父と娘
作 こたつ
それは、突然の来訪だった。
「彼」が任務で遠征していた隙を突いて、アポイントもなくガーデンに現れた。まさに予定通りとしか思えぬほど謀られた空白の時間であった。
リノアが、学園長室に呼び出しが掛かった時、キスティスは授業の合間もあって、彼女と食堂でお茶を飲んでいた。放送での呼び出しだったため、急いで内線を掛け、用件を確認する。
受話器を置き、不安げに見守るリノアを振り返る。
「カーウェイ大佐が見えているそうよ」
魔女戦争終結後、リノアはここバラムガーデンに身を置いていた。
といっても生徒としてではない。生徒に紛れて身を隠すためであった。
なぜなら彼女は、現代存在するただ一人の魔女だからだ。
元の生活に戻れば、彼女に危険が及ぶというのは火を見るより明らかである。その力を利用しようという者、忌み嫌い抹殺を謀ろうという者。
魔女と騎士の創設したこの学園が彼女を放っておくはずはなかった。それに、彼も。
廊下を歩きながら、キスティスは黙り込むリノアを見た。
スコールが不在の今、彼女を守れるのは自分だけだ。他にも仲間はいるが、皆任務でいなかった。
カーウェイ大佐といえば、リノアの父親であり、ガルバディア軍の要人でもある。クライアントがガーデンを訪れるという事は珍しくないが、こんなに大物がアポなしで来るなどというのは考えられぬ事態であった。
目的は、間違いなくリノアであろう。
リノアは、家出中の身である。彼女を取り戻しに来るという事は有り得ぬことではない。
キスティスは、彼女を大佐に連れていかせてはならぬ、と思ったが、同時に一体リノアはどの様な態度を取るのか単純に興味がわいた。ずっと仲違いしていたと聞く。時折大佐の話が出ると、いやなヤツなの、と苦虫を噛み潰したような顔になり、皆の笑いを誘っていた。
物心ついた頃から、孤児院で暮らしていた。一時里親の元に引き取られたものの、うまく行かず、ガーデンの奨学試験を受けてさっさと家を飛び出したキスティス。だから、親というものは想像するしかない存在であった。
緊張したリノアを連れて、学園長室付きの応接間の重たい扉を開ける。
「お父さん」
想像とは違い、リノアは泣きながら大佐の胸に飛び込んだ。意外な展開にあっけにとられた。
だが無理もないのかもしれない。
彼女にとって色々な出来事が一度に降りかかったのだから。身内の顔を見て安心したのだろう。
今日の大佐は、カーウェイ氏個人として訪問したらしく、仕立ての良いスーツを着ており、どこから見ても立派な紳士であって、とても軍人には見えなかった。
抱き合う二人を見て、キスティスは思った。
自分には与えられなかった親という存在。
たとえ、仲違いしていても親子なのだろう、少しうらやましくさえ思った。
しかし、困った展開になったようだ。子供のように泣き崩れる彼女を見て、キスティスは美しい顔を歪める。
(スコール、早く帰ってこないと大変なことになるわよ)
久しぶりの父は、何だかとても小さく見えた。こんなに髪が白かっただろうか。こんなに弱々しい顔をしただろうか、と。
子供の頃は、忙しい父の不在を嘆き母親を困らせた。休日は、父の膝の上がリノアの指定席であった。一体、いつから娘と父は仲違いし始めたのだろうか。
恐らくそれは母ジュリアの、突然の死であろう。
若くして逝ってしまった妻にそっくりの娘。
成長すればするほど、妻の面影を色濃く映し出す。
嬉しさと反面、どうしようもない喪失感が彼を襲った。逃れるように没頭する仕事、みるみる開いてゆく娘との距離。
気づけば、書き置きも残さず、彼女は去っていた。
家出した後も、娘の居場所は掴んでいた。報告書を読むたび、無事である安堵と、危険な事に首を突っ込んでいる娘の心配、それを繰り返していた。
そして、今。
リノアは、魔女の力を受け継いだ。
彼が忌み嫌う魔女というものに、あろう事か自分の愛娘がなってしまったのだ。
自分が娘の手を離してしまったために、この事態は引き起こされたのだとカーウェイは己を責めた。
彼は娘に幸せになって欲しかったのだ。普通に結婚して子供をもうけ平凡な家庭を作る。望みはただそれだけだったのに。
「元気だったか」
すっかり女らしく成長した娘を抱きしめ、そっと頭を撫でる。いつもはお転婆な娘なのに、今はただただ肩を震わせている。
辛い思いをさせて悪かった。彼は、娘を抱いたまま天を仰ぐ。
少し落ち着いたのか、リノアは涙を拭きながら、少し離れて父を見上げる。
「今日は何の用なの」
やれやれ、早速いつもの娘に戻ったようだ、とカーウェイはため息を吐いた。
もしもリノアが不幸であったならば、有無を言わせず連れ帰るつもりであった。
だが、今までの経験上、無理矢理という方法はことごとく失敗している。だから、今回は正直に胸の内を打ち明けることにした。
「いつでも帰れるよう、部屋を綺麗にさせておいた」
だから、帰って来い。
「私はいつでもお前の幸せを祈っている」
もう、十分だろう。これ以上苦労する必要はないんだ。帰ってこい。
不意にリノアは、未だ赤い目のまま父をまっすぐ見つめた。
こんな表情の娘を見るのは初めてであった。
「今が幸せなのかどうかわからない」
言葉を探すように、しばし視線を泳がせた後、再び父を見て言った。
「でも、ずっとそばに居たい人がいるの。だから」
だから、帰らない。
思わず、深いため息を吐いて、カーウェイは瞑目する。娘を持つ父親が、最も聞きたくない言葉であった。
事前の調査にて、娘にそのような存在がいるという事は分かっていた。現に、娘の彼氏に少し難しい任務を押しつけ厄介払いした隙に、こうして来たのだから。(・・ひでえ)
だが、リノアはもう自分の足で歩いているのだ。親の手を離れて。
それならば、自分は温かく見守るしかないだろう。
目を開けたカーウェイは、晴れ晴れとした表情で微笑む。つられてリノアも笑い、再び父に抱きつく。
「辛かったらいつでも帰って来い」
「やだよ」
幸せでなきゃ顔出さないよ、と娘は答えた。と、その時。
バーンという大音響と共に、応接室のドアが開いた。
驚いてドア付近で控えていたキスティスが武器を構える。が、そこに居たのは、目の下に隈を作り、彼にしては珍しく息を切らせていたスコールであった。
「アナタ、任務」
「終わらせて来たっ」
そう言うと、カツカツ靴音を鳴らし、抱き合う親子の前に立ちはだかった。
カーウェイは、ああこれが娘の、と思い目を細めた。
「驚いたな。もう終わらせてきたのか」
湧き上がる嗜虐心
「素晴らしい。いつでもガルバディア軍に来たまえ、歓迎するぞ」
老練の男は、片方の眉を上げて彼を挑発した。
スコールは、表情一つ変えずに、素早くリノアを腕の中に引き込んだ。
「折角ですが、俺はすでに魔女リノアの騎士です。お断りします」
そう言って、まるで剣でも突きつけるような形相で、大佐を睨みつけた。
たまらず、親子は吹き出した。キスティスも口元を押さえて肩を震わせている。
「ねっ、お父さん。彼がいるから、わたしは帰らないよ」
「・・・・仕方ないな。今回は退散しよう」
呆気にとられ眉間に皺を寄せる「彼氏」の肩を軽く叩き
「娘を泣かすようなことがあれば、即刻連れて帰るからな」と宣言して、部屋を出て行った。
キスティスは思った。
やはり親子なのだと。よく似ている。似すぎていて反発することもあるのだろうが、結局父親というものは娘に逆らえないものなんだろうと。
少しの羨望もあるが、こういう親子関係も悪くないなと思った。
それより、リノアが嫌なヤツなんていうから、どんな人かと思ったけど。
ステキじゃないの。
キスティスは微笑み、恋人の乱れた髪を手で梳いて直しているリノアの頭をこつんと叩いた。
「さあ、行くわよ。続きは部屋でやって頂戴」
終
あとがき
パパ・・・好きです(告白)。スコール×パパの第一ラウンドでした。