Across the space-time; and ... 3:His thought の仕事が終わるのは、午後5時。 その時に、副店長だという彼女よりも少し若い女性と交代するのだそうだ。 どことなく、と雰囲気が似ている女性。 迎えに来た俺を見て、少し目を見開いて、そしてに何か話掛けていた。 それをは苦笑して受けて、そして俺のところに来てくれた。 私服のを見るのは、実は初めてだった。 ジーンズに、黒いトレンチコートを羽織っている。 モノトーンの胸元で切り返しのある制服も、とっても可愛らしいけれど。 ラフな私服を着ているは、益々若く、可愛らしく見えた。 アメリカでは、ハイスクールくらいに見られていた俺。 日本では、もう少し年長に見てもらえているらしい。 は、俺が見た感じでは20歳を少し過ぎたところのように思えていたけれど。 本当は、27歳なのだそうだ。 彼女の落ち着いた雰囲気が、納得出来た。 が連れて行ってくれた店は、日本で「小料理屋」というのだそうだ。 開店したばかりのその店の、奥にある個室をは所望した。 「個室は、人気があるので早い時間にしか入れないんです」 そう俺に教えてくれたは、掘りごたつ式だというテーブルに座り、 仲良さそうな、年配の女性に、 「石狩鍋を二人前と、越の寒梅と、あと熱燗をお願い」 と注文。 どんなものが来るのだろう。楽しみだ。 石狩鍋とは、味噌汁の具に、魚や野菜がたくさん入ったものだった。 俺に注いでくれた、越の寒梅という酒は冷たくて、喉越しが良くて。 「ああ、美味いな」 そう思わず呟くと、は嬉しそうに笑った。 彼女は、湯気の立つ酒を飲んでいる。 「こっちは、日本酒に慣れないと臭いが気になると思います」 そうなのか・・・。 でも、俺のために選んでくれた酒は、本当に美味しくて。 つい杯が進んでしまった。 俺にさらに酒を注ごうとしてくれた、白い手。 それを、ふいに止めて、を見つめた。 きょとんとしたに、俺は少しだけ深呼吸をして、穏やかな微笑を浮かべていることを祈った。 「俺の話を、聞いてもらってもいいかな?」 は驚いたようだけど、頷いて僅かに座りなおした。 俺は、彼女に俺の国・・・眞魔国の話を。 それから、これから生まれる王のために、俺がここに来たことを伝えた。 そして俺の仕事は、恐らく彼を護衛することになるだろう、と。 は、眞魔国の響きに、首を傾げている。 地球で、そんな国があったか悩んでいるようだ。 ごめん、。地球には、ないんだよ。 でも、それを言ってきみを混乱させたくない。 王も、本当は魔王で、俺は魔族なんだと伝えたいけれど。 まだ言う時期じゃないような気がした。 それよりも先に、俺のことを伝えたくて。 俺を、もっと知ってもらいたくて。 俺が自分のことを隠していると、勘違いしていると思ったから。 は、ある程度俺が話終わるまで、じっと聞いていてくれた。 そして、俺が口を閉ざすと、遠慮がちに俺を見つめた。 あの、美しい黒瞳で。 「あの・・・本当の話ですか?」 信じられないのか。無理もない。 いきなり、これから生まれる王の護衛なんて、日本では非現実的だろう。 俺はくすりと笑って、そして気付いた。 ずっと、俺は彼女の白くて小さな手を握り続けてしまっていた。 「あ・・・ごめん」 そう慌てて手を離すと、も今そのことに気付いたようで。 酒のせいで赤らんだのとは違う色で、頬を染めた。 「いえ・・・」 俺は気まずさから、話題を変えてみることに。 「あの副店長さん、きみと雰囲気が似てた。親戚?」 「いえ、妹なんです」 そう言ったは柔らかい笑みを浮かべて、俺にさらに酒を注いで。 そして、ぽつりと呟いた。 「私が早番で、よかった・・・」 「え?」 俺がついその小さな声を聞き逃しそうになって言うと、は首を振ってにっこりと笑った。 「何でもありません。ああ、コンラートが会ったオーナーは、私達の叔母なんです」 あのが休暇の日にいた女性。 叔母殿だったのか。 は家族の話をするときは、客相手にしている時と違う色の笑みを浮かべている。 どちらも、柔らかくて暖かい微笑だけど。 でも、もっと深い、包み込むような笑顔だった。 それを俺は、眩しく眺めて・・・ 改めて、俺は彼女が・・・が好きなんだと思い知った。 その笑顔を、俺にも向けてもらいたい。 他の客と同じじゃなくて。 特別に、なりたい。 でも、きみにそれを伝えるのは酷だろうか。 いずれ眞魔国に帰る俺。日本で、絶品なコーヒーを淹れる、周囲に愛されている。 ずっと、寄り添えない。 だけど、今俺は、の一番近くにいる者でいたい。 そう思うことは、俺の我儘でしかないのだろうか・・・。 3:Her thought 私の行きつけの店で、石狩鍋と日本酒を注文して。 コンラートはそれをとても喜んでくれた。よかった・・・。 そして、コンラートは私に、彼のことを話してくれた。 しんまこく・・・。 どういう字を書くんだろう。英語表記なのかな。 地球で、そんな国あっただろうか。 悩んで、不思議な話を聞かされて、私は思わず聞いてしまった。 「あの・・・本当の話ですか?」 後から思い出して、随分失礼なことを言ってしまったと後悔した。 でも、とても信じられなくて。 だって、王様が生まれるのを見届けて、将来彼の護衛になるなんて。 ファンタジー小説みたいで。 そして、彼が「ごめん」と謝って、私の手を離した。 全然、気付かなかった。 ずっと、彼に手を握られていたなんて。 私は突然恥ずかしくなり、また顔を赤くしてしまった。 手を握られるだけで、赤面するなんて。 いい年して、恥ずかしい・・・。 でも、私に残った手の感触は、暖かくて、少しごつごつしていて。 テーブルの下で、私は自分の手を、何度も撫でた。 もっと触れてもらいたかったな・・・。 そう思ってしまった自分に驚いた。 何を考えているんだろう。 コンラートは、いずれその「しんまこく」とかに戻る人。 今は、一人で寂しいから、私の相手をしてくれているだけ。 ただ、それだけなのに。 勘違いしては駄目。 そう、心を引き締めたのに。 食事中、ずっとコンラートは私を見つめてくれた。 薄い茶色の中に、銀色が輝いて。 その色は、暖かい。 私のことを色々聞いてくれて、それに答えている間のコンラートの表情は、 穏やかで、柔らかい。 一瞬、亡くなった彼を思い出した。 彼も、そんな眼差しで私を見ていてくれた。 「はすぐ無理をするから。心配だよ」 そう笑って、いつも私を抱き締めてくれた。 だけど・・・彼はもう、いない。 その時感じた絶望感を、もう味わいたくない。 少し、飲みすぎてしまったようだ。 足元がふらつく。恥ずかしい。 「、もう少しこっちに来て」 そう言って、私の手を引いたコンラート。 ああ、この手だ。さっき、私を握った手。 落ち着く感触・・・。 コンラートは、そのまま私の肩を抱いた。 私の身体は一瞬強張り、それが彼に伝わってしまったようだった。 「・・・俺のこと、嫌い?」 その声は、切なそうで。私は咄嗟に首を振った。 そんな訳、ない。 だけど、だけどね・・・。 「俺は・・・」 そう呟いて、私の肩を抱いた手が、腕が。 私を包み込んだ。 私を覆う、彼の体温。 そして、私は気付いた。 求めていたのは、私の方だ。 本当は、こうして抱き締めてもらいたかった。 彼の瞳を、独り占めしたかった・・・。 「、俺はきみが好きだ。返事はしなくてもいい。ただ、伝えたかった。後悔したくないから」 私の心臓が、跳ね上がった。 好きだと・・・私を。 返事をしなくてもいいというのは、コンラートの優しさなんだろう。 以前、彼を亡くした私が臆病になっているのに、きっと気付いているだろうから。 「コンラート・・・私・・・」 「もし、きみが許してくれるなら。ずっと、きみを想っていたい・・・」 ・・・コンラート。私は、私はね・・・。 なぜか分からないけれど、涙が零れた。 一粒零れると、止まらなくて。 そんな私に驚いて、コンラートは手を緩めて、私を覗き込んだ。 本当に、端正な顔立ち。 でも、私が彼に惹かれたのは、その瞳。 私を見つめる、暖かい瞳の色・・・。 「嫌だった?ごめん、」 違うの。違うのよ、コンラート。 私は必死で首を振って、そしてやっとの思いで声を絞り出した。 「し・・・しなないで・・・どこかに行ってしまっても、いいの・・・でも、死なないで・・・・」 そうだ。 私は、コンラートがいなくなってしまう人だと分かっていた。 だから、感情を殺そうと思っていたけれど。 本当は、違う。 彼が死んでしまうのが、怖かった。 また、私の大切な人が消えてしまうのが、怖かったんだ。 もし、コンラートが自分の国に戻ってしまっても。 元気でいると思えば。 きっと、私はずっと彼を思い続けていけるだろう。 「・・・」 そう呟くコンラートは、私の想いに愕然としていたようだけど。 でも、再び私を力強く抱き締めてくれた。 「うん・・・死なない。俺は、死なないよ・・・」 嘘つきね、コンラート。人はいずれ死ぬのに。 でも、そう言わないで、私の望む言葉をくれた。 だから、私も勇気を出そう。 「私も・・・好き・・・」 また、顔が真っ赤になってしまっただろう。 小さくて、彼に聞こえなかったかもしれない。 だけど、私が押し付けられているコンラートの胸の奥で、心臓が高鳴ったのを感じた。 届いたのね。私の想い。よかった・・・。 コンラートは、私の顎を捉えた。 その先に待っているもの。分かるから。 だから、私は眼を閉じた。 最初に彼のぬくもりを感じたのは、額。それから、瞼。そして、頬。 何度も啄ばむように、私に唇を落としてくれる。 くすぐったい。でも・・・嬉しい。 最後に、私の唇を塞いだ。 熱く、少し硬質な唇。 まるで、壊れ物に触れるかのように、優しい口付け。 そっと離れたので、私はゆっくりと瞳を開けた。 目の前には、コンラートの端正な顔がある。 「・・・ありがとう・・・」 泣きそう?一瞬そんな訳ないのに、そう思ってしまったほど、コンラートは苦しそうな表情で。 その顔を隠すかのように、私の髪を撫で、そして胸に押さえつけた。 まだ、心臓の動きが早い。 緊張したのね。こんなに素敵な人なのに。 コンラートが、自分の国に帰るまで。 精一杯、愛していきたい。 そして、笑顔で帰国できるように。 私が出来ることは、してあげたい。 少し切ない恋だけど。それでもいいの。 私は、この人が・・・コンラートのことが、好きで堪らない。 新しい私の一歩が始まった夜だった。