(拍手小話より加筆して再アップ)
First Kiss
作 こたつ
エピローグ
椅子に座り、時折手鏡で様子を見ながら、櫛で丁寧に髪を梳く。
出会った頃よりも伸びた黒髪は、少しだけ開けたブラインドから洩れる明かりを受けて輝いている。
艶やかな髪。
半身を起こしたスコールは、ベッドの背にもたれ掛かり、ぼんやりと彼女を見ていた。
久しぶりのオフなので、どこか外に連れて行ってやりたいところだが、部屋に帰ったのは日付を超えており、今日は一日のんびりと休養を取ることが許された。
その前に、ようやく会えた恋人を寝かさないようにしたのであるが。
机に櫛を置く音がした。
寝乱れていた髪は、すっかり整えられ、リノアが振り返る。
柔らかい笑みを浮かべた赤い唇と、大きな黒目がちの瞳。艶を取り戻した黒髪はさらりと色白の顔を覆う。
ずっと見ていた彼を見咎めるよう、軽く睨んで諫める。
かわいらしい顔立ちのため、何の迫力もないけれど、スコールは肩を竦めて苦笑した。
昨夜、いや日付はすでに今日であったが、夜は暗くてよく見えなかった。
夜目は利く方だが、モノクロの世界とは違う昼間の彼女を、目で楽しみたかった。
寝起きの髪のまま、ベッドでくつろぐ彼は、何だか幼く見える。
こんなかわいい彼を知っているのは自分だけであるという事に、彼女は満足した。
小さな独占欲。
空いている場所に身を滑らせ、彼の肩にもたれる。頬に当たる肌の感触が心地よい。
不意に彼女は、彼を見上げて言った。
「ねえ、わたしたちが初めてキスした時の事覚えてる?」
(どれだ?)
思わずそう聞き返そうになり、慌てて言葉を飲み込む。
彼にとっての初めては、彼女の言うものとは違うからだ。
そう言えばまだ彼女には言ってなかった。
水平線に囲まれた、どこまでも続く線路の脇で眠る彼女に口付けたことを。
リノアの声が聞きたかった。
なのに願いは叶う事なく、SeeDとしての自分を捨ててまで彼女を連れ出し、その果てに辿り着いた何もない場所で、己の無力さを感じさせられた。
縋るように触れたリノアの唇。
今、こうして肩に感じる彼女の唇よりも、遙かに体温の低いそれであったが、ほんのりとした温かさは、彼女が確かに生きている証のようで、胸が締め付けられるほど切なかった。
やはりあの時の事は、彼女には秘密にしておこう。
誰も知らない、本人ですら知らないあの時間。
うまく言葉で表現するには、スコールはあまりにも口下手であったし、今はまだ恥ずかしさが先に立つ。
肩に身を預ける彼女に腕を回して抱きしめる。
何の反応もない事に不思議に思ったスコールが彼女を見ると、再び眠ってしまったようだ。あどけない顔で、静かな寝息を立てている。
ちょうど彼が考えていた状況が再現されたようで、スコールは少しだけ不安になった。
静かに眠るリノアを見るのは、今でも時々苦しくなる。
あの時とは、状況が違うというのに。
腕の中で眠る彼女の唇をそっと指でなぞる。
ほんのり開いた下唇に差し掛かると、突然指を噛まれた。
白い歯を立てて、彼の指を噛んだまま、リノアは上目遣いで見ていた。
「ひっかかったな〜」
と、はっきりしない発音でしゃべる彼女に、動揺を悟られぬよう、目を細めて睨んだ。
それも一瞬の事、すぐに二人は肩を揺らせて笑い出す。
悪戯な彼女は、くすくす笑いながら彼の膝の上に頭を乗せて寝そべった。
「せっかく二人で居るのに、そんな顔したバツだよ」
シーツに散った黒髪を一房掬って指に絡めると、質の良い髪はするりとこぼれ落ちる。
「悪かった」
この先、どんなに幸せになろうと、彼のこの不安はついて回るのであろう。
幸せであればあるほど、その影は濃く存在を主張する。
永遠というものはあり得ないのだ。
それでもスコールは、不安から逃れるために欲しいもの、大切なものを掴まない空虚よりも、不安を受け入れ、この手を離さないようにする事を選んだ。
微笑んだスコールは、焦らそうと背を向けて起きあがろうとする彼女を、さっと拘束する。そして膝に乗せて、暴れるリノアを腕に封じ込めた。
「重いな。大人しくしろ」
年頃の乙女に言ってはならぬ一言を聞いて、怒ったリノアが彼の胸を叩く。
この重みは、幸せの重量に等しい。
「スコールのばかーー」
顔を赤くして膨れる彼女とは正反対に、嬉しそうに笑うスコールを見たリノアは叫んだ。
終
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まあ最後はいちゃいちゃ、と。