Last Christmas           2
              
              
              
              
              
              
              
              最後の思い出になるかもしれないから。
              
              12月24日、25日は仕事を休みたい。
              
              ずっと、朝から晩まで、コンラート、あなたと一緒にいたい。
              
              
              
              私の我儘に、叔母である喫茶店のオーナーは、快く応じてくれた。
              
              「珍しいわねえ、あなたがそんなに強く休みが欲しいなんて。
              あの、例の外人さんと、上手くいってるのね?」
              
              「ええ・・・ごめんなさい」
              
              私が謝ると、オーナーはくすりと笑って私の髪に手を伸ばした。
              
              「いいのよ、全部忘れて楽しんでいらっしゃい」
              
              全部、忘れて・・・
              
              
              お店も。お客様のことも。
              
              亡くなった、彼のことも全て忘れて。
              
              
              
              コンラート、あなたに私の全てを捧げたい。
              
              それが出来る幸せに、浸りたい。
              
              
              
              23日の夕方4時に、いつものように細長い鞄を持って、コンラートは店に来た。
              
              そして、嵌めていた手袋を外して、カウンターに座る。
              
              「、モカを」
              
              「はい。・・・外、寒いの?」
              
              「ああ。今にも雪がちらつきそうだ」
              
              そう言って、手を擦り合わせているコンラートの指先は、真っ赤になってしまっている。
              
              こんな日まで、来てくれて・・・
              
              私は嬉しくて、思わず手を伸ばした。
              私の両手で、コンラートの冷えた大きな手を包み込んだ。
              
              「冷たい・・・」
              
              少しでも、暖めてあげれたら。
              
              無意識の行動だったのだけれど、コンラートは驚いて固まっている。
              
              そして彼の隣に座っている常連のおじさまが、今にも口笛を吹きそうな笑い声を立てた。
              
              「ちゃん、大胆だなあ。そういうことは、二人きりのときにしないと。なあ、コンラッドさん」
              
              そこで私は自分が起こした行動に、初めて気付いて。
              
              慌てて手を引っ込めようとしたのだけれど、コンラートが私の手を逆に掴んだ。
              
              「あの、ごめんなさい、つい」
              
              「いや。暖かい、の手。もう少しだけ。段々俺の手も暖まってきたから」
              
              そう微笑して、私の手を握ってくれた。
              
              私に、恥をかかせないようにしてくれたんだ。
              
              あなたの優しさが、私の心をまた、揺るがしていく。
              
              
              あなたを、笑顔で「しんまこく」へ送り出したいのに。
              
              離れて、私がちゃんと私でいられるのか・・・少しずつ、自信がなくなってしまう。
              
              
              
              私の仕事が終わるのを待ってくれていたコンラートの腕に、そっと私は手を掛けた。
              
              ああ、冷えてる。コートがすごく冷たい。
              
              「・・・待たせて、ごめんなさい」
              
              店の中で、待っていてくれればいいのに。いつもそう言うんだけど、彼は私が着替えるのを、外で待っている。
              
              仕事が終わった私を、店の外から出迎えたいんだそうだ。
              
              店の中から一緒に出ると、仕事の延長みたいだからって。
              私がいつまでも、プライベートな気持ちになれないだろうからって。
              
              そう言うコンラートは、本当に優しい。
              
              甘えてて、ごめんね。
              
              でも、もう少しだけ。
              
              甘えさせて。
              
              私は彼の腕に掛けた手に、少し力を込めて、満天の星空を見上げた。
              
              澄み渡った夜空に輝く星は、美しいけれど。
              
              でも、私は今、あの星よりも光り輝く煌きに、心を奪われてしまっている。
              
              コンラートも、同じように夜空を見上げていたようで。
              ふと私を見下ろした。
              
              「の瞳の色は、あの夜空みたいな深い色だね」
              
              私は驚いて、目を見開くと。
              
              段々と、茶色い瞳の中の、私を映す星が近づいてきた。
              
              唇に、冷たい感触が。
              
              少しだけ硬質な、コンラートの唇が私に触れている。
              
              そっと触れるだけの、キス。
              
              僅かに離れ、コンラートは至近距離から私を見つめた。
              
              「、真っ赤。可愛い」
              
              「・・・もう、恥ずかしい」
              
              「俺、冷たかった?」
              
              「うん・・・」
              
              「でも、今のキスで、少し暖まったよ」
              
              コンラートはそうくすりと笑って、私の手を繋いで、そしてコートのポケットに私の手ごと突っ込んだ。
              
              「も、暖めたいな」
              
              私はきっと、きょとんとした顔をしてしまっただろう。
              
              そんな私を覗き込んで、コンラートの端正な顔が悪戯っぽく笑った。
              それを見て・・・やっと意味が分かった私は。
              
              「もう・・・やだ。コンラート、えっち」
              
              「はは、ごめんごめん」
              
              コンラートは笑って、私の手を繋いだまま歩き始めた。
              
              そして二人でスーパーに入った。
              
              今日は、私の家でご飯を食べながら、明日と明後日の計画を立てることになっている。
              
              買い物籠を載せたカートを、当然のようにコンラートが押してくれて。
              振り返る、仕事帰りのOLや主婦の人たちの目線が、コンラートに注がれている。
              
              そして、一緒に歩く私に、嫉妬交じりの視線が。
              
              痛いけど・・・でも、それも当然と思うから。
              だから、食材を選ぶ振りをして、少し彼から離れたら、
              コンラートはぴったりと私にくっついて、私の横から私の手の中の野菜を覗き込んだ。
              
              「今日は、何?寒いから、身体を温めるようなのが食べたいな」
              
              「えと・・・お腹空いてる?」
              
              コンラートが嬉しそうに頷くと、私は時計をちらりと見て、まだ時間が早いことを確認した。
              
              だったら、作れるかな?
              
              「きりたんぽ鍋にしようかな・・・?」
              
              「きりたんぽ?面白い名前だね」
              
              可笑しそうに笑うコンラートに、たくさんの荷物を持ってもらって。
              
              私と彼は、野菜たっぷりの鍋の準備をした。
              
              コンラートとの食事は、いつも鍋とかホットプレートでの料理ばかり。
              だって、鍋がとっても気に入ったっていうから。
              
              ただ、調味料がきっと、「しんまこく」とは違うと思うから。
              だから、コンラートがせっかく気に入ってくれて、向こうに帰ってからも作りたいと思っても、
              再現できないのが、少し悲しいな・・・。
              
              明日は、洋風な料理に挑戦してみよう。
              
              せっかくのクリスマスなんだし。
              コンラートが、「しんまこく」でも、その料理を作って、私のことを少しでも思い出してくれるように。
              
              でも、今日は、しっかりと日本の料理を味わってもらおう。
              
              私は、早炊きした白米を、すり鉢に入れて、スリコギでばんばん押しつぶした。
              その私を見て、コンラートは目を見開いている。
              
              「、何をやっているの?」
              
              「何って・・・きりたんぽを作るのよ」
              
              ふうん、と呟いて、そして自分にもやらせてくれと言う。
              
              スリコギを渡すと、コンラートは子供のように目を輝かせて、ご飯を嬉しそうに潰してた。
              普段は、すごく格好いいのに。
              こういうところは、少し可愛い。
              
              「あ、コンラート、待って。もういいの。『半殺し』でいいのよ」
              
              私がコンラートの手を止めると、彼は息を飲んで私を見つめている。
              
              「ああ、ごめんなさい。ご飯を半分潰した状態を、『半殺し』っていうの」
              
              「そうなんだ・・・ああ、驚いた。の口から、そんな言葉が出るから」
              
              「そうね、残酷よね」
              
              そうくすりと笑った私は、コンラートの少しだけ悲しげな瞳の色に気付かなかった。
              
              その時の私は、まだ彼が・・・生死が紙一重な世界の住人なんて、思っていなかったから。
              
              何も知らない私は、そのご飯を割り箸に巻き付けて、根本をアルミで覆ってグリルに入れた。
              
              「ごめんね、コンラート。ここの鍋に、野菜を入れていって欲しいの」
              
              「ああ。味付けは、がして?」
              
              「してあるから、大丈夫よ」
              
              もう、帰ってきてすぐにお醤油味で味付けした鍋に、鶏肉とごぼうを入れてある。
              野菜が煮えたころには、きりたんぽも焼き上がって。
              
              それを半分に切って、鍋に入れて。
              
              「コンラート、熱燗飲んでみる?」
              
              そう勧めると、鍋からのいい香りに頬を緩ませていたコンラートがにっこりと笑って頷いた。
              
              鍋を前に、私とコンラートは並んで座って。
              
              いつものように、乾杯を。
              
              ゆずを絞ったきりたんぽ鍋を、一口食べて、コンラートはほぐれるご飯の美味しさに、嬉しそうに微笑んだ。
              
              「は、本当に料理が上手だな」
              
              「そんなこと、ないわ。ただね、お酒が好きだから。それに合う料理を作るのも、好きなのよ」
              
              私はまだ酔っていないのに、頬が赤くなってしまった。
              
              コンラートは、褒め上手。
              だから、美味しいお料理を作りたいって思ってしまう。
              
              素敵なお店で、外食もいいけれど。
              
              こうして、あなたと二人きりで、部屋で食事をするのっていいな。
              
              明日は、私は「しんまこく」でも作れるようなお料理を。
              
              そして、あなたに・・・「しんまこく」のお料理を作ってもらいたいな。
              
              初めて熱燗を飲んで、意外に口に合ったようで、器用に箸を進めてるコンラートに、そうお願いしてみた。
              
              すると彼は、一瞬寂しそうな顔をしたけれど、素早くそれを消して、私の肩を抱き寄せた。
              
              「あんまり、料理は上手じゃないけど。でも、のために、頑張るよ」
              
              「ありがとう・・・私も、頑張るわ。シャンパンに合うような、お料理作るわね」
              
              「・・・」
              
              その後に、続いた言葉。
              
              聞こえなかった。
              
              すぐに、私の唇を、呟いたあなたの唇が塞いでしまったから。
              
              もっとよく耳をそばだてていたならば、ちゃんと聞こえていたのかもしれない。
              
              
              
              
              離れたくないよ・・・。
              
              
              
              
              その言葉を、もしその時私が聞いてしまったら。
              
              
              私は最後のあなたとの瞬間、どういう決断を下したのだろう。
              
              でも、何度も唇を啄ばまれて。
              私の髪に、指を差し入れて、強く私を求めるあなたに、私は流されて。
              
              
              私は、明日・・・そして明後日まで、あなたと一緒にいられる幸せに酔っていた。