飲みすぎにはご用心 2
ミネリアからご招待を受けて、公務をしてきた帰り道。
わたしの護衛をしてくれるのは、『蒼の疾風』の皆様。ありがたいけど、8人全員わたしに着いて来てしまって大丈夫なのかな?
ちょっと不安になったわたしだけど、でも寒い!
もう季節はすっかりと冬。着てきたコートは結構分厚いものだったけど、それでも隙間から入ってくる冷たい風がとてつもなく嫌。
「うう・・・・・・」
小さく唸り、馬車の外を眺める。そこには、ペガサスのティナに乗ったラディが、隣で馬を走らせるサーシャと何かを話していた。
馬車に乗っているだけ、わたしはましなんだよね。ラディ達はむき出しなわけだし。
我慢しなくちゃ、我慢・・・・・・。
そう自分で言い聞かせようとしていたわたしの体が、ふわりと包まれた。
ぎょっとして横を見ると、目の前に座っていたはずなのに、いつの間にか隣に座ったソルトが、にこにこ笑顔でわたしにぎゅーっと抱きついた。
「アヤカっち、寒いんだろ?どう?少しは暖かい?」
なっ、なっ・・・・・・何てことをするの!!
わたしは顔を真っ赤にしてしまい、わたわたと手足をばたつかせていると、ソルトは大きな瞳を丸くして、首を傾げた。
「まだ寒いか。あ、そだそだ。外套があった」
そう言うや、ぎゅぎゅっとわたしに抱きついたソルトの上から、何着もコートを掛けて。
うう、これってまるでまん丸のダルマみたいだよ・・・・・・というか、何でソルト、こんなに密着してくるの。
「やだ、だめ!!寒いの我慢出来るから、離れて、ソルト!」
「ええー?風邪引いちゃうじゃん。ほら、アヤカっちの手。こんなに冷たくなってるしさあ。あーあ、真っ赤になっちゃって」
そう言いながら、ソルトは身体を離してくれたと思ったら、わたしの手を両手で包み込んで、こともあろうにフーフー息を吹きかけてきた!
「ひゃああ!」
あまりにビックリするのと、ドキドキしちゃったので、妙な声を上げると。
速攻ラディがティナを寄せて馬車を覗き込んできた。
そして足でどかんと馬車の扉を蹴り付けて、すっとんで馬車の中に飛び込んできた!
「ミネリアの嫡男坊!!レーリアから離れろ!」
「ラ、ラディ落ち着いて」
「レーリアは、ちょっと黙っていて?」
わたしが間に入ろうとして治めようとしたのに、ラディはわたしににっこりと振り返り、そして目を眇めてへらっと笑ったソルトを睨みつけた。
うううう、どうしてこんなことに・・・・・。
そもそも、わたしがミネリアにお招きされた理由は、ミネリア地方が水不足になりそうだということで、雨を降らせるためだった。
雨乞いの巫女みたいだな、わたし・・・・・・と思いながらも、この世界で気候を操れるのはわたしだけだから、
気合をいれて雨をザーザー降らせてきたんだけど。
やれやれ、やるべきこともやったし、そろそろアステリア城へと帰りますか、といった感じのその時、
傍でわたしのことをずっと見ていたソルトが、さらりと言ったのだ。
「親父、俺しばらく、アステリア城行って来るわ。えーっと、見聞広めるために?」
疑問系だし!今まさに考えた理由だよね、ソルト!
わたしとラディが目を見開く中、ソルトはサクサクとアステリア城行きの準備を始めてしまって。
「こんな寒ぃなか、馬で移動やだなー、あ、そだ。馬車使おう。アヤカっちも一緒に乗ろうぜー。いいだろ、ヨシダくん」
「どうしてレーリアがお前と馬車に同乗しなくちゃならないんだ」
ラディはソルトの存在そのものが気に食わないかのような勢いで反論したけど、でもソルトはあの例のヘラッとした笑みを浮かべて続けた。
「あれ、だってヨシダくんの馬、じゃなくてペガサスには、アヤカっちは乗れないじゃん」
ひー!何てことをさらっと言うの、ソルト!!
ペガサスは、女性は清きものしかその背に乗せることはない。清きとは、つまり処女のことであって・・・・・・
わたしはすでに、ラディの奥さんだから、その、清くないってことで・・・・・・
うわーん、恥ずかしい!!
わたしが顔を真っ赤にしているのに、いまだソルトとラディのバトルは続いている。
「そのアヤカっちがさー、他の男の馬に乗って風邪引くのとさ。うちの馬車に乗って少しでもマシな旅になるのとさ。
どっちがヨシダくんにとっていいわけ?」
そう言われたら、ラディは苦虫を潰したような顔を浮かべながらも、わたしを馬車に乗せるほうを選択するしかないようで。
でも、乗り込む時に、何度も何度もソルトに念を押していた。
「いいか、レーリアに無闇に近づくな。触れるな。会話も最低最小限に留めろよ」
なんてことを言い、ソルトもヘラヘラと笑って片手を上げて返事をしていたんだけど。
蓋を開けてみれば、ずーっとソルトが一人で喋っていたようなもので。
そして最後には、こうして『寒いだろうから』という理由で、わたしにギューギュー抱き着いてくる有様だった・・・・・・。
「もう何度言ったか分からないが、もう一度言うぞ。レーリアは、俺の妻なんだぞ。無闇に触れるな」
ラディはティナから降り、一緒に馬車に乗り込んで。そしてわたしを抱きかかえてしまった。
もうわたしは、遠い目をするしかない。
横で併走しているサーシャが、指差して爆笑しているのを怒る気力もない。
「えー、分かってるって。アヤカっちはさー、ヨシダくんの奥さんになっちゃったんでしょ?知ってるよ、だって俺、結婚式に参列したじゃん」
しれっとソルトが言うと、ラディは眦を上げてわたしをギューッと胸に閉じ込めて叫んだ。
「だったらどうして、お前がレーリアを暖めるなんて事態になるんだ!」
い、痛い!身体も痛いけど耳も痛い!!
ラディのこんな姿、全くソルトの前でしか見れないよ。
他人に興味のないラディは、よほどのことがない限り怒らない。だけど、ソルトの前では血管を浮かせてばかり。
その原因が、わたしというのは嬉しいけど、でも。
わたしはソルトを男性としてみていないし、ソルトもわたしにじゃれている感じだし。
だから、恐る恐るラディを見上げた。
「あの、ラディ?わたしが本気で嫌だって言わなかったからいけないの。ごめんね、だからもう・・・・・・」
「うん。レーリアは優しいね。だけど今は黙っていて」
ぴしゃりと言われてしまった。
うう、ラディから一方的に火花が散り、ソルトはヘラヘラとしたまま、
「あ。アヤカっち、酒呑もうぜ、体の中から暖まろうぜー」
なんて言って、ごそごそとお酒の瓶を取り出した。
さすがにラディもこれにはガックリと力が抜けたようで。
ラディはサーシャに何か命じて、サーシャが頷いて馬首を向けなおすと、ラディは一転変わってにこりと笑ってソルトからお酒の瓶を受け取った。
あれ?
あれあれ、何の心境の変化なのかな?
きょとんとしていたわたしの前で、ラディはわたしを膝の上に乗せたまま、その酒瓶をわたしの口元に近づけた。
「確かに身体を温めるというのはいい案だ。レーリア、ゆっくり呑もう?まだまだアステリア城に到着するまでは時間が掛かる。
魔物がいないか、サーシャに斥候させたから」
はい?
ゆっくり呑もうって。
どういうこと?
脳内フリーズのわたしの口元にお酒の瓶が当てられて。
ゆっくりと注ぎ込まれれば、もう飲むしかない。てか、飲んでこの空気を忘れたいよ。怖いもの。ピリピリして嫌だー!
ゆっくりどころじゃなく、ごくごく呑まされたわたしはすぐに酔ってしまって、ラディの上半身に抱きついた。
「ああん、ラディもっとぉ。たんないー」
「もっと?」
くすりと笑ったラディは、わたしに飲ませていた酒を煽っていたけど、それをわたしの口元に当てて、ゆっくりと注いだ。
こくこくと飲んでいたわたしだけど、少し口から零れてしまった。
ハンカチを取り出そうともがいたけど、それを押さえてラディが顔を寄せて・・・・・ふえ?
ぺろりと、私の口元を舐めてしまった。
真っ赤になって、固まるわたし。
唇から頬、首筋まで垂れたお酒を舐め、そして顔を上げてソルトを挑戦的に見据えるラディ。
酒瓶を手に、ヘラヘラ笑いを浮かべたソルトはそのことに言及せず、
「アヤカっち、酔うと更にかわいー!今度俺も飲ませたいなー。だめ?」
「駄目に決まってるだろう!何を考えてるんだお前は!」
と、更にラディを怒らせて。
もう、ソルトったら何がしたいんだろう・・・・・・・。
と、思いながらも、もうどうでもいいやー。ラディの腕の中で酔う心地よさ。堪らない。
わたしはうっとりと、また微笑んだラディからお酒を頂戴し、幸せを満喫してしまった。
・・・・・・・そこから、記憶が無い。
無いのよ、記憶!嘘でしょう!?
目が覚めた時、わたしは自分の部屋のベッドに横になっていて。隣で寝ていたラディが嬉しそうに微笑んだ。
「おはよう、レーリア。気分はどう?」
うっ!頭、ガンガンする。しかも気持ち悪い・・・・・!
顔色を変えたわたしに、ラディは満面の笑みを浮かべて頬を摺り寄せてくる。
「だ、だめ、わたし、お酒臭いかも・・・・・・」
「そんなことない。可愛い、レーリア。これからもずっと、俺だけのきみでいて?」
はい?何で朝からそんな甘々モード?
それよりも気持ち悪い・・・・・。
そして城で会ったソルトもまたご機嫌で。
「アヤカっちー!昨日は楽しかったな!今度は二人きりで飲もうな!!てか、次は俺が飲ませてやるから!」
「はい?」
「いやあ、本当にアヤカっちはキュートだよなー」
うんうんと頷きながら、にこにことソルトが頭の後ろに手を組んで去っていった。
いっ・・・・・・・一体何があったんだろう。
怖くて聞けない。
もうすぐ、そう言えば地球では忘年会シーズン。アステリアでも忘年会するのだろうか。
お酒、ちょっと控えよう。
そう決意したわたしだった。