説明1

 

東大神社 茅誠司第17代東大総長

歴代東大総長

上段3段目左から3番目が茅誠司先生

日本学術会議第3期会長。第3期副会長(人文系)は尾高惇忠翁のご令孫で京城帝国大学

法学部教授だった尾高朝雄(ともお)先生。 

東大広報部

紫雲塾閉会総会

5年間のねぎらいの労を大塚会長(写真中央、日本経団連副会長、観光委員長)とともに

改築された東京駅。かつての東京駅は渋沢栄一翁の設立した日本煉瓦工場のレンガを使っていた。

日本煉瓦工場の初代工場長の北川俊は児童文学作家北川千代の父。

2014年東京駅100周年

 

東京駅正面

 

法務省赤レンガ館

ベックマンとエンデの官庁街集中計画により竣工。関東大震災でも崩れなかったが第二次世界大戦で消失

残った上敷免製のレンガ壁が保存展示されている

隣は警視庁。市ヶ谷にバレーボールチャレンジリーグの警視庁フォートファイターズがある。

 

展示されている上敷免製レンガ壁

公民館を中心とした歴史講座 1回目

北翔大学水野信太郎教授による煉瓦建築の変遷の1コマ

横浜の赤レンガ倉庫、東京駅、法務省赤レンガ庁舎には上敷免(日煉)製のレンガ

水野信太郎先生

日本法学のパイオニア穂積陳重先生と立憲政友会の原敬総裁

陪審制度設立にあたり原総裁の下で穂積先生が参座制を審議していたとのこと。

穂積先生は無論栄一翁の長女歌子さんのご伴侶

原総裁は南部藩の藩校に通われていた新渡戸稲造先生の同窓

法務省赤レンガ庁舎の反対にある桜田門

1860年、第15代彦根藩主井伊直弼大老が襲撃されたところ

井伊大老は幕末に於いて開国派で幕府の存続を切望していたが、

今は憲政記念館のある井伊邸(旧陸軍省跡地)から江戸城へ向かう

途中で水戸浪士の尊皇攘夷の気迫に斃れてしまった形になった。

皇居二重橋

戦後対日理事会が行われた明治生命館前

渋沢栄一記念財団研究部長の木村昌人先生。

2015年2月15日竜門社深谷支部主催の講演会で渋沢敬三氏に関して講演。

財閥解体、新円切り替え等の幣原喜十郎内閣当時のこと。

敬三氏と幣原首相は敬三氏の義父の木内重四郎氏つながりの縁者。

敬三氏、戦時中はインフレ抑制のため第16代日銀総裁(昭和19年3月18日総裁就任)

として激務に追われていたが(総裁時代一度も東京を離れず)

戦後も幣原首相に請われる形で第49代大蔵大臣に。

渋沢栄一記念館の講演会の案内

尾高惇忠生家

惇忠翁の令孫に尾高朝雄日本学術会議第三期副会長や指揮者の尾高尚忠(ひさただ)氏がいる。

尚忠氏のご子息がNHK交響楽団の指揮者などを歴任されている尾高忠明氏。

2.26事件で斃れてしまった高橋是清翁(写真右端、右から2番目が栄一翁)

アメリカ発の金融恐慌の沈静化に粉骨砕身取り組んでいたが陸軍の皇道派と統制派の対立に

巻き込まれてしまう形になってしまった。

渋沢栄一の共同運輸と岩崎弥太郎の海運会社との間で激しいダンピング合戦の末に誕生した日本郵船

国内売り上げシェアNO1であると共に海外に数多くの航路を持っている。

隣は三井物産社長益田孝氏の弟の益田克徳(こくとく、かつのり)氏が支配人を務めていた東京海上

渋沢栄一の広範な事業は「周辺事業経営者」のサポート体制が整うなかで展開した。

その中で出資のパートナーとして大口の出資をともなう経営者が益田孝氏や益田克徳氏、大倉喜八郎氏

らであった。

「近代の日本の創造者、渋沢栄一の思想と行動」講演会にも参加されていた東の家の渋沢氏

栄一翁の考え方は個人の豊かさはすなわち国家の豊かさというものであるが、われわれ深谷の人間としては

深谷の豊かさこそが国家の豊かさに繋がるのではなかろうかと考えるところである。

いわゆる「地方は真に国家の元気の根源」という考え方。

旧岩崎庭園

敬三氏のご伴侶木内登喜子さんが岩崎弥太郎氏の娘磯路さんの娘だった。(つまり弥太郎氏の孫)

中の家土蔵で2014年12月20日まで開催されていた「渋沢栄一と関連企業」展

改修前の東京商工会議所ビル

渋沢栄一史料館主催の「企業輿論を考える」シンポジウムで東京商工会議所の鳥海さんにお世話になる。

(日本経団連のビルを案内して頂いた)

丸の内オアゾで開催された1964東京オリンピック展

東商ホールでトークショーも開催された。

日本煉瓦史料館

ナスチエンチーゼ、諸井恒平、益田孝、渋沢栄一

日本煉瓦発起人名簿

いわゆる周辺事業経営者として益田孝氏も名前を連ねている。

秩父セメント設立の経緯

日本煉瓦製造に入社していた創立者の諸井恒平社長は煉瓦に継いでセメントが建築の主要材料になると感じていた。

日本経団連ビル

栄一記念館の翁の説明案内

プレートガーター橋

重要文化財備前渠橋梁

イギリス人鉄道技師ポーナル設計による

日本煉瓦工場ホフマン輪窯特別公開

赤坂迎賓館の1300万個のレンガや東京駅の900万個のレンガもホフマン輪窯から作られた。

ホフマン輪窯

説明は龍門社深谷理事長谷川和雄先生(内閣府事務次官だった江利川毅さんと熊高で同期、高18)

長谷川和雄先生

楡山神社節分祭

 

楡山神社案内板

源義家の奥州征伐のとき伝幡羅太郎道宗の長男で行田成田氏の始祖成田助高が戦勝祈願に

訪れたのが楡山神社。

駿台大宮校

受験は各大学ごとに問題の傾向があるので赤本である程度予測を立てる。そして反復練習により答えを反射的に

出せるよう訓練することが重要。

後ろに堤治先生が在籍していた熊谷高校コーラス部が入る部室棟

堤先生の頃は共通一次を受けてから文系と理系の選択を考えていたらしい。

 

本庄早稲田 JAZZ 爺 MEN 宮武由衣監督 

6月28日、ベイシアモール本庄早稲田にオープン。ワールドスポーツ、カインズホーム併設。

オープニングイベントゲストにふっかちゃん、はにぽん、ふなっしー。

祭り

選挙

東京九段にある旧軍人会館

東京国立劇場の演芸公演

深谷市親善大使の古今亭志ん丸さんが出演されている

江戸時代から300年以上続いた田中藤左衛門商店の酒造跡。現在は映画ドラマのロケや

ホールとして使用されている。「七ツ梅」というのは酒の銘柄

湯島天神