ナイショのクリスマス
12月24日、25日は『ふじま』は予約のお客様でいっぱいだった。
申し訳ないけど、予約のないお客様には席を用意して差し上げられないくらい。
目の回る忙しさとは、まさにこのこと。
『ふじま』の若女将として働き始めてから、きっと一番忙しいんじゃないかと思いながらも、
客席に挨拶周りをしている私。
「え、えっと、次は・・・・・・」
もたもたしている私の傍で、ベテラン仲居の萩原さんがメモを片手に付いていてくれている。
「次は桔梗の間です。頑張って、若女将」
「は、はい・・・・・」
萩原さんは、全ての予約をメモしていて、それを消去法で攻めていく方法を考えてくれていた。
こうしたら、挨拶し忘れたことなんてないもの。凄い。頼もしい・・・・・・。
そして私は、桔梗の間の障子の前に跪き、ノック専用の木の板を叩いた。
返事を待ち、そっと障子を開くと、年配のご夫婦だった。
とても素敵。クリスマスに、二人きりで外食なんて。
思わず自然に浮かんだ笑みのまま、私は両手をついて頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました。今宵はごゆるりとお過ごし下さいませ」
挨拶回りの後は、食膳を運ぶのを手伝ったりとか。注文の確認を取ったりとか。
何だかやることが次から次へと沸いてくる。
「桃ちゃん、特注料理、まだ運んでないけど。どの部屋か確認してみて?」
穏やかな智康さんの声。ええ!?大変、折角のお料理が冷めちゃう。
「はーい!」
と返事をして厨房に行こうとしたら、背後から私の頭にぽん、と軽いタッチでたたかれて。
びっくりして上を見上げると、スーツ姿の悠くんがにっこりと笑って私の横を通り過ぎていった。
「ここは俺に任せて、桃は自分の仕事してていいよ」
さすが悠くん。頼りになる。
そしてね・・・・・・仕事中に、ちょこっとでも触れ合えたの、何だか嬉しい。
私は嬉しくなって、その後も閉店まで腰掛ける暇もないほど・・・・・・というか、店内を着物姿で走り回る勢いで。
看板の明かりが消えた瞬間、従業員全員で深い溜息をついてしまった。
さすがに疲れたなあ。でもこれ、年内きっと続くんだろうな。
気合入れて、頑張らなくちゃ。
そう思った私の腕を掴む大きな手。
ぎょっとした私の手を掴んだ悠くんは、階段でだらしなく座り込んだ私を立ち上がらせて、奥に声を上げた。
「んじゃ、悪ぃ!お先に!!」
「おーう、楽しんで来いよー!」
そう返事をしたのは、・・・・・・お義父さん?
何が何だか分からない私を引っ張って、玄関へ向かう悠くん。途中で会った従業員さん達は、何だかニヤニヤしているし。
何が起きたんだろう?
きょとんとした私をGTRに乗せて、悠くんは車を発進させてしまった。
「ええーっと・・・・・・悠くん、後片付け、やらないでいいの?」
「今日はね、特別。桃、クリスマスプレゼントが後部座席にあるんだ。開けてみて?」
えええ!?今、この場で?
戸惑いながらも、身体を伸ばして・・・・・ああ、あった。ツリーのイラストが入った包みがある。
それを手にして、「ありがとね、開けるね」って言いながら、慎重にラッピングを解いていく。
箱を開けると、ん?布?洋服?
広げたら、それは黒いラメが入った、膝丈の可愛いワンピースドレスだった。
それにチェックの柄の網タイツと、黒のヒールまで入ってる。
お出かけセットフル装備!?凄い!
「可愛い!ありがとう、嬉しい!」
「気に入った?良かった。なら、悪いんだけど、それに着替えてきてくれる?俺は車で待ってるから」
と言いながら、GTRはうちのアパートの駐車場に入った。
え?と悠くんを見ると、彼はにっこりと笑って、行ってらっしゃいとばかりに手を振っている。
首を傾げることばかりだなあ。そう思いながらも、あまり待たせても申し訳ないから。
アパートに入って、慌てて着物を脱いで、貰ったばかりのワンピースに着替えて。
それに合ったバックを引っ張り出して、車に戻っていった。
「ご、ごめんね、お待たせ!」
「いやいや、早かったよ。それじゃ出発するから。この分だと大丈夫だ、間に合うな」
「え?あの、どこに行こうとしているの?」
「さあなー、どこだろうなー」
全く悠くんは、教えてくれる気が無いみたい。
だけど、こんな可愛い、ちょこっと大人っぽい服を着て、悠くんとお出掛けなんて嬉しいな。
にこにこと笑って窓の外を眺める。繁華街に入り、ネオンがとても綺麗に輝いている。
街はクリスマスムードで一色。
私、今年はクリスマスなんて味わえないと思っていたけど、思いもかけないお出掛け。凄くドキドキしてる。
どこに連れて行ってくれるのかな、と思っていたら、悠くんは車を大きなビジネスホテルの駐車場に停めた。
「ここ、どこ?」
助手席に回って、ドアを開けてくれた悠くんに聞いたけど、彼はくすりと笑うだけで、まだ教えてくれない。
悠くんに手を引かれ、そこから外に出て歩くこと数分。
有名なショッピングモールに入っていくと、そこの中央の吹き抜け部分に、光り輝くクリスマスツリーが飾られてあった。
ライトで組み合わさって出来た、ツリー。テレビで見たことあるけど、生では初めて・・・・・・!
「凄い、綺麗!!」
私と悠くんは、二階の部分からそのツリーを眺めているんだけど、それでも更に上までそびえているツリーは、もう圧巻としか言いようが無い。
感動してしまっていると、悠くんは腕時計をちらりと見て、
「いいタイミングだったな、桃、上を見てみてな」
「え?」
言われるがままに、上に顔を向けると、やがて。
ひらひらと、雪が少しずつ舞い落ちてくる。
そしてたくさんの観客から、歓声が上がるのが聞こえてきた。
私はね。声が出なかった。びっくりするのと、感動するのとで。
ただ、建物の中だというのに振り続ける雪に、そしてその雪に光を与えているツリーの美しさに感嘆するしかなかった。
「す・・・・・・ごい・・・・・・」
「綺麗だな。間に合って良かった。どう?クリスマスって実感沸いてきた?」
悠くん、このために私を急いでここに連れて来てくれたの?
今日はとってもお仕事忙しくて、悠くんも疲れているはずなのに。
胸が一杯になり、でも言葉に出来なくて。
ただ悠くんを見上げていた私の後ろから、両手を伸ばして欄干を握った悠くんに私今、包まれているみたい。
言えなくてもいい?もっと感動した気持ちを伝えたいけど、でも私には無理。
声を出したら、泣いちゃいそう。
だから、私はそっと悠くんの手に触れた。そして腕に顔を寄り添わせて、ツリーを見上げた。
楽しめないと思って諦めていた、クリスマス。
だから私、何も言わなかったのに。
気を回して、私を考えてくれる悠くんの優しさが嬉しかった。
そして更に、予約していてくれたレストランで、クリスマススペシャルディナーを頂いちゃった。
フレンチで、ゆっくりと運ばれてくるお料理全てが珍しくて。
最後には、ケーキまで出てきて私はもう大満足。
凄く美味しいお料理を満喫して、このショッピングモールを悠くんの腕に掴まりながら出て、
もう帰るのかと思っていたら、彼は車を停めていたホテルのフロントに向かっていった。
「予約していた、藤巻ですけど」
「はい、お待ち申し上げておりました」
「ええ!?」
思わず声を出してしまった私に、フロントの人がびっくりしている。しまった。
慌てて口に手を当てていると、悠くんは宿泊票みたいなのにサインをしながら、嬉しそうに笑った。
「サプライズなんですよ」
「ああ、なるほど。それじゃあきっと、奥様もお喜びになりますね」
サプライズ、だよね。驚くことばっかり。でも、奥様だって。何だか恥ずかしい。
頬を赤くした私を連れて、悠くんは鍵を受け取ってエレベーターに乗り、最上階まで向かった。
そして一つの部屋の前で鍵を開けて、
「桃、どうぞ?」
そう私の背中を押す。
私が先に入ってもいいの?
ドキドキしながら部屋に入ると。
凄い・・・・・・!!
大きな窓からは、夜景が一望出来て。
テーブルには、小さなチョコレートケーキがホールで置いてあって、その周りにオードブルがいくつも並んでいる。
そして中央には、ワインホルダーにシャンパンが冷やしてあった。
「悠くん、これ・・・・・!」
「うん、俺から桃への、クリスマスプレゼントが、これ。頑張った桃への、ご褒美だよ」
振り返ると、そう言って悠くんは柔らかく微笑んで私を振り向かせ、背後から抱きながら窓際へと歩いた。
摩天楼の夜景が一望出来るなんて。こんな素敵なホテルに泊まったことなんてない。
感動のあまり、またしても声が出ない私に、悠くんは耳元で囁いた。
「メリークリスマス、桃」
「ありがと・・・・・・ありがとう、悠くん!」
私は我慢出来ずに、悠くんに抱きついた。それを受け止めてくれた悠くんの唇が、頭頂部に感じるけど、でも。
私、プレゼントうちに置いてきちゃった・・・・・・。
「ごめんね、私からのプレゼント、うちに帰ってからになっちゃう。持ってくれば良かったな」
しょぼんとなって言うと、悠くんはくすりと笑って私の顎に手を掛けた。
「俺の選んだ服、すげえ似合ってる。誰にも見せたくないような、見せびらかしたいような。どっちなんだよって感じ」
「本当?嬉しい」
「うん、だから、この姿の桃を見せてくれたから、俺には充分だよ」
「でも・・・・・・」
結局、悠くんから貰ったものだもの。それじゃ私からのプレゼントにならない。
少し唇を尖らせてしまっただろう私を見て、悠くんは笑みを深めて囁いた。
「それじゃ、おねだりしちゃおうかな。・・・・・・桃から、キスして?」
ドキン。心臓が跳ね上がる。
私から、キス・・・・・・!?そ、そんな恥ずかしいこと、あんまりしたことないけど、でも。
腰を屈めて目を閉じた悠くんの頬に片手を当てて、そしてね。
あなたの優しさに、ますます惚れ直しちゃった私の気持ちを込めて。
そっと唇に、私の顔を寄せた。
触れた唇の感触は、いつものように柔らかく暖かく。
ちゅっと触れるだけのキスをしたのに、いつの間にか主導権は悠くんが握ってて。
私は彼に抱き締められて、息も絶え絶えのキスをされていた。
甘く激しいキスの後、悠くんは私の頬に唇を這わせ、くすりと笑ってまた囁いた。
「ご馳走様」
もう!
カーッとなってしまった頬を押さえてテーブルに付けば、後はもうゆったりとした、楽しい時間。
シャンパンで乾杯して、眠るまで二人でお喋りをして。
そして抱き合って夜明けまでの短い時間、眠りに着いた。
次の日も、『ふじま』は忙しい。だから私たちだけ休むわけにはいかない。
こんな慌しいスケジュールに、悠くんは申し訳なさそうだったけど、でも、私にとって生まれて初めての、感動三昧のクリスマスだった。
そして充電した私と悠くんは、今日も『ふじま』の社長と若女将として頑張ってる。
悠くんの首元に絞められた、真新しいネクタイは、私からのクリスマスプレゼント。早速してくれて嬉しいな。
「来年は、また違う計画立てっから。楽しみにしてな」
そうこっそりと囁いた悠くんに、私は満面の笑みで頷いた。
来年も、再来年も。
ずっとずっと、私をドキドキさせてね。
悠くん、大好き。その思いが、胸の中で溢れかえった。