秘密の休日
珍しいお誘いを受けてしまった。
ことの始まりは、夕べの電話。22時を過ぎ、お気に入りの小説を読んでいた時のこと。
携帯に、悠くんの車でよく聞くジャズの曲が流れた。
『桃?ごめんな、こんな遅くに。起きてた?』
起きてたよ。勉強していたわけじゃないけど。そうくすりと笑う私に言ってくれたのは。
『いつもさ、桃に飯作って貰ってるから、お返しに今度、俺が作るよ。で、何食いたい?』
「え、悠くん、料理できるの?」
思わず聞いてしまった私に、悠くんは笑って・・・・・・きっと肩を竦めたんだろうな。想像出来ちゃう。
『出来ますとも。一人暮らしの男をなめんなよ?それにな、一応料理人の息子だしな』
そか、そりゃそうか。
悠くんのお父さんは、立派な料理人さん。凄く美味しい、繊細な料理を産み出す鉄人だもんね。
キャラは・・・・・・はは、あんな感じだけど・・・・・・。
でも、そうか、悠くんの手料理。どんなの食べさせてくれるのかな。
何でもいい、と、作る方が困ってしまうことしか私は伝えられなかったけど、でも凄く楽しみ。
そして次の土曜日。
手土産にレアチーズケーキを作って持っていくと、もうすでに、アパートのいい香りが外まで漂っている。
何だろう。トマトと、後はハーブ・・・・・・バジルかなあ?
ノックしてドアを開けると、玄関からすぐにある台所で、何か賑やかな曲が流れて、それにノリノリで合わせて鼻歌を歌っている悠くんがいた。
びっくりして、私はそのまま硬直していると、悠くんが私に気付き、目を見開き、そして少し照れたように中へと指し示した。
「お邪魔しまーす。凄いいい匂い。それに凄い賑やかね。それに凄い・・・・・・悠くん楽しそうだった」
どこに一番驚くポイントを置けばいいのか分からない私は、取り合えずそう素直に伝えると、
フライパンを振っていた悠くんはその中身をお皿にあけて、突っ立った私の背に手を当てて、いつもの居間に通してくれる。
私がソファに座ると、・・・・・・なんか凄いよ、豪華な料理が並んでいる。
ローストビーフとか、ちゃんとクルトンが浮かんだコンソメスープとか、温泉卵が乗っかったシーザーサラダとか。
目を瞬かせているうちに、悠くんはコンポの曲をド派手なロックから、しっとりとしたジャズに変える。
さっきのままでもいいのにな。悠くんの好きな、永ちゃんの曲なんでしょ?もう少し聞きたかったのに。
なのに、悠くんは出来たてのトマトのパスタを私の前に置いてくれて、目の前に腰掛けた。
ワインクーラーの中には、二本のボトルが入っていて。
一つをタオルを手にして取り上げて、私の前にあった細いグラスに注いでくれた。
まるで、シャンパンみたいな、綺麗なピンク。
「悠くん、これ、お酒?」
首を傾げた私に、悠くんはくすりと笑って立ち上がり、カーテンを閉めた。
部屋が、薄暗くなって。
その間に、私ももう一つのボトルを手にして、悠くんの席の前にある、ワイングラスに真っ赤な液体を注いだ。
まさか、こんな本格的な料理を作ってくれるなんて。しかも、日本料理だと思っていたのにな。
悠くんの実家は、会席料理のお店だから。
でも、けど・・・・・・凄い。
再び悠くんが私の前に座り、グラスを持って掲げたので、それに私も合わせて。
ああ、もっとちゃんとした服を着てくればよかったな。
ジーンズにTシャツなんて、普通の洋服着てきちゃった。
心の底で後悔しながら、かちんと乾杯。
「何を作ればいいのか悩んだら、スタンダードな料理になっちゃったけど。どうかな、桃の口に合う?」
合うどころじゃなく、めちゃくちゃ美味しいんだけど。
それにこのピンクの飲み物、ちゃんとノンアルコールで、甘すぎないでとてもお料理に合うよ。
ロゼワインのスパークリングみたいで美味しい。
「凄く美味しい・・・・・・・凄い、嬉しい」
何て感想が貧困なんだろう。
私さっきから、凄いしか言ってない。もっとちゃんと、私の今の感動を伝えなくちゃって思うのに。
悠くんはとても嬉しそうに微笑んで、小さく「良かった」って呟いた。
ワインで、ほんのりとちょこっと色っぽく頬を染めた悠くんが、私の作ったレアチーズケーキを満足そうに平らげて、
そしてその後はジャズが流れる中、ずっと抱っこして貰ってしまった。
「悠くん、お料理上手なんだね。私、これからご飯作るの恥ずかしい」
そう呟いたら、悠くんは背後から私の手を突然握り締め、そして葡萄の香りがする口元を私に寄せて囁いた。
心臓、どきどきしているんだけど。伝わってしまったらどうしよう。
「俺はさ、この手が作ってくれた料理がこの世で一番美味いし、嬉しいんだ。
だから、そんなこと言わないで、これからも作ってよ」
・・・・・・ずるい。
そんなこと言われたら、私は頷くしか出来ない。
「あー・・・・・・でも、結構今日、俺、頑張ったかも」
「うん、そうだよね。だって凄い豪華だったもの」
「だよな、だから、いいよな。ご褒美貰っても」
「え・・・・・・?」
くいと上を向かされて、そして塞がれる唇。
アルコールの香りと、葡萄の香りと、・・・・・・なんだろう。脳を溶かすような甘い香りがする。
これって悠くんへのご褒美?
私への更なるプレゼントのような気すらした。
ぎゅっと抱き締められる感触に、酔いしれて。
二人きりの休日は、蕩けるように甘く・・・・・・あなたの隣は心穏やかにいられる。
また、次の休日も。秘密の恋の狭間で、私は悠くんから、今までの人生で初めて、満ち足りた気持ちを感じてた。
これからも、この先も。ずっと私を抱き締めていて。