苛立ち 1
作 こたつ
ねえ、ラグナ。もしわたしのママと結婚していたらどうなっていたのかな。
そうしたら、リノア、俺がお前のパパだったかもな。
ふふふ。でも、そうならなくてよかった。
スコールとリノアは、エスタから迎えに来た飛行艇ラグナロクにいた。
リノアは、月に1〜2回くらいの頻度で、エスタ魔法研究所(旧魔女記念館)に召還される。
ここでの実験も、始めて半年ほどの月日が経っていた。
エスタへは、必ず正SeeDが一名以上が付き添う契約になっている。
スコールは毎回同行を希望していたが、どうしても断れぬ任務がある時は、代理でセルフィやアーヴァインに頼む事があった。信頼のおける仲間たち、彼は安心して彼女を任せていた。
しかし今回は、リノアがどうしても同行して欲しいということで、かなりの強行軍で他の任務を終わらせ今朝帰還したばかりであった。その足で、エスタへ出立する。
操縦はエスタの大統領官邸の職員に任せ、二人しかいない客室で手を繋いで席に着く。
「無理言ってごめんね。疲れてる?」
心配そうな顔で、リノアが空いた手で頬に触れる。それを微笑で応える。
「・・・大丈夫だ。(少し仮眠すれば元に戻るだろう)それより、お前こそ大丈夫か」
「うん、博士はいい人だし、ラグナも面白いし大丈夫だよ」
ふと、違和感を感じ、スコールは眉間に皺を寄せた。
ラグナは大国エスタの大統領だ。
先の魔女戦争の時は陣頭で指揮を執り、その名を広く世界に広めた。といっても、魔女アデルの封印と、沈黙の国エスタを10年以上統治してきたという経歴から元々有名ではあったのだが。
それに、アイツは・・・いや考えたくない。
リノアだって、魔女戦争の時は活躍した一人だったから、互いの顔くらいは知っているだろう。が、しかし。
何だろう、この違和感。
早急に問題を解決したかったが、襲ってくる睡魔と、隣に彼女がいるという安心感から、たちまち深い眠りに誘われた。薄れ逝く意識の中で、初めてエスタに召還されたの時のことを、スコールは回想する。
魔女戦争も終わり、少しずつ以前の生活にもどりつつあった頃、エスタから突然魔女リノアの召還依頼が舞い込んだ。
魔女になった以上、彼女には断るという選択肢はなかった。
過去の軋轢、強固な封印装置(現在修理停滞中)。
心の傷はまだふさがっておらず、行くのは嫌だと泣いたリノアを抱きしめ宥めたりもした。まあ役得だったが。
そんな彼女に届いた一通の手紙、それが彼女の背中を押した。
差出人はエスタ魔法研究所カドワキ博士。
その名に覚えはなかったが、リノアには分かったようだ。
何となくモヤモヤした気持ちをもてあましたが、明るい表情になった彼女に付き添いエスタへ飛んだ。
再び訪れたこの施設は、警備兵の姿もなく(警備員はいたが)、白衣を着た研究員たちが行き交い、非常に活気に溢れていた。件の博士は、ふっくらとした少し年上の女性であり、スコールは安堵した。
博士の研究室に来る途中に、刺すように感じたいくつもの視線。
注目されるのは仕方ないとして、彼女に集中するそれに、何か悪寒のようなものを感じていたのだ。
魔女リノア。
初めて訪れた時は、魔女アデルの封印を解いた者として、恐怖を与える存在だった。
だが、今は魔女アルティミシアを倒した英雄として、暖かく迎えられている。まあ、傍らの騎士の姿を見て渋い表情をする者がいないわけではなかったが。
封印のため連行された時は、生気もなく、はかなく消えてしまいそうであった。
しかし、今の彼女は騎士に守られ怯えを捨て去り、地に足の着いた確かな存在として、出迎えに応える。
ノースリーブの明るい色のワンピースに身を包み、艶やかな長い髪を靡かせ、唇には微笑みすら浮かべた彼女に、対応に出た研究員が見とれているのがわかった。
何となく心がざわつくのを感じる。一体なんだろう。
そういえば、最近任務が続き、しばらく休みをもらった記憶がない。疲れているのだろうか?
体調は悪くないようだが。正体の分からない気持ちにいらいらした。
博士の姿を見たリノアは、丈の短いスカートを翻し、彼女に抱きついた。
「久しぶり」アリス=カドワキ博士は、リノアの髪を撫で人なつっこい笑顔で応える。
どこか懐かしさを感じさせる女性だった。魔女戦争での活躍を労い、女同士の会話の後、今回の召還の内容を、噛み砕いた言葉で説明する彼女に、好感を持った。
不意に、彼女の視線が、ずっと沈黙を守っていたスコールの方に向いた。
「いらっしゃい、リノアの騎士殿。そんなコワイ顔しなくても大丈夫よ」
元々こんな顔だ、と心でつぶやき、博士に挨拶をする。
「話が済んだようならお願いします、俺はここで待機します」
そう告げて、リノアに向き直り、少し乱れていた黒髪を梳いて、耳にかけてやった。こんな場所、とっとと用件済ませて帰るに限る。
「俺はここで待機する。一人で大丈夫か?」
「うん。絶対ここで待っていてね」
不安と緊張で、リノアの瞳が潤んでいて、切なくなる。彼女にだけ分かる微笑で、そっと頬を撫でた。
それから、博士の方に向き直ったのだが、彼女の表情を見て、知れず眉間の皺が濃く刻まれた。カドワキ博士は、上気した頬、キラキラした瞳で、二人の事をじっと見ていたのだ。
「?」
「いいえ、いいのよ。若いって素晴らしいわ。騎士君も私の研究に参加してくれるといいんだけどねえ」
俺は関係ないだろう、と思ったが、取りあえずSeeDの敬礼をして、待機することにした。
そうならなくてよかった。
なぜだ?
だって、もしラグナがわたしのパパだったら、彼は今ここにいないってことでしょう。
なあ、あいつの事をどう思っている?
教えてあげない。
知りたいんだ。教えてくれよ、あいつのこと。
「よお」
忙しく研究員が行き交う廊下で、スコールはあまり会いたくない人物に声をかけられた。
飛行艇で仮眠を取り、リノアを研究所の博士に託し、彼は実験室の廊下で待機していたところだった。
本来、このような場所にいるべきはずのない人物。
かつての英雄、今は大国エスタ大統領のラグナ=レウァールだ。
先ほどから視線を感じていたが、敢えて無視していたのに。立場上の違いから、仕方なくスコールは敬礼をして応えた。
「堅ッ苦しいのはいいよ。」
相変わらずラフな格好で、知らない人が見たら彼が大統領と気づく者はいないのではないだろうか。
姉として共に育ったエルオーネが慕う人物。「接続」で見た過去の世界。
いくら他人に興味のない彼でも、いやでも思い至る結論、それらの意味する事実。
しかし、彼にとって身内は、姉エルオーネだけであった。
早くに逝ってしまった母親、彼が生を受けてから存在しなかった父親というもの。
今更どう受け止めてよいのか。彼は早々に答えを出した。
・・・パスだ。
「元気か?」
「・・・・はい」
必要最低限の返事しかしないスコールに、ラグナは思わず苦笑いする。
「この実験が終わったら、ま、その、一緒に食事しねえか?エルも呼んでさ」
先ほどから感じていた居心地の悪さに、知れず慇懃無礼な言葉になる。
「いえ、魔女リノアも疲れているだろうし、ここにはあまりいい思い出はないので、すぐに失礼します」
「リノアの了解はあるぜ。じゃ、おっ終わったら連絡くれっ、なっ、なっ?。迎えを出すからよ」
スコールの不機嫌そうな顔を見て、急に焦った様子になったラグナは、少し足を引きずりながら、用件だけを告げて去って行った。
人の話を聞けよ、思わず瞑目するが、ふとある疑問が頭を持ち上げて来た。
リノアの了解?
今日、ラグナロクでエスタ入りしてから、スコールは彼女の傍らを一時も離れなかった。仮眠を取っている時でさえ、彼女の手を離さなかった。
一体いつ連絡をしたのであろうか?
いや、そもそも、あの二人は面識があるのだろうか。
ふと、彼女とのやり取りを思い起こす。彼女は言った。「ラグナも面白いから」と。
一国の大統領を呼び捨てというのは、明らかにおかしいではないか。しかも面白いとその性格を評するからには、それなりの付き合いがある、という事になる。
自分の知らない所で、一体何が起こっているのか?
いつも魔女研究所入りする時に感じる、正体の分からない気持ちが彼を苛立たせる。
・・・エスタは鬼門だ
彼は、苛立ちを隠すことなく、研究所の廊下にて黒いオーラを出していた。通りかかった研究員が目を合わせぬよう足早に通り過ぎて行った。