最後の夜
あれは、レーリアが地球へとたった一人で旅立つことになった前夜だった。
皇帝陛下、それに長兄イスラン、次兄シェニムと共に、家族4人での静かな晩餐を済ませ、
レーリアは俺の部屋の扉をノックした。
「ラディ、少しだけ、いいかしら?」
他の同じ年頃の子供よりも、ずっと大人びた話し方のレーリア。
でも、俺はそれが普通だと思っていたし、何も違和感を抱くこともなかった。
「どうぞ、入って?」
「失礼するわね。あら、本を読んでいたのね」
「うん。少しでも、勉強して早く大人にならなくちゃ」
「どうして?」
「きみとの、約束を守るために」
その時の俺は、まだまだ何も知らない子供だったから。
大きくなって、レーリアが地球で自分に掛けた封印の魔法が解かれそうになったら、
俺がレーリアを護るんだ。
今はまだ小さい手だけど。
きっとすぐに大きくなって、レーリア、きみを護れるようになる。
そして、それまでの間に、剣や魔法を覚え、大人になるために必要な勉強をしておかなくてはならない。
レーリアとの約束の後、決意した俺は必死だった。
それは、地球へと来る前まで、ずっと続いていたんだ。
俺の目をじっと見つめていたレーリアは、嬉しそうに目を細めて微笑した。
けぶるような、美しい金髪を揺らして。
「ありがとう、ラディ。でも、ゆっくりでいいのよ。まだ先のことだから」
「うん・・・・・・レーリア、一人で怖くない?」
誰も知らない、地球に行くなんて。
それも、一人ぼっちで。
俺なら、耐えられるだろうか。
だけどレーリアは、俺のベッドに勢い良く腰掛けると、足をブラブラさせて笑った。
「怖くないわ。楽しみよ。学校へ行って、たくさんお友達作って。毎日わくわくすることばかりでしょうね、きっと」
そうか・・・・・・
前向きなんだな、レーリアは。
考え込んでしまった俺を、レーリアはふいに覗き込み、綺麗な輝く蒼い瞳を揺らした。
その眼差しは、大人っぽいような、年齢相応の子供らしさのような。
そんな不思議な色合いだった。
「一つだけ。あなたと会えなくなるのは、とても寂しいし悲しいわ」
「え・・・・・・」
思いがけない言葉に、俺は戸惑ってしまった。
レーリアは、細い手を伸ばして俺の首筋に抱きついてきた。
ふわりと、いい香りが俺の鼻腔をくすぐる。
何だかどきどきしたし、どうしていいのか分からずに立ち尽くしてしまった俺に、レーリアは小さく囁いた。
「ラディ、お願い。最後のこの夜は、あなたと一緒にいたい。本当はね、本当は・・・・・・少しだけ、怖いの」
レーリアの言葉に、俺はとても嬉しくなって。
二人で俺のベッドに潜り込み、その夜は遅くまで二人でおしゃべりをして過ごして。
気付いたら、俺達は眠ってしまっていた。
次の日起きたら、レーリアはいつもの彼女にすっかりと戻っていて。
大人びた眼差しで、俺を見つめて。
「ラディ、しっかり頑張って。待っているわ。必ず、わたしを護りに来てね」
行くよ。
必ず。
待っていて。
地球のきみの家族が、優しい人たちでありますように。
俺が地球に行くまでの間、しっかりときみを護ってくれますように。
そして、俺は約束どおり、レーリアを護りに地球へと来た。
レーリアは、彩花という名に代えて、彼女の望み通り平凡だが幸せな暮らしをしていた。
「彩花、入ってもいい?」
あの日と逆だな。
俺はふいに、アステリア最後の夜を思い出して、くすりと笑った。
返事がない。
そっと扉を開くと、机にうつ伏せて、焦げ茶色の髪を散らばらせて、彩花は眠ってしまっていた。
ああ、風邪を引いてしまう。
俺はそっと彼女を抱き上げ、起こさないようにベッドへ運んだ。
布団に下ろすと、彩花は軽く身じろぎをし、そして俺の腕を掴んだ。
無意識だったのだろう。
「彩花・・・・・・」
そっと手を外させて、布団に入れようと思った瞬間。
「来てくれて、ありがとう、ラディ・・・・・・」
小さな小さな呟き。
今、レーリアの夢を見ているのだろうか?
漏れかけた彩花の魔力が、記憶の封印の力を弱めているのだろうか。
来たよ。
約束通り、きみの・・・きみだけのために。
そっと彩花の頬を撫でると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
これからは、ずっと一緒だ。
決してもう、離れないから。
長い年月だったけれど、今ある幸せに、俺は胸がいっぱいになった。