喜びと切なさと寂しさと
レーリアとラナディートの結婚式の深夜。
夜遅くまで、宴が催されていたアステリア城だが、今はひっそりと静まり返っている。
もうあと数時間もすれば、明け方になる。そんな時間だった。
さほど広くも無い、ベッドといくつかの家具が並ぶ部屋で、二人の男性が酒を酌み交わしていた。
ここは『蒼の疾風』副隊長のサーシャの自室。彼は机に備え付けられた椅子に腰掛け、目の前のベッドの上で胡坐を掻く男性に瓶から酒を注いでいた。
受ける男性は、元ミネリアの王子、ソヴァーディガルドだった。
二人とも、相当な酒を飲んでいるにも関わらず、脳の髄から酔えるような感じではなく。
時折、思い出したかのように弾けた会話をするものの、今のように外の虫の音すら聞こえるほど、静まり返る瞬間が多々あった。
「・・・・・・なあ、ソルト」
その沈黙に耐え切れなくなったかのように、サーシャは注ぎ終えた酒の瓶の底を眺めながら、相方の名を呼んだ。
ミネリアの公式な衣装を着崩していたソルトは、サーシャが手にしていた酒瓶を受け取り、彼に残り全てを注ぐ。
「んー?」
「いや、あのさ。何ていうか、その・・・・・・お前も辛いよな」
サーシャは酷く気まずそうに、そう呟いた。
空になってしまった瓶を、ベッドの下へ無造作に置いたソルトは、軽く首を傾げる。
「なんで」
「何でって、そりゃ・・・・・・だってお前さ、好きだったんだろ、レーリア様のこと」
好きだった。
そうかもしれないし、違うかもしれない。
よく分からない。それがソルトの今の気持ちだ。
「どうかな・・・・・・」
だが、曖昧に答えたソルトに、サーシャは身を乗り出した。
まるで可愛らしい少女のよう、と評されるその面立ちは、今は酔いを感じさせないほど引き締まり、ソルトを真摯な眼差しで見つめていた。
「でも、隊長には、絶対敵わないって。お前には辛いかもしれないけど、でもこの結果で良かったんだ。
隊長が、どれだけレーリア様を想ってるのか、レーリア様がどれほど隊長を信頼しているか、傍にいる俺には分かるんだ」
「俺だって、知ってるよ。何だよ、大丈夫だって、心配すんなよ」
ソルトが思わず苦笑して、サーシャに向かってグラスを持つ手とは別の手を振る。
だが、サーシャは引き下がらなかった。
「お前、どんな顔をしていたのか自分で分かっているのか?」
「え?」
ソルトは口元に運ぼうとしていたグラスを止めた。
サーシャは、ぐいとグラスの中身を煽り、そして立ち上がり、きょとんとしているソルトに背を向けた。
冷蔵庫から、新たな酒瓶を取り出しながら、背を向けながら。彼は言った。
「ソルト、お前ずっと、泣き笑いっていうのかな。そんな寸前の顔だった」
泣き笑い、か。
ソルトは肩を竦めて、口元に淡い笑みを浮かべた。
「そっか、俺、そんなかっこ悪い顔してた?」
「かっこ悪くなんかないけど、でも・・・・・・」
「多分な、それ、嬉しかったからだと思う」
「え?」
そう聞き返すのは、今度はサーシャの番だった。ソルトは、彼からすいと瓶を取り、今度はなみなみとサーシャのグラスに酒を注いだ。
その透明な液体を見つめながら続ける。
「うん、嬉しかった。アヤカっちの隣にいるのが、本当は俺だったらいいなってのは思ってたけど、でも。
分かってた。俺じゃダメだってこと。だから、早々に諦めて、まずは彼女の幸せを一番に考えてたんだ。ああ、もちろん今もだけど」
「ソルト・・・・・・」
サーシャは、その先の言葉が紡げないで、ただ酒を受け取るだけ。
ソルトは自分のグラスにも継ぎ足し、また一つ肩を竦めた。
「分かってるって。ヨシダくんの熱ーい想いは。だからさ、嬉しかったんだ。アヤカっち、これでずっと安心して生きていけんだな。良かったなって。
何だろな、いいんだ、別に俺がアヤカっちの相手じゃなくても。彼女が幸せに笑っていれば、それでいいんだ。
これってきっと、恋愛感情とは違うと思うんだよな。よく分かんねえや」
自嘲するように笑いながら、酒を飲むソルトをじっと見つめていたサーシャは、心の底で呟いた。
バカだなあ、そんなに深い想いに、自分で結論を見出せないなんて。
でも、良かったのかも。レーリア様のためにも、隊長のためにも、もちろんソルト自身のためにも。
だから、口に出したのは、思いとは別の言葉。
「そっか、ま、ならいいや!ところでさ、俺、実は好きな女がいるんだ」
ソルトはエメラルドグリーンの瞳を見開き、身体を前に倒した。
「嘘、マジで!!どんな子?俺、見たことある!?」
「はは、どうかな、あるんじゃないかな。でも、まだまだ全然片思い。俺のこと、男って認識してくんないし」
「あー・・・・・・サーシャ、ツラだけは可愛いからなー。中身は憎ったらしいけど」
「はあー!?お前に言われたくないって!!」
憤慨する振りをしたサーシャが、心の中で僅かにほっとした。
どれだけ落ち込んでいるのか、本当は心配だった。
だけど、思ったよりもソルトは元気で、何よりもそれが一番安心だった。
そして更に驚くべき言葉が。
「実はさー、俺、地球に気になる子がいんだよねー」
さらりと言ったソルトの言葉に、サーシャが今度は目を丸くする。初耳だった。
「地球?え、マジで?何で?」
「聞きたいか?あのな、俺、人を好きになったことがないかもって言ったら、一緒に好きって気持ち、覚えていこうって言ってくれたんだ。
ミネリアでやることやったらさ、また地球行ってくるわ。そんでもって・・・・・・・」
「お前、さらっと流すなよ!恋を教えるって、それって、凄くないか!?告白されたってことじゃん!」
「え、そうなの?」
「バカか、バカだろお前ー!!」
サーシャの悲鳴のような声が、部屋に木霊する。
アステリアとミネリア。
違う地で生まれ、異なる文化で育った二人。
だが、こうして一緒にいる時間が楽しい。
不安も悲しみも、そして喜びも分かち合っていける友を得たことが、二人とも口には出さないけれど、嬉しく思っていた。
「ソルト、マジで人を好きになる感覚分からないんだ」
「あー・・・・・・うん、何か、イマイチ」
「そっか・・・・・ま、頑張れ。その前に、俺は彼女の心を手に入れちゃうけどね。悪いね、お前より先に幸せになっちゃって」
「はあ!?俺がサーシャごときに負ける訳無いだろ!その頃には、きっと俺も、ユイちゃんとラブラブになってるよ!」
「へえ、ユイちゃんていうんだ、彼女」
ニマニマと笑うサーシャに、ソルトはしまったという顔をして。
そして口元に苦笑を浮かべた。
「サーシャ、サンキューな」
短いその言葉に込められた意味に、サーシャは淡い笑みを浮かべて。
そしてソルトに酒を注ぎ足した。
もうすぐ、夜が明ける。その瞬間まで。
アステリア城で、ソルトとサーシャの笑い声が絶えることが無かった。