保健室 1
作 こたつ
会議が始まる時間が近づいてきた。
今回の議題は、SeeD数名が同行しての候補生たちの訓練合宿についてであった。
行き先のトラビア平原は、さしてレベルの高いモンスターもおらず、寒い土地柄ゆえファイア系の魔法さえ携帯していれば特に苦労はしないであろう。
SeeDスコール=レオンハートは、同行はしないものの、学園を上げて大々的に行われる訓練ということもあり、司令官として指示を出すため、急遽会議に招集された。
彼は、時間をきっちりと守る。
例えSeeDのトップに立とうとも、その姿勢を崩すことはなかった。
上に立つ者が、時間厳守しているのだ。部下達は当然遅れることは許されなかった。
しかし、今日に限っては空席が目立つ。直前まで戦闘の実戦訓練があったとゼルが言っていたのを思い出す。
スコールは眉間に皺を寄せ、壁に掛けられた時計をちらりと見る。
開始まであと3分といった所だろうか。
ピンと張りつめた空気。
時間を厳守して着席したにも関わらず、候補生たちはいたたまれぬ気持ちで会議の時間を待つ。
彼は、この会議さえ終われば、明後日の任務までオフであった。
この前の休みはいつだったろう。
思い出そうにも、その間の激務の記憶が邪魔をして考えられないほどであった。
この会議に出る1時間前にようやくガーデンに帰還したばかりであり、積もり積もった疲労はピークを越える。美人の先輩SeeDは、任務の完了を労った後、にっこり笑って、
「報告書は後でいいから、会議をお願いね。急で悪いんだけど」
と言って会議の資料を手渡した。
一息吐く暇もないのか、彼は資料を手にしたまま溜め息を吐く。報告書くらい代筆してくれ、と舌打ちしたい気分であったが、彼女は数少ない頭の上がらない人物の一人であった。
再び、時計を見る。
今彼女は何をしているのだろうか。図書室だろうか。
帰ってきて一番に見たかった顔。
仕方がない、そう思い何度目か分からない溜め息を吐こうとしたその時。
「遅れて申し訳ありませんでしたっ」と騒々しい声の候補生達が会議室になだれ込んできた。
時計はまさに会議開始の時間を指そうとした所であった。
そして、最奥に鎮座する司令官の姿を見て、皆体を強張らせた。
なぜ司令官がここにいるのか、その目は語っていた。
スコールは、あまりの騒々しさに眉を潜め、会議開始の5分前には着席していろ、と彼らを諫めようとした所、ある事に気づいた。
何だ?あの包帯は。
見れば、紅潮した顔で着席する数名の候補生たちは、揃ってどこかケガしたのであろう、治療の跡がある。
ある者は腕に包帯を巻き、またある者は足にといった具合に。
訓練があった後だ、ケガをすることは珍しい事ではない。
そういう自分も、保健室の常連であった。朗らかな保険医は、憮然とするスコールをからかいながら、慣れた手つきで治療を施してくれた。
この校医もまた頭の上がらない数少ない人物ではあったが。
彼が、違和感を感じたのは、ケガ人の数ではなく、その包帯の巻き方であった。
一体どんな素人がやったのかと思えるほど、それは雑であり、ある者は腕の太さが倍になるほど巻かれ、ある者は傷口が見えていて包帯の意味を成さなかった。
スコールは何か悪寒を感じ、遅刻者の一人を問いただす。
「その包帯は誰が巻いたんだ」
遅刻してきたにも関わらず、なぜかにこやかな顔をしていた候補生たち。
が、氷のような冷たい一言で、彼らは縮み上がった。
気の毒な生け贄の遅刻者は、「いえ、あの」とどもりながら、助けを求めるよう、同席していたSeeDティルミットに目線を泳がせる。
セルフィは久しぶりのトラビア行きに、視線を資料に落としたまま「早よ、会議始めてや」と呟き、
「ああ、それはリノアやで」と投げやりに答えた。
途端、スコールの眼差しがすっと細くなる。
おいおいセルフィ、やめとけ。
事の次第を見守っていたゼルが腹の中で呟く。
それに気づかないセルフィは、畳み掛けるように
「カドワキ先生の仕事手伝っているらしいで。ナースや、ナース。けが人多いて先生ぼやいてたわ」
それより早よ始めよ、と漸く顔を上げて、室内に籠もる氷のような空気に気づく。
しまった!
久しぶりのトラビア任務に浮かれ、ついつい口がすべってしまった。
ガーデンの生徒ではないリノアは、授業もなく、エスタに行く時以外は退屈していた。
そんな彼女を見たカドワキ先生に、保健室の手伝いをしてくれと声を掛けられ、彼女は快諾した。
とはいえ、お嬢様育ちの彼女に出来ることはなく、魔女の力でケアルをかける事くらいしか出来なかった。
が、最近はカドワキ先生の指導の賜で、ケガ人の手当くらいは補助できるようになっていた。
リノアが司令官の恋人だというのはガーデン生であれば常識ともいえるほど、公認の仲であった。
元々かわいらしい容姿の彼女であったが、魔女となってからは蕾が綻ぶようにその美しさは開花していった。
色白の肌に、桜色の頬。分け隔てなく与えられる微笑み。人懐っこい性格。
自分たちの上官のものだという事は百も承知で、彼女に憧れる生徒は多かった。
その彼女に堂々と治療してもらう、それが密かな喜びであったのに。
「わたし下手くそなんだけど、みんなとっても優しいの」
そう嬉しそうに話しているのをセルフィは複雑な思いで聞いた。
鬼のいぬ間に、鼻の下をのばす男子生徒たちの姿が容易に想像できたから。
コレは絶対はんちょには秘密にしないと、そう思って気を付けていたというのに。
しかし、面白い事になってきたで。特派員?としての血が騒ぎ出す。
「あのう、SeeDレオンハート。そろそろ会議を始めて」
「俺は用事が出来た。ゼル、よろしく頼む」
そう言うと同時に風のように会議室を去っていった。
名指しされたゼルは、大きな溜め息を吐いて「何で俺ばっかり」と呟いた。こっそりビデオ片手に部屋を出ようとするセルフィの襟首を捕まえ、ヤケ気味にゼルは宣言する。
「それでは、会議を始める。皆、着席しろ」
ここにいる全員、未だ保健室でたむろしているであろう候補生の無事を祈った。