「おいで」
建物の陰で、震えている小さな動物に気づいたリノアは、しゃがみ込んで手を伸ばす。
激しい戦闘に巻き込まれ、怯えていたんだろう。
「もう大丈夫だから、おいで」
優しい微笑みと、歌うような声。しばしグリーンの瞳でじっと彼女を見ていたが、目の前に差し出された白い手に、猫は爪を立てた。
(痛っ・・・)
一瞬の事。
ずっと怯えていたはずであったそれは、彼女の好意に対し牙をむいた。
斜めに走る引っ掻き傷。
やがて、そのラインは赤く浮き立ち、たちまち赤い血が溢れてくるのを、リノアはぼんやりと見ていた。
気高き獣
作 こたつ
(前 編)
ガ軍のミサイル攻撃を何とか避けたまではよかったけれど、突如飛行艇と化し飛び立ったガーデンは、操縦方法すら分からない状態のまま海に着水し、そのまま漂流した。
フィッシャーマンズ・ホライズン。
流れ着いた先は、海上に浮かぶ小さな島であった。
突然やってきた珍客に、町中の人間が驚いたけれど、こちら側の事情を察してくれたようで事無きを得た。
ただ、ブレーキの効かない巨大な難破船を受け止めた為に、町の一部が損壊してしまう。
けれど、かつて腕を振るったであろう技術者たちの大勢集まるこの町では、久しぶりに大きな修理が出来るという事で、この災難を楽しんでいるようにも見えた。
だから、安心していたのだ。
バラムガーデンの代表として、この町の責任者の元へ挨拶に向かったスコールたちは、手痛い洗礼を受けることとなる。
「それで?いつ出て行くのかね」
開口一番、友好的でない台詞を聞かされ、キスティスたちと共に交渉にやってきたリノアは呆気にとられた。
平和に慣れたこの町では、「暴力は暴力を呼ぶ」という理由から、戦いによる問題解決を嫌っていた。
人の良さそうな老人であったが、巨大なブレードや武器を持ったSeeDたちを見て、軽蔑したような顔をしている。
だが二人は慣れているらしく、修理の協力と理解を申し出て、今自分たちに課せられた役割を淡々と果たしていた。
確かに、駅長の主義と、ガーデンそのものの存在意義は相反するものなのかもしれない。
だが、リノアはガーデンの人間ではなかったが、問答無用で力を否定する老人たちの言葉に傷ついた。スコールをちらりと見ると、無表情ながら青い瞳には少しだけ怒りの色が滲んでいる気がする。
それでも、感情を荒げる事なく黙って駅長の言葉に耳を傾けていた。
普段は孫をやさしくあやすような、何処にでもいるおばさんに見えるもう一人の駅長も、交渉に来た若者を見る目は厳しかった。
きっとこの国は平和なんだろう。
リノアのいたガルバディア、特に中心街のデリングシティは、街を歩けば軍人に出会うほど、巨大で力のある国家を守るため軍部の力が強く、猥雑で殺伐としていた。
出来る事ならば、この町のように平和で皆仲良く暮らしていけるのなら、こんなに幸せな事はないであろう。
寂れた町の、責任者の言葉を聞きながら、リノアは息苦しさに小さく息を吐く。
それでも、人が集まればどうしても諍いは起こるものだ。例え一人一人は良い人間であっても、誰もが自分の意見を持っている以上、衝突が避けられるはずもない。
決して争い事が好きなのでなく、始まりは自分たちを守るための防衛に過ぎなかったもの。
やがてそれは、同じ考えを持つ者同士徒党を組み、争いは大きく複雑になっていく。それが国家レベルに成長して、戦争が巻き起こるのだろう。
(話し合いですべてが解決するのよ)
夢見るような顔で理想を語る老女を見て、なるほどと思う一方で、何て幸せな人たちなんだと感じずにはいられなかった。
話し合いで何でも解決すると言いながら、彼らはガーデン側の主張には聞く耳を持たないではないか。
排他的な人々
これまでも、これからも違う考えの人間を否定する事で、自分たちだけの平和を守るつもりなのであろう。
「な〜んか、ヤなカンジ」
報告のため一度ガーデンに戻る道中で、リノアは盛大な溜め息を吐いてみせる。
成り行きとは言え、部外者の彼女はずっとSeeDたちと行動を共にしてきた。訓練された彼らは、確かに強かった。命令には逆らわず、その身を危険にさらす事さえ躊躇わない。
まさにプロフェッショナルなんだろう。
だが、SeeDの鎧を脱いだ彼らは、ごく普通の10代の若者であった。
暴力を軽蔑する気持ちは分からないでもないが、仲間達を頭から否定するその物言いに、自然と苛立ってしまう。頬を膨らませ、足下にあった小石を蹴ると、敷き詰められたミラーパネルに落ちて乾いた音を立てた。
それを見て、キスティスは苦笑いをした。
「ホント。悔しいわね」
いつも冷静で落ち着いたキスティスでも、駅長の態度は傷つけられたようだ。
リノアは我が意を得たりとばかりに、自分の意見を告げようとしたら、前を歩くスコールがぽつりと呟いた。
「どこでも、歓迎されるって訳にはいかないだろ?」
孤独な背中。
駅長の言葉は正論かもしれないが、幼い頃からSeeD目指してきたスコールたちにとって、それは彼らの生き方全てを否定されたようなものだ。
それなのに、スコールは怒るでもなくどこまでも淡々としている。
もしも、彼の立場だったなら。
リノアはきっと駅長たちと納得いくまで話し合っただろう。
ガーデンにはガーデンなりの正義がある。
そして、武器を持って戦う者たちにだって、彼らの信じる正義があるのだ。
お嬢様育ちのリノアが、ティンバーの市民と共に立ち上がり、レジスタンスの一員となった。
生まれ故郷による侵略、苦しむ人々
事実を知った時、恥ずかしいと思うと同時に憤りを感じた。未だリノアは自分の出身地に関する話を、仲間たちには知らせていない。とても本当の事など言えなかった。
彼らはみな彼女を信じてくれていたし、リノアも心からティンバーの独立を願っていた。
話し合いで解決するのならば、何故あんなに大勢の人間が苦しまねばならないのだ。
そういう戦いだってあるのだと、平和慣れした老人たちに言ってやりたかった。
「もう行くぞ」
それなのに、スコールは冷静で、言い訳一つする事なく受け止めた。
心ない言葉
きっと彼だって傷ついているはずなのに。
キスティスは優しく微笑み、何か言いたげなリノアの頭をそっと撫でてくれた。
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