苛立ち 2
作 こたつ
あいつは俺のこと、もう知ってるのかなあ。仕事とかで何度も顔を合わせているが、切り出せねえんだ。
うん。
あいつが一番親を必要としていた時にいてやれなかった。
うん、うん。そうだね。
一体どんな顔して、何を言やあいいんだよ。わかんねえんだ。
ラグナのその気持ち、そのまま言えばいいんだよ。
そのまま?
そう、そのまま。お前を愛しているって。彼が受け入れるかどうかは、それからだよ。
初めてリノアに会った時、すぐに気づいた。
ああ、これがジュリアの忘れ形見だと。
そっくりだった。黒い髪に、同じ色の瞳。整った顔立ちが笑みを浮かべると、たちまち愛嬌のある表情に変わるところが。
大統領になってまず、連絡できなくなっていた身内の事を調べさせた。
そして、彼女の事を。
ジュリアは結婚して幸せだという報告に、寂しさを感じるよりも安堵した。
彼の妻となった女性は、自分の居ぬ間に病死を遂げて家族はバラバラに離れてしまっていた。打ちのめされた。そんな中でのジュリアの報告は少なからず彼の救いになった。
だから、リノアに再会した時、彼女と彼の息子が「魔女と騎士」ひいては「恋人同士」と聞いた時の彼の喜びは筆舌にし難かった。運命というものの不思議も感じたし、何より息子が人を愛せる人間に育ったということが嬉しかったのだ。
「ラグナさんは」
「さんはいらねえよ。ラグナて呼んでくれ」
「ふふっ、じゃあラグナはどうして待っていた人の所へ帰らなかったの?」
「うおっ、きっついな。まあ時代がってのもあるし、俺が甘えすぎてたってのもあるんだろな」
「じゃあ、ラグナもスコールに甘えてるの?」
「?どういうことだ」
「さっさと白状しないんだもん。察してくれよってヤツじゃないの?ズルイぞ」
「・・・・お前のそういうとこ、ジュリアそっくりだぜ」
リノアの実験は少し長引いているようだ。
かれこれ3時間は、廊下でこうして待機している(宿題?の任務報告書を書きながらだが)。体は何とか休めたが、心はずっと波風が立っていた。
実験室には、博士の他に大勢の男性スタッフがいるはずだ。男たちが彼女に触れたり、邪な視線を浴びせていないか、想像しただけで、一刻も早く彼女を連れ去りたい衝動に駆られる。
そういえば、エスタ入りする前もずっと任務で、リノアとキスすらしてなかった。
だが、この任務が終了すれば、彼にはたった1日だが、休暇が約束されている。
明日は一日彼女を離さない。
と、そこで、ふと先ほどの大統領との食事会の事を思い出し、さらに憮然とする。
まったく。言いたいことがあるならハッキリ言え。しかもリノアをダシに使うな。
漸く、実験室の重たいドアが開き、落ち着いた色合いのワンピースを纏った彼女が飛び出して来た。
彼の姿を捉えると、人目も気にせず彼の胸に飛び込んできた。明らかに落胆を感じる視線を浴びて、スコールはずっと悩まされてきた正体のわからない苛立ちから解放されるのを感じた。
「お待たせ。スコール、わたしがんばったよ」
上気した頬で、小首を傾げて彼を見上げる甘い仕草に、彼は眩暈を感じた。
ほめて、ほめてとせがむリノアを軽く抱きしめ、惜しみつつも解放し、博士と話をした。彼女のサインを貰えば、任務完了だ。
大人しく傍らで話を聞いていたリノアが、何かに気づいて突然駆け出す。そちらを見やると、大統領が片手を上げて歩いてくるのが見えた。
思わず眉間の皺が深くなった彼は、次の瞬間固まることとなる。
「ラグナっ」
駆け出した彼女は、ラグナの腕にぶら下がるように抱きついたのだ。
「!」
頭の中が真っ白になる。
博士の話の途中なのに関わらず振り切り、ガンブレードを握りしめ、ラグナの腕からリノアを引きはがし、腕の中に彼女を引き込んだ。
まさに一瞬の出来事であった。スコール以外の時間が止まった。
「ちょっ・・・お前、もっもしかして」
真っ赤な顔をしたラグナは必死で笑いを堪えていた。
いつも冷めた目で、まだ若いというのに感情を抑え込んだいつものクールな彼はそこにいなかった。
少し乱れた髪に、顔は怒りのため紅潮しており、あろう事か一国の大統領に武器を突きつけている。
だが周囲は、また我らが大統領が何かしでかしたと、諦めたような視線で終始和やかであった。
もう爆発寸前だったのだ。
疲れの溜まった身体。いまいましい魔女の封印装置(すでに粗大ゴミと化していたが)。研究所でのリノアを見る男達の視線。
自分の知らないところでリノアと密会していた(疑惑の)ラグナ。
自分でも、このもやもやの正体は分かっていたのだ。ただ認めるのが嫌だっただけだ。
「やっやきも・・・」
「言うなっ」
ガンブレードを持つ手を震わせて、ラグナから目線を逸らすことなくカドワキ博士に言い放つ。
「任務完了のサインお願いします。実験結果は上がり次第ガーデンまで。これで撤収します」
嵐の様に、魔女とその騎士が去った後、ずっと肩を震わせていたラグナがようやく笑いを収める。
「なあ、アリス。あいつかわいいだろ〜」
「いい加減にして下さいよ。彼もう来てくれなくなるわ」
(ボツになったレポートのフィールドワークに取りかかりたいってのに。騎士君怒らせないでよ!)
呆れた顔を隠すことなく、カドワキ博士は、この気さくな大統領に言った。
「そ・れ・に!リノアが来るたびに研究所に入り浸るのもやめてもらえません?」
その度に、怒りまくった補佐官たちが彼女の職場に乗り込んで来るのだ。
毎回毎回、本当に騒々しいっ。
その時、薄暗い通路の先から誰かが歩いて来るのが見えた。褐色の肌、キロス補佐官だ。
今日の彼は、うっすら笑みすら浮かべている。
ああ、コワイ!関わりたくないな、と。
腰に手を当てて、再び肩を震わせ始める大統領を残し、こっそりと退却するカドワキ博士だった。