設立

      日本英学史学会関西支部 第6代支部長 北垣宗治

 

 

 日本英学史学会の前身は、もちろん日本英学史研究会であって、19646月に東京でスタ

ートした。研究会の立ち上げに参加され、今に至るまで41年間、引き続き会員として積極的

に活躍して来られたのは、顧問の井田好治先生お一人だけとなってしまった。

 日本英学史研究会の関西支部発会式は19641212日、同志社大学尋真館で行われた。

日本英学史研究会が発足して半年後に誕生しているのだから、関西支部の歴史は極めて古いと

いわなければならない。当時の関西支部の原動力、ないし牽引車は京都市立美術大学の重久篤

太郎教授であり、重久先生が母校同志社でクラスメートだった、当時の上野直蔵学長を動かし

て、関西支部誕生へと歩みを進められた。そして、上野先生の「命令」により、当時同志社大

学助教授だった私が事務を担当することになったのである。私はその仕事を在外研究で渡米す

ることになった1968年まで務めた。

196412月のその発会式では、豊田実会長からのメッセージが青山学院の荒牧鉄雄教授に

ょって代読され、上野直蔵同志社大学長が歓迎の辞とともに、関西支部長としての挨拶をされ

た。さっそく支部の第1回研究発表会に移り、重久先生の司会で、4人の発表が行われた。@

岡本昌夫「明治時代におけるWordsworthの翻訳」、A渡辺実「直訳的な言い方」、B長門谷洋

治「初期来日米人宣教医」、C池田哲郎「米沢の英学−CH.ダラスの事蹟」。岡本教授(同志

社大学)はイギリス・ロマン派の権威であったが、故人となられた。渡辺教授(京都大学)は

国語学の立場から英学史に参加された貴重な存在であり、英学史研究会の発起人の一人でもあ

られたが、数年で研究会を去っていかれた。長門谷氏は最近まで研究会の熱心なメンバーだっ

たが、体が弱り、以前のように活躍できなくなったことは残念である。池田教授は英学史研究

会の幹事役であり、英学史研究会・学会の最初の20年間を文字通り指導・牽引してこられ、

関西支部の発展にも積極的に寄与された。

 関西支部の支部長は、初代上野直蔵(19641970)、第2代重久篇太郎(1971-1974)、第3代梅

渓昇(19751980)、第4代中川努(1981-1998)、第5代堀江義隆(1999-2003)、の諸先生であった。

そのあとをうけて、2004年、私が第6代目の支部長のポストを拝命して今日に至っている。

これは重いポストである。