It is you and two people sometime    4







              「どうしても、その決断を変えることは出来ないの?」


              お優しいツェリ様に呼ばれた私は、この方から恐れ多くも止めていただいた。


              そして、同席していたヴォルフからも。


              「ニナ、遊びじゃないんだぞ。ああ、もちろん分かっているとは思うが。

              だがな、生きて帰れる保障が全くないんだ。ぼくは、お前にそんな場所に行ってもらいたくない」


              ヴォルフはただ微笑を浮かべていた私の肩を掴んで、強く揺さぶった。


              ツェリ様は、ずっと悲しげな表情で・・・ヴォルフは必死で私を見下ろしている。


              二人の気持ちが、すごくすごく嬉しくて・・・でもね、本当にごめんなさい。



              「ツェリ様、ヴォルフ。私、今とても幸せなんです。この国のために頑張りたいんです。

              私の力を使って、少しでも手助けが出来るなら・・・」



              あの方のために。



              私の力を使えるのなら。



              私は、出来る全てのことをしていきたい。



              ヴォルフには、私が口にしなかった私の思いが伝わったようだった。


              一瞬唇をかみ締めて、綺麗な顔を歪めたと思ったら。


              ぎゅっと私を抱き締めた。


              驚く私の、すっかり短くなって・・・ヴォルフとさほど変わらない長さになってしまった髪に、

              顔を埋めて呟いた。


              「ニナ・・・お前の心の中に、ぼくは存在していないのか・・・?」


              「ヴォルフ・・・」


              ツェリ様が息を飲むのを感じた。


              ヴォルフが、私に対してここまで感情を露にしたことに驚かれたのだろう。


              「あいつは、お前を光の世界に導けると思えない。だが・・・ぼくなら・・・

              もう少しだけ待ってくれたら、ぼくは必ず、フォンビーレフェルトの当主になってみせる。

              そうしたら、ニナにもお父上にも、何の苦労も掛けさせない」


              ヴォルフは最後強く言い、私を僅かに離し、間近で私の瞳を覗き込んだ。


              ツェリ様と同じ、碧の瞳。

              すごく透明感があって、情熱的で。


              私のために・・・あなたの瞳は・・・私は・・・・。





              私は真っ直ぐ、ヴォルフを見つめ返して、そして彼の頬に手を当てた。


              愛しい、可愛いヴォルフ。


              「ありがとう。でもね、私、今、本当に幸せなのよ。だから、見守っていて?」


              ヴォルフは悲しげに瞳を揺らしたけれど、それ以上何も言わなかった。


              ツェリ様も。


              私をただ抱き締めて、何度も私に謝った。


              ツェリ様が謝られることなど、何一つない。


              私は、あなたに感謝しているのに。


              ツェリ様と、そして眞王様に。



              コンラートと出逢えたことに。


              そして、彼のために力尽くせることに。



              ありとあらゆる人達が反対する中、私は士官試験に合格し、正衛生兵としてルッテンベルク師団に入団した。




              ジュリア様の下に、何日も通い、実践的な治癒も習い続けた。


              ジュリア様には、きっと私の気持ち全て伝わってしまっていたのだろう。

              何もルッテンベルク師団のことや、コンラートのことに触れず、ただ治癒魔法を教えてくれた。


              それが・・・私には何よりも嬉しかった。

              何もないと分かっていても、ジュリア様の口から、コンラートの名前を聞きたくなかった。


              我儘な、私。

              ずるい、私。


              ジュリア様に嫉妬しているのに、彼女を利用している。


              そんな私・・・嫌いだけど。でも、もう手段は選んでいられない。


              コンラートのためなら、私は何でもする覚悟が出来ているから。



              少年のように短い髪を見るたびに、コンラートは切なげな表情を浮かべて。

              そして必ず私の決意を止めようとしてくれるけれど。


              でも、準備は出来た。



              あなたに、私の魔力を。私の命を。私の愛を。



              全て、捧げる。







              血盟城から、ひっそりと出立した私達、ルッテンベルク師団。


              忌み嫌われる混血の集団だからといって・・・あまりだと思ったけれど。

              でも、団員達の思いから、誰にも気付かれないうちに出立したのだと後から知った。


              きっと、ツェリ様はどこかで見送ってくれていたはず。


              グウェンも、ヴォルフも、父も・・・



              あなた達に、眞王様のご加護がありますように。





              乗馬があまり上手ではない私は、早くも他の人たちから遅れてしまった。


              先頭を切る隊長から、私に激怒の声が投げつけられた。


              「ロイエンタール衛生兵!そんななまくらな馬術で、このルッテンベルク師団を笑いものにさせる気か!」


              「・・・申し訳ございません」


              私は必死で手綱を操り、兵士達に遅れをこれ以上取らぬように頑張ったけれど。

              でも、隊長の声は私一人に集中した。


              「やる気がないなら、戻れ!」


              「士気に関わる、この役立たず!」


              ・・・悔しい。言われて、反論出来ない自分に、悔しい。


              私は自分が思っていたよりも、ずっと使い物にならないと実感した。


              そんな私の横に、馬を寄せたのは、幼馴染のヨザックだった。


              「ニナ、無理をするな。馬の動きに合わせて腰を動かせ」


              「・・・ごめんなさい、ありがとう」


              そうこっそり話したのも、隊長には筒抜けだったようで。


              「ヨザ!そんな足手まといに世話を焼く暇があるなら、こちらを手伝え!」


              ヨザックはコンラートの声に、軽く肩を竦め、そして私の頭を撫でた。


              「アルノルドに行きたいのなら、負けんなよ」


              ・・・負けるものか。


              まだ、私は全然コンラートの役に立っていない。


              男の人ばかりの軍隊に入って、怖いけど。

              馬さえ満足に操れないけれど。


              隊長としてのコンラートの、いつもと全く違う様子にとまどってしまうけれど。


              でも、絶対負けない。



              私は、コンラート、あなたのために力を尽くすと誓ったから。


              俯きそうになってしまった顔を上げ、私は深呼吸をした。


              そして、愛馬のたてがみを一つ撫でた。


              「情けない主人だけど、頑張って。あなたが頼りなのよ」


              そう声を掛けて、横腹を軽く蹴った。


              頑張ろう。道のりは、長いけれど。頑張ろう。





              何日か経ったある夜、私はテントから少し離れた場所の草むらに腰掛けて、星空を眺めていた。


              まだまだ、アルノルドは先らしい。


              大分、乗馬には慣れてきたけれど・・・この生活は、少し辛い。


              でも、遠くからでも、毎日コンラートを見れるから。

              いつも、厳しい顔をしているけれど。

              私の顔を見れば、怒鳴り散らしてくるけれど。


              それでも、コンラートがいるから・・・だから、弱音は絶対に吐かない。


              じっと星空を眺めていたら、ふと背後に気配を感じた。


              あっと思った瞬間に、大きな手で口を塞がれて、目の前が真っ暗になった。


              組み敷かれている。


              もがいたけれど、声が出なくて。手足をばたつかせようとしたけれど、押さえつけられていた。


              怖い、怖い・・・!!



              「・・・一度だけ。一回、抱かせてくれたら、もう諦めるから・・・」


              そう囁く声は、ヨザックではない。コンラートでもない。


              やだ、怖い!!


              私は涙を滲ませて、何とか抵抗しようと呻いていたら・・・



              「そこで何をしている!!」



              凛とした声が響き渡った。


              私を抑えていた主は、ばっと私から離れると、素早く姿を消していた。


              何が起きたか分からない私は、乱れた衣服を整えることすら忘れて呆然としてしまった。


              そんな私に、何かが被せられた。


              「・・・え?」


              「みっともない格好をしているんじゃない。また、狼の餌食になりたいのか。

              こんな夜に、一人で外をうろつくな。自己管理も出来ないなら、とっとと城へ戻れ」


              そう冷たい声を私に浴びせるのは・・・暗闇で見えないけれど。


              でも、間違いない。


              「コンラート・・・いえ、隊長・・・すみません・・・」


              投げられた布を抱き締めて、私が立ち上がって謝ると、彼は返事もせずに自分のテントに戻っていった。



              私もテントに戻り、そして投げられた布を灯りの下で改めて見た。


              彼の、上着だった。



              ごめんなさい。



              私は、ただ、そう呟いて、その上着を抱き締めて眠った。


              明日には、返すから。


              だから、今日だけは、この上着にあなたのぬくもりを求めて眠りたい。




              「愛してるの・・・」




              この言葉は、伝えない。


              だから、あなたの上着に囁かせて。


              白い軍服が、私の涙で濡れていた。