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              この世界が、狂い始めてる。


              あんな箱一つのことで、人を殺すのを厭わない。




              私には、箱なんかより、もっと大事な人たちがいるのに。


              サラレギー、あなたは狂ってる。


              だから・・・



              私が欲しいなら、私と死のう?



              一人じゃなければ、寂しくないでしょう。



              あの人の代理を作る計画が始まったそうだ。


              もう、コンラートが狙われることはない。


              だから、もう・・・私も、・・・もういいよね、コンラート。





              眠っているサラレギーの枕元に立ち、短剣を振り上げたサクラの手が、

              一瞬で動けなくなった。


              寝ているはずだったのに。


              闇の中で、金色の瞳が不気味に輝いている。



              「・・・どうしたの、サクラ。わたしを殺してくれるんじゃないの?」


              サラレギーは、魔術が使えないはず。


              なのに、一歩も動けない。


              彼から噴出すものに、圧倒されてしまっているから。



              それは、毒意。



              サラレギーは微笑して立ち上がった。

              その笑顔すら、サクラの背筋を凍らせるには充分で。


              「さあ、わたしは抵抗しないよ。殺して、サクラ。そしてあなたも一緒に・・・」


              そして、禍々しい笑顔が深まった。



              サクラの全身の毛が総毛だった。




              嫌だ。嫌だ嘘つき!


              死にたいなんて思っていないくせに。


              その手で、巨大な力を手に入れようとしているくせに。


              そのために、邪魔なユーリくんを消して、眞魔国を自分のものにしようとしてるくせに。





              急激に、サクラに恐怖が襲い掛かった。



              「嫌・・・触らないで。私に触れないで!」


              「どうして?わたしと死んでくれないの?そう、あなたもわたしから離れていってしまうんだね」



              そして浮かべたサラレギーの表情に浮かぶのは・・・




              狂喜。




              「なら、仕方ない。あなたをわたしの宝物の一つにしてあげる。


              優しく殺して、あの箱に入れてあげるよ。

              ウェラー卿の体液の培養は、順調だよサクラ。

              もうすぐ、あの男の子供が産まれる。別にあなたの身体ではなくてもいいのだから。

              よくやったね、それだけは褒めてあげる」



              そう言ったサラレギーの手が、サクラに伸ばされる。


              触れられたら・・・この手に触れられたら、決して正気ではいられないような気がして。


              サクラは自分の耳を疑うような悲鳴を上げて、ベランダに飛び出た。


              そして、息を呑む。


              そこは、5階建て以上の高さの鉄塔。



              そんな馬鹿な。


              私はサラレギーの屋敷にいたはず。


              どうしてこんな場所に・・・・




              「不思議?サクラ。あなたは警戒心が全くないんだね。食事に毒を盛られても、気付きもしない。

              言い忘れていたけれど、サクラ。わたしは馬鹿な女は嫌いなんだよ」


              サラレギーがゆっくりと近づいてくる。


              サクラが一歩下がる。

              すぐに、欄干にぶつかった。


              「さあ、逃げられない。ふふ、うさぎを狩るより簡単だ」


              唇の端を上げて、悪魔の笑みを零すサラレギーの瞳が、一瞬細められた。

              サクラの背後から、まばゆい光が降り注ぐ。


              「サクラ!!」


              彼女を呼ぶ、懐かしい声。


              振り返ると、たいまつを持ったたくさんの兵士がこの鉄塔を囲み始めていた。


              その中に、サクラは確実に見つけた。


              愛しい人を。


              「コンラート・・・!」


              どれくらいぶりだろう。彼の姿をこの目に焼き付けられるのは。


              サクラは滲む視界を凝らして、その名を何度も口の中で呟いた。


              だが、腕に鋭い痛みが走る。


              サラレギーが、サクラの腕を後ろ手に回して締め上げている。


              「うっ・・・!」


              「契約を破ったね、サクラ。彼の名を呼ばず、彼と語らず、彼を見ず。


              契約は、破られた。さあ、あの男を殺すんだ!」


              鉄塔周辺に潜んでいた、サラレギーの配下はどれくらいいるのだろう。

              百は超えているかもしれない。


              それらがつがえている弓から、一斉に矢が飛び出した。


              ただ一人、コンラート目掛けて。


              「いやぁーーーー!」


              天に劈くその悲鳴は、こだましてしばらく消えることはなかった。