First kiss

作 こたつ      

1.発露

 

 

線路は赤く錆びついている。

海上に続くそれは、潮風を受けて朽ちようとしていた。

最後の列車がここを通ったのは、一体何時のことだったのか。想像しようにも、本当にそこには何もなかった。

この先へ進めば、事態が進展するという保証はない。

なのに、彼は行かずにはいられなかった。

 

大切なものは、失ったときに気付く。

 

そう結論付けるには、自分はまだ何もしていないと思った。背負った重みは、彼の罪だ。

意識のない人間の重みは、想像以上に身体に負担を掛ける。

一歩も歩けなくなる前に、彼は休養を取らねばならなかった。限界まで頑張ったところで、止まったらもう二度と立ち上がれないであろう。

目的地はまだ見えぬ。

愚かな行為だという事は、SeeD目指して教育された彼が一番よく分かっていた。

ここ何十年も鎖国している場所。本当に実在するのかすら曖昧であった。

仮に到達したところで、入国できる保証はない。目的の人物に会えるどころか、居るのかすらはっきりしない。

そして、会えたところで。

 

とうとう足が止まる。

 

彼を襲う無力感。それでも、彼は何かに縋りたかった。

万に一つの可能性。もしあるのであれば、そこはエスタを置いて他にはないと思った。

何の確証もないのに、体が勝手に動いていた。

 

 

保健室で眠る彼女を抱き起こし、そのまま背負う。誰にも目撃されないであろう空白の時間。

SeeDである彼ならば、容易く出来た。

こんな姿、誰にも見られたくはなかった。

「行こう、リノア」

返事がない事に軽く失望し、明かりが差すと信じる方に向かって、ひたすら歩いた。

 

 

本当は、全てを投げ出したいほど疲労していた。

しかし彼は大切な宝物を扱うよう静かに下ろし、眠る彼女を塀にもたれ掛けさせ、跪いて顔を覗き込む。

 

(寝顔かわいいね)

 

アンタには負ける、とあどけないその頬を撫でて、彼女の隣に腰を下ろした。

いつもなら、うるさいくらい言葉を紡ぐその唇は、今は静かな寝息が聞こえるのみ。

 

彼は今まで歩いてきた道を見た。

もう出発地点へは戻れない。F.Hの町並は、とうの昔に水平線の彼方に消えた。太陽の位置でかろうじて時間と方向が分かる。途方もない彼の旅。

疲労した筋肉を軽くほぐすため、手を肩に当てて首を振る。関節の擦れる乾いた音がして、彼は深い溜め息を吐いた。

 

 

 

 ライン ドット

 

ガルバディア軍の、ガーデンへの宣戦布告を受け取った。

2つのガーデンへの、ミサイル攻撃。

発射を阻止するチームと、バラムへ知らせるチームとに分け、それぞれがすべき事を全うするため別れた。

共に、互いの成功を祈って。

 

 

スコールは、彼の教官でもあったキスティスと共に、戦闘に不慣れなリノアを連れてガーデンへと急いだ。

学園内での内部分裂を何とか収め、身を隠していた学園長に指示を仰ぐ。

 

「それでは、君達もみんなに知らせつつ避難してください」

 

学園長の出した指示はそれだけ。

まだSeeDに成り立てのスコールだったが、こんな判断しか下せぬシドに愕然とする。

 

これは戦争だ。

なのに、どうしてガーデンの総力を結集させてでも戦わないのだろうか。

 

彼の温厚さは、普段ならば頼りがいを感じさせるが、今は諦めの境地のようであり、ただの頼りない男に成り下がったように見えた。

 

「私はここで最後まで頑張りますよ。ここは私の家みたいなものですからね」

 

頑張るって何を頑張るというのだ。

自分の家と心中でもするつもりなのか?

 

ガーデンを救おうと、追い立てられるような気持ちでここまで来たというのに。

心が急速に冷めていくのを感じた。

 

しかし、リノアの反応は違っていた。

 

「ダメよ、シドさん!ガーデンはまた作ればいいけど、シドさんはひとりなのよ!」

 

ガーデンを捨てて命乞いをしろとでも言うのか。

苦労知らずの家出娘らしい台詞だと、スコールは思った。ガーデンがなくなるという意味が分かって言っているのか。

 

今まで生きてきた全てがガーデンにある。

SeeDを目指し厳しい訓練にも耐え、ようやく念願のSeeDになった彼にとって、リノアの言葉はスコールの心を逆撫でした。

彼にとって帰る家は、ガーデンだけ。

部外者の彼女なんかに、簡単に(また作れ)などと口にして欲しくなかった。

 

 

しかしながら、シドは最後まで戦うつもりであった事は、彼を安堵させ、再び奮い立たせることとなる。

 

「勘違いしてはいけません。試してみたい事があるのです。このガーデンを守る事が出来るかもしれません」

 

ずっと緊張していたのだろう。学園長は足下も覚束ないほど疲労していた。

こんなに小さな体だったろうか?

一人で立ち向かうには、彼は年を取りすぎていた。

孤児院時代からずっと面倒を見てもらっていた「父」のような存在。

 

この背を追い越したのは、一体いつだったろう。

 

 

「何をするつもりなんですか? それ、俺にやらせてください」

 

キスティスは、驚いた顔でスコールを見た。

他人に無関心であった彼が、初めて見せた自発的な姿。

シドの手足となり、ガーデンを救おうと彼は心から望んでいる。

 

ずっと不安そうな表情だったリノアは、そんなスコールを見てようやく笑顔になった。

 

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