Flare up!           1


               




              「・・・・・・は?」


              母、眞魔国上王陛下であるツェツィーリエに呼び出されたコンラートは、そんな間が抜けた声を発してしまった。


              「ごめんなさいねえ、でも形式だけだから。ただ、参加してくれればいいのよ?」


              ツェリはにこやかに言うが、コンラートにしたら晴天の霹靂。

              まさかまさか・・・


              自分に、見合いの話が来るなんて。


              「どうしてもとお願いされてしまって。だって、アニシナからなのよ?大切なお友達なんだもの」


              「母上・・・・・俺も、あなたの大切な息子なのでは・・・・・・」


              「相手のお嬢さんはね、あたくしも会ったことがあるけれど、それは可愛らしい方よ?

              少し・・・ほんの少しだけ癖があるけど」


              ああ、きっとアニシナレベルの女性なんだな。


              その瞬間、コンラートは悟った。


              「お断りさせていただき・・・・・・」


              「ああ、コンラート、申し訳ないけど、相手の方からお断りされると思うのよ?あちらからしても、形式だけだから」


              コンラートの言葉に被せるように、ツェリがにこやかに告げる。


              「形式、形式って・・・・・・意味が分かりませんけど」


              とまどうコンラートに、ツェリは含んだ笑みを浮かべてみせた。


              それはもう、色っぽく、艶っぽく。


              「会えば、分かるわ。一度きりのお見合いなのだから、純粋に楽しんでみてはいかが?」




              そして、断りきれずに訪れた見合い当日。


              血盟城の一つの部屋の、テーブルを挟んで座る2家族。



              片側に、勝負ドレスに身を包んだツェリ、コンラート、それから父親代理としてグウェンダル。


              もう片側には、アニシナ、見合いの相手となる女性、そしてミンチーを泣く泣く置いてきたデンシャム。


              「このたびは、急な申し出に快く応じていただき、感謝いたします」


              そう言うアニシナは、相変わらず不遜な態度。申し訳ないという雰囲気が微塵も感じられない。


              彼女の隣に座る女性の背に手を当て、コンラートに目線を向けた。


              「ウェラー卿、初めてお目に掛けます。彼女は、わたくしの父方の従姉妹で、レナといいます」


              紹介された女性は、アニシナよりも少しばかり背が高く、アニシナよりも少しばかり目が垂れている。


              瞳の色は澄んだ水色で、興味深々に部屋を見渡していた。


              「レナ、一応ご挨拶なさい」


              一応って・・・・・グウェンダルはもう額に手を当てている。


              形式だけとはいえ、上王の息子の見合いとなれば、しきたりを守るのが筋ではないか。


              だが、それもアニシナが絡んでいるとなれば、全て無駄。

              しかも彼女の親戚筋となれば、もう成せばなる・・・・・・。


              「えーと、レナと申します。上王陛下に置かれましてはぁ、えーと・・・・・・」


              「ふふ、よくってよ、堅苦しい挨拶は。レナ、彼があたくしの二番目の息子のコンラートよ」


              「初めまして、ウェラー・コンラートです」


              立ち上がって頭を下げたコンラートを、レナもとりあえずは立ち上がり頭を下げる。


              だが、視線はコンラートの頭の先からつま先まで、遠慮なく上下していた。


              「あの・・・・・?」


              さすがに戸惑うコンラートに、レナは椅子を指し示しながら自らも腰掛けた。

              すでに仕切る気満載だ。


              「失礼ですが、あなた、おいくつ?」


              初っ端からの質問が年齢とは。


              コンラートは瞬きをしながらも、それでも自分の年を伝えると。

              レナは盛大に大きな目を更に大きく見開いた。


              「ええー!あたしよりも年下!?いくらかりそめの見合いだからって言って、

              このあたしに年下を提示するとはどういう了見だ!」


              レナの腕が、デンシャムの首に巻かれてぐいぐいと締め上げる。


              ぐうぇぇぇ、と情け無い声を上げながらデンシャムはテーブルを叩いた。


              「いいいいい妹、助けてくれえ!」


              「レナ、手加減なさい。全くあなたのバカ力が魔力に反映すれば、どれほどわたくしの役に立つか・・・」


              ぶちぶちと言いながらも、アニシナの手がレナに掛かると、それはすぐに外された。

              バカ力は遺伝なようだった。


              「レナ、そう言えばお仕事は順調なのかしら?」


              何事も無かったかのように、ツェリがにこやかに話を進める。


              デンシャムに大きな舌打ちをし、レナはツェリには微笑を向けて首を傾げた。


              揺れる赤茶の髪。そして大きな水色の瞳。


              微笑めば、コンラートよりも年上なんて思えないほど、可愛らしいのに。


              「ええ、そこそこ売れてきています。ですが、やはり恋愛経験がゼロというハンデがあるんで・・・じゃなくて、ありますので、

              出版社からとやかく言われて、それで・・・」


              「それで、見合いになったのね?」


              恋愛経験がゼロで、出版社?


              コンラートは当事者のくせに、意味が全く分からない。


              だが、嬉しそうなレナが鞄を漁り、そしてツェリに差し出した最新刊を見て、顔を引きつらせた。





              『縄男の破廉恥な情事』


              『鎖女の濡れる報復』





              こ・・・・・・この二冊は。



              「おや。ウェラー卿、表情が変わりましたね。この本に、見覚えが?」


              アニシナの声に、レナが体を前に倒し、コンラートを覗き込んだ。


              「え、読んだ?読んだの?」


              この場で今、読んだとは言えない!


              なぜなら、タイトルが卑猥だが、表紙の絵もそれはエロティシズムに染まっている。

              グウェンダルなど、一瞬目を向けたがすぐに逸らしてしまったほどだ。


              ツェリは一冊を手に取り、中をペラペラとめくると、


              「あらあ、まあ、いやぁん、凄いわねえ」


              と喜びしきりだった。


              「ウェラー卿、読んだ?どうなの!」


              「え・・・えーっと・・・・・・」




              言えない。



              持っているなんて。しかも、愛読しているなんて。



              「これ、あたしが書いたんだけど、どうだった?興奮した?立った?」


              立ったって、どこが!



              コンラートは、目の前が真っ暗になっていく思いだった。


              確かに、読んだ。


              しかも一度ではない。


              30冊はあろうかというシリーズ全てを数度目を通している事実。


              ・・・・・・言えない。


              だが、目の前に輝く水色の瞳は、期待に満ちている。




              こんなに可愛らしいお嬢さんが書いていたのか・・・・・・


              ある意味、凄いな。表現が卑猥で、現実的なのに設定が妄想的で。


              だからこそ、引き込まれ、何度もお世話になり・・・・・・



              いやいや。



              「いまいち、リアリティがないのは、男を知らないからだって担当が言うのよ。

              こんなんじゃ、興奮するものもしないって言われてさ、ショックでね。

              もっと経験を踏まないと分からない境地があるんだって。それで、まあせめてお見合いでもして、

              ハクをつけてリベンジしようと・・・ちょっと聞いてる、ウェラー卿?」



              まっしろになっていくコンラート。


              エロ本のネタのために、かりそめの見合いをさせられたことよりも。





              興奮するものも、しないって。



              しちゃいましたが!!






              コンラートの中で、何かが弾けた。







              いいだろう。



              教えてやろう。



              本当の、恋愛を。


              溺れさせてみせよう、愛の坩堝に。






              決意したコンラートは、運ばれた食事に喜色満面を浮かべるレナを、静かに見つめた。




              戦いの火蓋は、切って落とされた。