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高い鉄塔の上に、サクラの姿を見つけた。
やっと、見つけた。
俺達は、消息を立ったサラレギーとサクラを追い続け・・・やっとこの地まで辿り着いた。
サクラが、怯えるように身体を震わせているのが、僅かに見えた。
俺は発せる限りの大声で、愛しい名前を叫んだ。
サクラが気付いて、振り返り・・・俺を見た。やっと、俺を見てくれた・・・。
次の瞬間、サラレギーに腕を捻り上げられているサクラの姿が見える。
息を呑んでしまった俺に、何十人、何百人ものシマロン兵が弓を番えて、一斉に矢を放つ。
サクラの悲鳴がどこか遠くから聞こえるような気がする・・・。
ぼんやりと、そんなことを考えていた。
サクラ、せっかくきみに会えたのに。
もう、お別れなんて・・・嫌だ。
きみをこの手で抱き締めるまでは、生きていたい・・・!
俺の周囲に、暖かい気を感じた。
それが柔らかく包み込むと、俺を狙って飛んできた矢が、俺の目の前で次々と落下していく。
振り返ると、グウェンダルが両手をこちらに向けている。
障壁だ。魔術を使ったんだ。
その隣では、ヴォルフラムが片手をかざして炎の魔術を繰り出している。
人間の地と、魔族の地の中間に位置するこの場所で、高度な魔力の術者である二人の消耗は激しく。
すぐに膝をついてしまった。
「それだけでお終いなの?つまらないね」
サラレギーの声だ。
それに重なるように、その手に掴まれたサクラが、大きく身悶えをした。
「嫌、離して!コンラート、コンラート!!」
サクラ・・・・!
「うるさい、黙れ!」
サラレギーは短く声を荒げ、サクラの頬を叩いた。
瞬間、俺の頭の中が真っ白になる。
怒りで、全て支配されていく。
サクラはふらりと一歩こちらに下がり、そしてサラレギーの手が、その身体を軽く押した。
サクラは、頭からベランダの欄干を乗り越えて・・・
ゆっくりと、見えた。
サクラの身体が、落ちていく。
嘘だ・・・
時が止まった俺の肩を、何者かが突き飛ばした。
はっとして目を上げると、オレンジ色の髪が俺の横を疾走した。
「お嬢はオレに任せろ!隊長、行け!!」
ヨザックがまるで体重を感じないようなスピードで、駆け抜けていく。
間に合う。
絶対に間に合う。
だが、お前だけは許さない。サラレギー!
俺は剣を抜きさり、そのまま鉄塔に駆け出した。
俺の前に立ちはだかるシマロン兵を、斬るというよりも、なぎ倒して走り続けた。
背後で、ヴォルフがユーリの名を叫んだ。
一瞬振り返ると、ユーリが宙を舞って手から何かを発している。
サクラの危機に、魔王が降臨してしまったらしい。
だけど、ユーリ。
あいつだけは。サラレギーだけはこの手で。
俺の愛おしいものを傷つけたあいつを、俺は決して許せない。
ありとあらゆる武器で俺に襲い掛かるシマロン兵を、無言で斬り捨てて、俺は鉄塔に入り、
そして階段を上り続けた。
何階まで続くのか分からないけれど、不思議と疲れが全く無かった。
やがて、最上部に辿り着き、真っ直ぐにベランダへ向かう。
俺の剣は、もう何十人ものシマロン兵の血を吸った。
まだ、足りない。
ゆらりとベランダに足を踏み入れると、サラレギーは呆然として下の惨状を見ていた。
ユーリの魔術が、次々と彼の兵を倒していく。
その竜の姿の水の魔術は、身体をくねらせ、全ての兵を地に沈め、そしてこちらに向かってくる。
「サラレギー・・・」
俺の声は、いっそ静かだったかもしれない。
激情が俺を支配して、全てを超えてしまった。
「ウェラー卿、わたしと手を組んで!鍵のあなたなら、箱を開けられる。
わたしとあなたが組めば、世界は二人のものになる!」
「・・・お前は、万死に値することをした。覚悟はいいな」
そして、振り上げた剣。
もう、これで終わりだ。
サクラ、待たせてごめん。
次の瞬間、全てが終わっているはずだったのに。
俺の動きを止めたのは、あの愛おしい声。
「駄目、コンラート!!」
俺の名を呼ぶ声。
一瞬下を見ると、ヨザックに身体を支えられたサクラが、俺を見上げている。
無事だった。
よかった・・・。
「あなたが手を掛ける価値なんか、その男には無いわ!だから、駄目よ!」
サクラは優しいから。
俺に人殺しをさせたくなくて。どんな憎い相手でも。
俺は、激情が静まっていくのを感じた。
目の前で、ユーリの魔術で編み出された竜に、締め付けられて苦しむサラレギーを、
俺は静かに見つめた。
「サクラに感謝するんだな。いや・・・死んだ方がましだったと思うような罰を与えられるかもしれない」
「いやだ・・・いやだ!わたしはまだ・・・!」
もがき苦しむ彼に、俺は同情する余地もなかった。
後は、グウェンダルやギュンターが各国に掛け合って、彼の処遇を決めるだろう。
もう、どうでもいい。
俺は剣を一振りしてこびり付いた血を飛ばし、階段を駆け下りた。
ただ、会いたくて。
抱き締めたくて。
そして、謝りたかった。
俺が鉄塔から走り出ると、向こうから黒髪を靡かせて、サクラが駆け寄ってくる。
俺の両手の中に、身体をぶつけるように飛び込んできた、暖かく優しくて、愛おしいサクラ。
その身体を抱き締めて、髪に顔を埋めた。
「ごめん、ごめんサクラ。もっと早く助け出したかった・・・」
「いいの、私もあなたを助けてあげれなかった。許して、コンラート・・・」
目を合わさなかったのも、声を聞かせてくれなかったのも、
そしてあの晩、黙って俺に抱かれたのも。
すべて、俺を救うためだったと、後で聞いた。
サクラ、俺はどうきみに償えばいいんだろう。
だが、今はただ、きみを感じさせて欲しい。
俺の手が、サクラの顎を捉えて、唇を重ねた。
黒髪を撫でながら、何度もその唇を啄ばんで。深く、彼女を捕らえて。
サクラも俺の頭を掻き抱いて、応えてくれた。
やっと手の中に戻ったサクラ。
もう、離しはしない。
俺の腕が、箱の鍵だという。
だから、何だ。
俺には、そんなものよりも、大切なものがある。
この腕の・・・鍵だと言われている腕の中にある、小さな俺の全て。
サラレギーは、その後多国間軍事裁判に掛けられ、数々の罪に問われた。
その身はある国で幽閉されることとなり、それが大シマロンへの牽制になった。
でも、そんなことはどうでもよかった。
これから先の未来に、サクラが俺の隣にいないなんて、有り得ないから。
きみを失った数ヶ月を取り戻すべく、全力で彼女を守り、愛し続けて。
俺とサクラはそれから、永い年月を寄り添って過ごした。
END