最後の抵抗          

 

 

 

 

 

 

 

珍しく、シェニム兄さんがお茶に誘ってくれた。

 

といっても、忙しい兄さんの執務室に呼ばれ、わたしがお茶を淹れさせられただけなんだけど。

 

ここで珍しいというのは、一緒にラディも呼ばれたことだった。

 

 

 

「・・・・・・・・・・明日、結婚式ですね。準備は万端ですか?」

 

ずっと無言だったシェニム兄さんが、ふと書類から顔を上げてわたし達に目を向けた。

 

わたしとラディは顔を合わせて、どちらからともなく頷く。

 

 

そう、明日はいよいよ・・・・・・やっと結婚式。

 

長かったなあ。何でこんなに色々揉め事が起きるんだろうってくらい、色々あったけど。

 

 

でも、幼い頃からの夢だった、ラディのお嫁さんにやっとなることが出来る。

 

 

結婚の儀式ももう練習をたくさんしてばっちりだし、その後に行ってもらう地球風の結婚式の計画もちゃんと進めてある。

 

 

「大丈夫よ、問題も特にないし、老中達も文句ないように書類を提出してあるし。楽しみね、ねえ、ラディ?」

 

「ああ、そうだね。レーリアのドレス姿を早く見たいな」

 

 

ラディはにこりと澄んだ海の色の瞳を細めて微笑んで、わたしを見下ろしていた。

 

ああ、これだけでもうドキドキして止まらない。

 

わたし、こんなんでちゃんとラディの奥さんやっていけるのかしら。

その瞳がわたしを見つめて、その手がわたしに触れるだけで。

 

心臓が止まりそうになるほど。

 

そして、その唇が載せる言葉に失神しそうになるくらい、嬉しくなるの。

 

 

「レーリア、愛してる」

 

 

何度も何度も囁く言葉に、わたしは嬉しくて堪らなくて。

あなたに抱きついてわたしも囁く。

 

 

「わたしも、わたしも。大好きよ、愛してる」

 

 

それが永遠に続くのね。本当にわたし、幸せで・・・・・・そう思いを馳せ、遠い眼差しをしていたわたしに、

至極冷静な声が解き放たれた。

 

 

「レーリア、私との約束を、まだ耳にすることが出来ていませんが」

 

「はい?」

 

 

シェニム兄さんは、手にしていたペンを置き、じっとわたしを見つめた。

 

中性的な綺麗な顔立ちのシェニム兄さん。滅多に笑うことはない。いつも無表情。そして今も。

それが堪らなくぞっとすることがある。そう、今、まさに。

 

 

「あなたは、幼いあの日に、私と約束をしました。結婚の相手に関することで。覚えていませんか?」

 

 

結婚の約束に関することで?

 

え、いつのこと?全然覚えていない。

 

首を傾げるわたしに、シェニム兄さんは深い溜息をついて首を振った。

 

やだー、何その「ああ、情けない」的な仕草!!

 

シェニム兄さんは、深く溜息をつくと、両手を顎の前で組んでわたし達に語りだした。

 

 

『幼いあの日』とやらの出来事を・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小さい兄さま!」

 

そう呼び、あなたはよく私に懐いていました。

私も可愛らしく、聡明な妹を心から愛していました。

 

「レーリア、おいで」

 

そう言ってよくあなたを抱いて、城の中を散歩して回ったものです。

そしてその合間に、あなたには私が知る限りの知力と魔力を使う術を教えていきました。

 

 

「小さい兄さま、大好き!レーリア、大きくなったら小さい兄さまのお嫁さんになるの!」

 

「残念ですが、僕とあなたは兄妹ですので、婚姻は結ぶことは出来ませんよ」

 

「ええー・・・・・・じゃあ、小さい兄さまみたいな人とケッコンする!」

 

「ほう、僕のような・・・・・・そうですね、筋肉バカのような相手を見つけてきては困ります」

 

「筋肉バカー?なにそれ?」

 

「レーリアは知らなくてもよろしい。ですがそうですね、こうしましょう。何か一つ、僕よりも優れている者。

その者をあなたの伴侶として連れておいでなさい。そうしたら、僕はあなたの夫としてその者を認めましょう」

 

「優れてるって、魔力?」

 

「何でもいいのですよ。僕がこれは敵わない、と思うものを持ちえる力を秘めた者。

ならば僕も、『祝福の女神』を安心して託すことが出来るでしょうから」

 

「ふうーん?」

 

「いいですか、レーリア。あなたは、この世界で一番の魔力を持っているのです。

その力に魅入られる者は多いですが、それに惑わされてはいけません。自分の目で、はっきりと見極めなくてはなりません」

 

「はーい・・・・・・・?」

 

「ふふ、まだまだ理解出来ないようですね。ですが、いずれ分かるときが来るでしょう。ですが、今の話は約束ですよ。

いいですね、レーリア。約束。指きり」

 

「はーい!指きり!!」

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、こんな約束です。覚えていますか?」

 

そう澄ました顔をして、紅茶のカップを口に当てているけど、シェニム兄さん!それっていつの話!?

 

「ラナディートがうちに引き取られるずっと前ですから・・・・・・レーリアは三歳になっていないかもしれないですねえ」

 

「覚えている訳なんてないでしょ!!」

 

そうわたしが思わず叫んだけど、でもシェニム兄さんはどこ吹く風。澄ました顔のまま、ラディに目を向けた。

 

「さて、ラナディート。あなたは私よりも、どこが勝っているのでしょうね?」

 

わたしは慌ててラディとシェニム兄さんを見比べた。だって、だって・・・・・・

 

アステリアの参謀で、わたしの次に高い魔力を誇ると言われているシェニム兄さん。

剣の腕も立つし、容貌だってこんなんだし。

 

ラディは眉をぎゅーっと寄せて、しばらく考え込んで、そして突然立ち上がった。

 

「ごめん、レーリア。ちょっと外、走ってくる」

 

「え・・・・・・!?」

 

「ちゃんとやっぱり、認めてもらいたい。こんな俺でも、何かシェニムに勝てるもの、あると思うから。だから走りながら、考えさせて!」

 

ラディはわたしが止める間もなく、部屋を飛び出していってしまった。

 

え、えーーーー!?

 

何で、どうして!

 

「待って、待ってよラディ!」

 

慌ててわたしはラディを追いかけていった。『蒼の疾風』の隊長なだけに、足が速いんだもん!着いていけない。

待ってぇ、ちょっと待って!わたしを置いていかないでー!!

 

 

 

 

 

おやおや、存外ラナディートも兄上と同じ部類なのですかねえ。

走りながら考えたいなどと。

 

まあ、走っている間は、無心になれるもの。その心境は分かりますが。

 

でも、私としては、即答してもらいたかった。

 

大切な、ただ一人の妹を奪われてしまうのですからね。

 

厳密には、その言葉は合わないかもしれません。『兄妹』とい絆は、永遠に消えることはないのですから。

ですが、やはり少しは意地悪もしたくなります。

 

妹の『一番』が、私じゃなくなることが悔しいのかもしれませんね。

 

 

私は、ラナディートが嫌いじゃない。だからこその最後のあがき。

 

さあ、答えは出せるのでしょうか?簡単なのに。

 

 

私よりも、勝るもの。

 

 

体力?知力?そんなものは、どうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

答えは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹の淹れた、ぬるくなってしまった紅茶を口にしていると、全身汗をかいたラナディートが、ノックも無しに扉を開けました。

全く余裕がなく、表情も優雅さにかけますよ。

 

ですが、合格範囲内の時間です。

 

私はカップをソーサーに置き、足を組み直しました。

 

 

 

さてさて、答えは?

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、・・・・・・・・・・・俺は誰よりも、一番。・・・・・・・誰よりも一番、レーリアを・・・・・・・・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

合格です。

 

 

 

 

 

おめでとう、ラナディート、レーリア。

 

 

 

二人に永遠の祝福あれ。

 

 

 

 

 

 

その日私は、初めて一人で酔うまで酒を飲みました。

 

たまには、いいかもしれないですね。

 

でも、ラナディート、覚悟なさい。こうして試すのは最後ではないことを。

 

 

今後がとても楽しみです。 

 

 

 

 

 

 

 

 

Clap novel Menu         Main menu