば、耳を塞ぎたくなるような。
いわば、小言の連続だった。
その度に、ビッテンフェルト閣下は大きな体を竦め、ドクターは可笑しそうに笑っている。
『フリッツ、私があなたにうるさく言うのは、私はあなたが可愛いからです。それに、私の一人娘をあなたの傍に託すからには、
今までよりも、遥かにうるさく言っていかねばならないでしょう』
「今までより・・・有り得ん・・・」
今にも泣きそうになっているビッテンフェルト閣下を見たら、ぼくも同情したくなってきた。
『さて、あまり長々となっても仕方ありません。最後に、我が家の家訓を追唱なさい。
他人を褒める時は、大きな声で!』
「他人を褒める時は、大きな声で!!」
わんわんと響く声で、きっちりとビッテンフェルト閣下は追唱した。ドクターは、しっかりと耳を塞いでいる。
そして、ホノグラムのドクターのお母様から、更に。
『悪口を言う時は、より大きな声で!』
「悪口を言う時は、より大きな声で!」
・・・・・何と言う家訓なんだ。
でも、そこではっと気付いた。
そうだ。
ドクターは、ぼくをたくさん褒めてくれている。
褒める時は、大きな声で。
ぼくは可笑しくなって・・・同時に、嬉しくなって。
ついつい、デザートにウォールナッツ・ケーキまで焼いてしまった。
すっかりと意気消沈した叔父上を慰めていたドクターが、焼きたてのケーキを見て、嬉しそうな顔をして笑って下さった。
よかった。
それから、少しだけ機嫌が良くなった閣下は、彼がいる間、男からドクターに連絡が入らなかったことに安心したようで、
いつもの調子を取り戻して帰宅していった。
それを見送って、ぼくはふと思い出して、隣に立たれるドクターに聞いてみた。
「ぼく、女っぽい顔ですか?」
ドクターは驚いた顔で、しばらくぼくを眺めていたけれど、やがて派手に噴出して、げらげらと笑い出した。
「誰!?そんな失礼なこと言ったの!」
「あの・・・いえ・・・」
告げ口になるかと思い、名前は伏せたんだけど。でもきっとドクターにはお見通しだったかも。
ドクターは、ぼくの肩を掴んで、そして綺麗な琥珀の瞳でぼくを見つめた。
「いい?あんたのその顔は、全然女っぽくなんかないわ。とってもいい男よ。
もしあんたを女っぽいなんて言うヤツがいたら、そいつは一生女に縁のない、情けない男ね」
ドクターはそう微笑して言い切り、そしてぼくの額にキスをして。
手を振って自室に戻っていかれた。
「ありがとうございます、ドクター」
ぼくは、姉はいないけど。
でも、いたらこんな感じなのかなと、柔らかな唇が触れた額に手を当てた。
毎晩、おやすみのキスを欠かさないでくれる、ドクターの愛情が、とっても嬉しかった。
でも、このことは他の閣下達に知れたら大変だろうから、内緒にしておこう。
ぼくは、暖かい気持ちで、袖を撒くって後片付けを再開した。
明日も、こんな気持ちのままでいれたら、いいな。
でも、ドクターとビッテンフェルト閣下に怒られないようにしなくちゃ。
怒られる時は、褒めて下さる時よりも、大きな声らしいから。
「あんたは、怒られるようなこと、しないわよ」
そう微笑浮かべるドクターが目に浮かぶけれど、でも身を引き締めよう。
明日も、朝食を気に入ってくれますように。