Across the space-time; and ... 1:Her thought 喫茶店の雇われ店長なんて、寂しいものだ。 ただ、店番をして。アルバイトの子を管理して。 固定のお給料を貰えるのはありがたいけれど、仕事に意欲がいまいち沸かない。 それでも、毎日同じ時間に店を開けて。 そして相棒の、雇われ副店長に繋いでいく毎日。 でも、最近、店を開けるのが楽しみになってきた。 毎朝、同じ時間に来る、外国の人。 茶色い髪で、穏やかな表情で。 そして流暢な日本語で、いつも注文するのは、モカブレンド。 座る席も、同じ場所。 日の当たる、窓際の一番端の席。 二人用テーブルの片方に座って、相席になってもいいように、もう一つの椅子の上に荷物を置かない。 そんな彼のちょっとした心遣いに、ぐっと来てしまった。 コーヒーを運ぶと、読んでいた英字新聞から目を離して、必ず私を見てくれる。 あの、不思議な色合いの瞳で。 そして、極上の笑顔を。 「ありがとう。朝の、楽しみなんだ」 そう言われたら。 明日も頑張ろうって思える。 欠かさず毎日来てくれるようになってから、もう一月が過ぎた。 彼は、今日もいつもの席で、いつものコーヒーを飲んでいる。 私は店が珍しく暇になったので、少し早目に休憩をとる事にした。 アルバイトの子に、ブレンドを頼んで。 喫煙席のカウンターで、携帯をいじっていたら、ふいに隣に人の気配がした。 何となく見ると、あの人だ。 彼は、にっこりと笑って、自分のコーヒーを持参していた。 「店長さん、隣、いいかな?」 私は慌ててタバコを消そうと思ったけれど、彼は私の手にそっと触れた。 心臓が、止まりそうになる。 「気にしないで。分かってて、ここに来たから」 そうか・・・ここは、喫煙席だから。 お言葉に甘えて・・・と言いたいところだけど。 一応、消しておいた。 彼は、持っていた長い鞄を足元に置いて、私の隣の椅子に腰掛けた。 「いつも忙しいね、この店は。コーヒー美味しいから」 まさか、彼から話しかけてくれると思っていなかった私は驚いてしまって。 しどろもどろに答えた。 「え・・・あの・・・ありがとうございます・・・」 その私の答えに、彼はくすりと笑って、カップを持ち上げてコーヒーの香りを嗅いだ。 その仕草が、とても色っぽく感じて。 もう、私もいい年なのに。 何で、こんなにどきどきしてしまうんだろう。 「本当に、いい香りだ。店長さんが選んだ豆?」 「え、あ、はい。本当は、現地に行って選びたいんですけど。そこまで権限ないから、輸入業者を選んで・・・」 「そう。こだわってるんだね」 そう笑った彼の笑顔が、ずっと頭に焼き付いた。 その笑顔に、私は囚われてしまった。 もう、きっと彼以上の男じゃないと・・・前に進めないかもしれない。 それからも、彼は毎日同じ時間に店に来て、同じモカ、同じ席、そして英字新聞を読んでいる。 私も暇な時間になると、休憩を取っては彼が喫煙席に移動してくれて、何となく話をする関係になっていた。 彼の名前は、コンラート・ウェラーというそうだ。 あまり聞きなれない響き。彼の故郷では、ウェラーを先に発音するのだと教えてもらった。 私の名前を伝えようとしたら、彼は嬉しそうに私の胸を指差した。 ああ・・・ネームプレートに、ローマ字で名前だけ書いてあるんだった。 彼は、私の名前を、繰り返し呟いた。 「か・・・可愛い名前だね。」 いきなり呼びつけにされてしまった。 だけど、嫌な感じはしない。 彼の風貌からかなと思ったけれど、多分違う。私がそれを望んでいる・・・。 コンラートが来るのは、決まって朝9時。 それから30分ほど新聞を読んで、そして私の知らない間に帰っていく。 「だって、俺が帰る時間は、よく店が混雑しているから。 を見てから帰るけど、きみは俺に気付いたことないよね」 そう苦笑したコンラートに言われて、私も初めて気付いた。 確かに、まだモーニングの時間帯だけに、忙しい。 だから、たまに暇なときが見つかって、コンラートとコーヒーを飲めるのが嬉しいんだけど。 いらっしゃいませは何度と無く言ったのに、行ってらっしゃいは言ってなかった。 だから、私は今日こそは、どんなに忙しくても、彼の姿を見失わないように・・・ 帰る時には、「行ってらっしゃい」を言おうと思っていたのに。 コンラートは、帰る素振りを見せず、ずっと新聞を読み続けていた。 10時になって、突然暇な時間が出来て。 私が今日も休憩を取ろうとしたら、やっぱり彼が喫煙室に来た。 待っていたのかな・・・。 ううん。自惚れちゃだめだ。 こんないい男なんだもの。後で、自分が痛い目を見るに決まってる。 私は、意識して彼と距離を置いて話をするようにしていた。 だって、怖い。 あまり、深い関係になりたくない。こういう、格好いい男の人とは、特に。 だけど、コンラートは嬉しそうに私の隣に座って、色々と話しかけてくれる。 その彼を見て、昨日あった出来事を思い出した。 昨日は、私は休暇だった。 だから、オーナーが私の代わりに店を開けてくれたんだけど。 「すごいカッコいい外国の人が、『は今日は休みなんですか?』って聞いてきたのよ! もう、どきどきしちゃった。どういう関係?」 そう興奮していた、オーナー。 私は、たまたまいなかった私が気になって、聞いただけだろうと思ってた。 だけど。 横に座ったコンラートは、恥ずかしそうに私に、小さな花束を取り出して。 「病気かと思って。心配で、お見舞いに買ってきた」 「・・・私に?」 私はすごくびっくりして、そのまま固まってしまった。 コンラートはそんな私を見て、機嫌を損ねたのかと思ったらしい。私を覗き込んで、不思議な色合いの瞳を揺らしてる。 ああ・・・この人の瞳の中で、銀色が光ってる。 だから、不思議な感じがしたんだ。 そう、頭の片隅で、ぼーっと考えていた。 「、この花、気に食わなかったかな?」 「え・・・あ、いえ。嬉しいです。ありがとうございます。でも、昨日はただの休暇だったんですよ」 そう言って、慌てて彼から花束を受け取った。 チューリップと、スイートピー。 私が受け取ったのに安心したかのように、コンラートは、ただ、「よかった」とだけ。 それだけ呟いた。 その時は、私は彼の瞳に浮かんだ、柔らかな私を見つめる色に気付かなかった。 チューリップの花言葉は、「片思い」 スイートピーの花言葉は、「私を忘れないで」 その意味を知るのは、随分と先のことになる。 1:His thought その店に入ったのは、偶然だった。 ジュリアの魂を、ショーマ達夫婦に託すことが決まって。 俺は、彼らの故郷・・・俺たちの将来の魔王の血の発端を見たくて、日本にやってきた。 まだ、この頃は俺も日本語をよく知らなかった。 たまたま、俺の本拠地にすべく住処を見つけて、その近所を散策していたら、 随分と暖かな雰囲気の店を見つけた。 朝早くから開店しているらしい。 ずっと気になっていたが、どうも初めての店には入りづらくて。 何となく、店を眺めていたら、中から緩やかなウェーブの黒髪を、後ろで一つに縛った女性が、 水を撒きに外に出てきた。 この国に・・・いや。この世界に来て、もう何人も双黒を見ては驚いたけれど。 彼女の笑顔は、今まで見たことの無いほど、柔らかで。 俺は、その微笑する彼女に見とれてしまった。 「どうぞ?」 多分、そう言ってくれたのだろう。 俺は、白い手が指し示されるまま、店内に入った。 植物をいくつも置き、茶色いカントリー風で落ち着いた店内の、窓際の席を選んだ。 すると、先ほどの女性がメニューを持ってやってきた。 英語で表記されていたので、俺は迷わず、モカブレンドを。 そして、さりげなく彼女を見上げると、胸元にネームプレートが飾ってあった。 可愛らしい字体で、「Manager」、そしてと、そう書いてあった。 こんなに若いのに、店長なのか・・・。 俺は感心して彼女を見上げると、は柔らかな微笑みのまま、俺に頭を下げて。 運ばれたコーヒーは、アメリカで飲んだものよりも、ずっと美味しく感じた。 その日のうちに、俺はアメリカに戻ってロドリゲスに、あのNASA御用達だという語学学習機で、 日本語をマスターさせてもらった。 と、話がしてみたい。 ただ、望むのはそれだけだった。 それから毎日、俺はこの店で新聞を読みながら過ごすひと時が楽しみになっていた。 時折顔を上げれば、いつもの笑顔のがいる。 彼女の穏やかな、柔らかい雰囲気を求めて、たくさんの客が来るこの店は、繁盛しているようだ。 それもそうだろう。店の雰囲気はいいし、コーヒーは美味いし、店主は美人で愛想も最高にいい。 そんな彼女と、少し話が出来ないものかと、俺は毎日少しずつ、帰る時間が遅くなっていってしまった。 するとある日、彼女がアルバイトの女性に声をかけ、黒いエプロンを外した。 そして、バッグを持って店内の片隅にある、喫煙席に向かっていった。 休憩を?話しかけるチャンスだろうか。 俺は、自分のコーヒーを持参して、彼女の傍に行ってみた。 は、携帯で何かメールを打っている。邪魔をしては悪いかなと思ったけれど・・・。 「店長さん、隣、いいかな?」 最初に話し掛ける言葉としては、そんなに悪くはなかっただろう。 は驚いた顔をしていたけれど、そんな表情も愛らしく感じる。 どうして、彼女のことが、こんなに気になるのだろう。 全く、俺らしくなかった。 ただ、話しかけても、嫌そうな顔をしなさそうだし。 そう言い訳を考えていた俺は、気付いてしまった。 俺は、日本では珍しい外見で。 ありとあらゆる人に、奇異なものでも見るかのような視線を向けられて、居心地が悪かった。 だけど、彼女は違う。 他の客と同じように、俺に笑顔を向けてくれる。 俺を、特別視しない。 それが、心地よかったんだ。 だから、彼女と親しくなりたいと思ったんだ・・・。 そしてそれから、俺は変わらず毎日彼女の顔を見に、この店を訪れるようになった。 最初は美味しいコーヒー目当てだったはずなのに。 いつの間にか、彼女に会いに来ていた自分がいた。 ある日、が見当たらない。厨房かとそっと覗いても、どこにもいなくて。 俺はこの日初めて見る、少し年配の女性にのことを聞いてみた。 彼女は頬を赤らめて、ただ「休み」だと、そう言った。 具合が悪いのだろうか。 風邪でも引いてしまったのか。 見舞いに行きたいけれど、自宅を教わって押しかけるのも変なものだし。 明日、もう一度来てみよう。 そして明日も休みだったら、また考えよう。 そう思った俺は、とりあえずいつものモカブレンドを注文したけれど。 いつもと味が違う。 何か、物足りない。 の笑顔が足りないことに、すぐに気付いた。 会いたい。 彼女のことを、何も知らないくせに、勝手に俺の中での存在が大きくなっていく。 もっと、と話がしたい。 そう思った俺は、彼女のために花束を買い求めた。 この間、テレビで花言葉というのをやっていた。 その時に、その言葉を聞いてを思い浮かべた俺は、迷わずその花を選んだ。 チューリップと、スイートピー。 俺は、いずれこの世界からいなくなる。 だから・・・だけど・・・。 性急な花言葉だったと、彼女に渡した直後に後悔した。 が、この花言葉に気付きませんように。 俺の花束を受け取ったは、その香りを嗅いで、嬉しそうに笑った。 その笑顔を見れただけで、俺の胸は温かくなって、満たされていった。 もっと、彼女と親しくなりたい。 そう思うことは、この世界にいることに期限のある俺には許されないのだろうか。