Flare up!           3





              見合いの後、コンラートは積極的にレナにコンタクトを取り続けていた。


              まだ、淡い想いしか芽生えていないが、彼としては興味を惹かれて仕方が無い。


              一言で言えば、周りにいない女性。


              顔を一切赤らめず、眞魔国の重鎮の前でも臆することなく、


              「棒は穴のためにある!!」


              と言い切るその豪傑っぷり。


              背筋がゾクリとした。


              こんな女性に、出会ったことなどない。


              もっと、話をしたい。もっと、親密になってみたい。


              その先にあるものを知りたい・・・・・・恐怖しかないかもしれないけど。


              それもまたいいかもと、恋愛マスター・コンラートは思い始めていた。新たな境地を見つける、それもまたいい。




              そしてカーベルニコフに帰ることなく、ちゃっかりと血盟城に自分の部屋を貰ったレナ。

              その彼女の部屋に、今日もコンラートは訪れていた。




              「レナ、今度の新作は、どういう話なんだ?」


              そう尋ねながら、大きな本棚に並んだ一冊を手にしている。

              それは、「目隠し」シリーズの最新刊。もちろん、コンラートも持っていて、何度となくお世話になった聖書だ。


              レナはいくつものシリーズを抱えていて、それがまた全て違うジャンルで素晴らしい。

              素晴らしいとは、18歳未満禁止内で、という意味で。


              今まで眞魔国にも、こういった類の本はあったが、直接的な話とか暴力的な話が多かった。

              ところが、レナの書くいわゆるわいせつ的小説は、心情が必ず入っている。それがまた、登場人物と読み手がシンクロしていい。


              ペラペラとページをめくっているコンラートに、現在絶賛執筆中のレナは、顔すら上げずに答えた。


              「Sの女がMに目覚め、Mの男がSに目覚める話。最終的に、お互いの趣向を分かち合う話」


              「・・・・・・それはまた、刺激的な内容になりそうだな」


              コンラートは微妙な表情のまま、本を閉じて棚に戻した。

              レナは、その音を聞き手を止め、くるりと振り返った。


              そして、空色の大きな瞳を輝かせている。


              「で、ウェラー卿は、S?M?」







              あの見合いから、早1年が過ぎようとしていた。


              その間、レナと数日を置かず会っているのだが、どうも彼女自身には恋愛に興味がないらしい。

              ただの友人として、コンラートに付き合ってくれていた。


              コンラートにしてみれば、会う度に今までいなかったタイプの女性に惹かれ続けていて、何度となくアプローチを仕掛けていたのだが。

              全て、笑顔で交わされてしまっていた。


              交わされた?気付かないだけなのかも。


              あのコンラートの魅惑的な笑みを見ても、動じない鋼鉄の心を持つ・・・・・・らしいレナ。


              最初は意地になって、レナを落とそうと画策していたコンラートも、段々諦め、ゆっくりと仲を深める計画に変更した。

              すると、彼女は今までよりもコンラートに親しげに話をしてくれるようになる。


              女心は難しいと、夜の帝王の異名を持つコンラートは実感した。






              「・・・・・・え?」


              思わず聞かれた問いに、コンラートは目を瞬かせた。

              レナは、キラキラした眼差しのまま続ける。


              「だから、ウェラー卿はS属性?あ、それっぽいかもね。でも開眼したらMな感じかも」


              属性って!!てか、開眼!?




              コンラートは引き攣った笑みで、立ち上がったレナから一歩退いた。


              「何で逃げるのよ」


              「・・・・・・何となく、嫌な予感が」


              「ちょっとさ、話に詰まっちゃって。ウェラー卿、縛られてみる気ない?」


              にっこりと笑った悪魔。全く従姉妹と良く似ている。




              ごういんぐ・まい・うぇい。




              「嫌だ!縛られるくらいなら、縛った方がいい!」


              「だからさ、・・・・・・え、縛った方がいいの?」


              「ああ、相手に痛みをもたらさない程度の刺激だったら、まだそっちの方がいい」


              言ったコンラートは、しまったと口を閉ざすがもう遅い。

              目の前の小柄な女性が、ニタリと笑った。


              「やっぱり、ウェラー卿は仮性Sね」


              ひくっと頬を引き攣らせるコンラート。


              何だ、その仮性っていうのは!


              それをレナが、指を左右に揺らせながら答えてくれた。


              「まだ、自覚していないSのこと。経験ないでしょ、だから自分のSっぷりに気付いていないのよ」


              「はあ・・・・・・」


              確かに、女性には優しく。それがコンラートのモットーなだけに、過激なプレイは妄想だけだ。


              レナは、ニタニタと笑いながらずいとコンラートに身体を寄せた。


              甘い香りが、コンラートの鼻腔を刺激する。


              まずい。非常にまずい。このままでは・・・・・・・!!


              理性と欲望が戦っているコンラートに気付かず、レナは目を細めて微笑んだ。

              魅惑的な、大人の微笑。


              くらりと眩暈を起こしそうなコンラートに、レナはいつの間にか取り出した縄を差し出した。



              「まずは、Sを開花させよう。これで、あたしを縛って?」




              マジデスカ。




              「いいよ、遠慮しなくて。そこで何かを感じたら、ウェラー卿はSってことで、次のステップに進もう。

              うん、いいねー、段々作品の傾向になってきた。あー、リアルな話が書けそう!!協力してくれる、ウェラー卿?」


              にこにこと笑うレナから、縄を手渡されたコンラートは、まだかろうじて理性と欲望のバトル中だったが。


              「痛く、しないでね・・・・・・」


              そう上目遣いで、大きな空色の瞳を潤ませて囁かれたら、もう。





              S、開眼。





              無論服は脱がさずに、レナの部屋にあった「初心者向け緊縛講座」なる本を頼りに、大変協力的な相手と奮闘しつつ、

              何とか出来上がったのは。





              亀甲縛り。





              「・・・・・・ウェラー卿、基本的なものをチョイスしたわね」


              服の上からでも、胸の大きさを誇張されたような姿にされたにも関わらず、レナは全く動じていない。


              「いや、有名どころから入ろうかと」


              「冒険心がない!あたしが許可しているんだから、超難関な逆海老吊り縛りとか背折り責め縛りとかチャレンジしようと思わないのかー!」


              亀甲縛りもかなりの難度を有しているのだが、在り来たりなのが許せない様子のレナに、コンラートは戸惑いを隠せなかった。




              やばい。



              コンラートの一部が暴走し始めそうで、やばすぎる。どうやってこの場を切り抜けたらいい?



              着衣姿とは言え、豊満な胸を強調し、身動き出来ないレナの危険極まりない姿に欲情するなという方が無理だ。



              正常な精神の成人男性らしく、コンラートは頭がクラクラし、そして手をレナの肢体に伸ばしかけたその時。




              「じゃ、外して」




              冷静な声。・・・・・・はい?



              「縛った感覚、覚えたでしょ。どんな気持ちかも。外して。次、あたしが縛ってあげる。縛られたときの感想、じっくり聞かせてね!」



              亀の甲羅のような文様を身体に綱で付けられたレナに、にこりと言われたコンラートは、それ以上何も一言も発することが出来ず。

              微妙に下半身を折り曲げながらも、言われるがままに綱を外していった。



              いけない、危険だ。この女性に惚れてはならない。翻弄される。



              そうは分かっていても、レナの輝く空色の瞳を見ると、どうしても嫌だとは言えないコンラートだった。



              そしてそれを分かっているのか、レナはにっこりと笑って自由になった身体で立ち上がり。



              「んじゃ、ウェラー卿。そこ、寝転がって。あたしを女王様とお呼びー!」



              なんて嬉しそうに言ったりして。



              これから襲い来る難関に、コンラートは深い溜息をつくのだった。

              だが、次の瞬間気がついた。



              あれほど、頑丈に身動き出来ぬ姿に・・・・・・いわば無防備そのものの姿を晒してくれたレナ。


              いくら小説のためとはいえ、信頼している相手の前だからこそ。




              信用・・・・・・信頼、してくれているのか・・・・・・?




              コンラートは、掴んでいた縄をそっとテーブルに置き、レナを見下ろした。


              真紅の髪に、青い瞳。それが純真な色で、コンラートを見上げている。



              彼女は、本当の恋愛を知らない。そう、そこから始めよう。そう決めたはずじゃないか。






              「レナ、きみの書くエロティズムに満ちた小説もいいけど、でも。純愛小説とか、書いてみない?」


              「え?」


              不思議そうに首を傾げるレナの顎に指をかけた。


              そして、徐々に顔を下ろし、甘い甘い囁きを続ける。


              「ある小説家が、恋に溺れていく話・・・・・・いくらでも、協力するから」


              そして塞いでしまった唇。


              角度を変えて、啄ばむように柔らかな唇を堪能したコンラートが、そっと顔を離すと、目を見開いたままのレナがいた。


              「レナ・・・・・・?」


              心配になって名を呼ぶと、レナは唇を戦慄かせ、コンラートの胸に手を当てた。

              僅かに、震えている。


              「ウェラー卿・・・・・・何コレ、すんごいドキドキしてる」


              嬉しい。コンラートは、笑みを深めてぎゅっと小さな身体を抱きしめた。


              「俺も。ドキドキしてるよ」


              「うん・・・・・・このドキドキを忘れないうちに、新作掛かりたいけど、でも!!」


              レナの両手が突き出され、コンラートは突き飛ばされてしまった。


              そしてレナは、テーブルの縄を手にし、パンと勢い良く張った。


              「その前に、この話を終わらせてからね?」


              がっくりと腰を砕けさせたコンラートに、笑いを堪えるような声が降り注いだ。



              「それから、純愛小説書いてみる。どこまでも、協力してもらうから。覚悟してね、コンラート」




              コンラートはうな垂れた顔を上げ、目を見開き・・・・・・そして嬉しそうに表情を変えて、頷いた。







              次の年、人気小説家レナは、執筆ジャンルを成人向けのみだったのだが少女向けも発表し、作品の幅を広げた。


              その影には、コンラートの涙ぐましい努力があったのを忘れてはならない。







              「なあ、コンラート」


              双黒の魔王の呼びかけに、コンラートは嬉しそうに目を細めた。

              魔王の手には、コンラートが用意した「眞魔国語マスターのためのテキスト」があった。


              手のひらサイズの、単行本。


              「これ、凄いよかったよ。最終刊まで読めたよ。ハッピーエンドだった」


              「そうですか、それは良かった」


              「この恋人?男がさー、何か報われない気の毒なヤツでさ。でも最後はちゃんとプロポーズしたんだよ」


              「そうなんですか」


              浮かび上がる笑みを堪えるのが、大変だ。


              「そそ、そんでヒロインがOKするんだけど、挙式まで大変みたいで。式まで書かれてないのが残念だなー」



              そうだね、ユーリ。



              コンラートはくすりと笑って、胸に手を当てて頭を下げた。



              「陛下、お願いがあるんですが」


              「何だよ、改まって」


              「結婚したい女性がいるのですが。もう、プロポーズをして受けてもらっているんですけど、お許し願えますか?」




              びっくりしていた。だけど、ユーリから許可を貰えたよ。


              最終回を執筆中に、ユーリが地球にいて残念だった。


              だけど、いいんだ。


              小説の中でも、現実でも。俺たちは、ハッピーエンド。





              コンラートは、これからもレナに振り回されていくことになるけれど、それもまた彼の幸せらしい。




              真性Sの男は、もしかしたら仮性Mなのかも?





              事実は、小説より、奇なり。











              END