「そいつは一人でいるのが好きなんだ」

 

気付けば、猫はどこかへ立ち去っており、しばらくリノアは身動きもせずそのままだったらしい。

手のひらが痛い。

愛犬が心配そうにリノアの手を舐めてくれるのを、無言で見つめる。

 

「半端な愛情なんて、最初からない方がマシなんだろ」

「そんなつもりで・・・」

こちらが愛情を掛けることで、それに等しいものを受け取る。そんなつもりで、猫に手を伸ばしたのではない。

ただ、怖い思いをして怯えていた小さな獣を、安心させてやろうと思っただけだ。

 

「・・・・そんなヤツなんか放っておけばいい」

彼の深い溜め息を聞きながら、傷ついた手を片手で包み込み、リノアはゆっくりと頭を垂れた。

 

 

 

気高き獣  

 

作 こたつ  

 

 

 

(後  編)

 

静かな町は、一瞬にして喧噪に包まれる。

侵略者たちは遂に、寂れたこの孤島にまで押し寄せてきたらしいと、町の男に聞いた。

ガルバディア軍

確かにそう言っていた。

リノアの脳裏には、ずっと敵だと思っていたデリング大統領の亡骸が浮かぶ。

あんなに憎んでいた敵を、彼女の目の前で美しい女は笑いながら処刑してしまった。

 

軍事力では他国の追随を許さないガルバディア軍。

それを魔女と名の付く、恐ろしい女はいとも簡単に手中に収め、その野望を叶えるため鋭い牙を剥いた。

 

(話し合いで解決するのよ)

そう告げた時の余裕は何処にもなかった。

突然の軍隊襲来によって、女の駅長はパニックに陥っている。

狼狽えながらも、相変わらず話し合いで解決出来ると信じるドープ駅長は、果敢にも侵略者たちとの話し合いに臨もうとしてた。

夫の危機を感じたんだろう。

すっかり我を見失った女は、様子を見に来たスコールたちを睨み付けた。

 

「あんた達のせいだよ。責任を、責任を取りなさい」

 

(お互いに理解し合えれば、戦いなんて必要ないでしょう?)

そう言って、武力全てを否定したというのに、想定外の出来事が起こった途端、嫌っていた武力で、それも責任を転嫁する事によって、このトラブルを解決させようとしている。

 

何て勝手なんだろう

 

今までのリノアだったなら、同じ事を考えたかもしれない。

だが短い間とはいえ、スコールたちと旅をしながら、言った事を為し遂げる事の大変さを、身をもって実感していた。

ティンバーの独立。絶対成し遂げたいと仲間と力を合わせてきたけれど、強大すぎる敵の前では何の抵抗も出来なかった。一世一代の覚悟で臨んだ大統領暗殺計画も、SeeDの力なしで実行に移せなかっただろう。

 

自分の手を汚さず、己の信念だけを貫き通す。

リノアは腹の底から怒りがこみ上げるのを感じた。

 

だが、キスティスは交渉に向かった駅長を気遣っているようだ。

「心配だから、追いかけましょう」

どこまでも冷静な彼女の言葉に、リノアは我に返る。

ガ軍が攻めてきたのはここにバラムガーデンが漂着したから、という可能性に気づいたからだ。

 

走り出すスコールとキスティスの背中を見ながら、リノアは女を振り返る。

 

出来ることならば、話し合いで解決出来ればいい。

 

それでも、どうにもならない事が世の中には存在するのだ。

 

「駅長さんは、きっとスコールたちが助けてくれるから、一緒に行こうよ」

女の少しだけ安心した顔を見て、リノアも後を追いかけた。

 

 

ある目的を持って侵略してきた者たちは、ここに目指すものがないと知るや、冷酷な判断を下した。

「町に火をつけろ」

話し合いなど、最初から無駄だったのだ。

駅長は言葉もなく地面に座り込み、体を震わせている。

(ひどい・・・)

お年寄りに対して、あまりに非情な仕打ちをする兵士たちに怒りがこみ上げる。美しく残酷な女は、何もないこんな辺境の町さえ、身勝手な理由で焼き払おうとしたらしい。

 

ずっと黙って見守っていたスコールは、不意に駅長の前に立ちふさがる。

戦いを覚悟したリノアは、武器を構えた。銃や剣を突きつける兵士たちは恐ろしかったけれど、一人乗り遅れるわけには行かなかった。

 

「・・・俺たち」

孤独な背中を向け、まるで独り言のようにスコールは言った。

 

「俺たちは、こんなやり方でしか解決出来る方法を知りません」

 

行くぞ

そう声を掛け、彼は兵士たちに向かって行く。

まるで鬼神のように戦いを挑むその姿を、老人は怯えたような顔で見つめていた。

 

スコールたちに駅長たちの生き方が出来ないように、老人たちもスコールたちの苦悩など理解出来ないのだろう。

 

唇を噛みしめたリノアは、遅れを取り戻すよう駆け出した。

 

 

 

 

この町は、のんびりと釣りが出来るらしく、エサには困らないのか野良猫たちの姿を多く見かけた。

戦争が終わったら、客人としてゆっくり来たいと思った。

 

怯える猫に引っ掻かれたリノアだったが、他の猫を見つけ再び声を掛ける。

「もう大丈夫だよ」

悪い人たちはもういないからね。だから、そんな所に隠れていないでこっちへおいで。

 

ついさっき猫に引っ掻かれたというのに、全く構う事なく再び獣へと手を差し出すリノアに苛立つ。

 

無駄だと言っただろう。

所詮、こちらがよかれと思ってやったとしても、そいつらは感謝する事はない。

どうして手痛い仕打ちを受けたというのに、彼女は名前さえ与えられない小さな獣にこだわるのか。

 

「セルフィたちも戻ったし、行くぞ」

 

どういった経緯だったのか、後でセルフィに確認するしかなかったが、敵だと思って戦った巨大なロボットの中から出てきた、生き別れになって消息が不明であった仲間と再会した。

 

リノアはこれ以上の追跡を諦め、服の汚れを叩きながら立ち上がる。

「スコールさっきさ、(お帰り、会えて良かった)って言ったよね」

何だ、そんな事かと、スコールは眉をひそめた。

 

「スコールの言葉っぽくなかったけど。でも、とっても優しかった」

 

そう思ったから言っただけだというのに。

スコールは仲間の無事を素直に喜び、女子たちは泣き笑いの顔で抱き合っていた。

 

振り返った彼女は微笑んでいたけれど、何故か痛々しい笑顔のように思われた。

 

「さっきの駅長の言葉なら気にしなくていい」

「気にするよ!スコールたちの事、ろくに知りもしないで・・・・」

 

別に感謝されようと思って、ガ軍の前に立ちはだかった訳ではない。

あまりに身勝手な理由で、町を焼き払う野蛮さに少しだけ腹が立っただけだ。

リノアは瞳を潤ませて、悔しそうに唇を噛みしめている。

お嬢様育ちの彼女は、あんな風に厄介者を見るような視線など、送られた経験がないのだろう。

 

「わたしたちだって、好きで戦っている訳じゃないんだよ」

 

彼女の気持ちは分からないでもない。

ただ、スコールはSeeDである以上、そういった視線に鈍感になるしかなかった。

 

「仲間が無事だって分かれば喜ぶし、弱い人がいたら手を差し出す事が出来るのに」

 

「もういい」

 

スコールたちにとっては些細な問題であったのに、彼女は他者に理解されない事を嘆き、スコールたちを庇っているつもりなのだろう。

「・・・俺は平気だから」

静かな声に、彼女は目元をごしごしと拭い、まっすぐスコールを見つめた。

「わたしも平気だよ。あの猫はきっとびっくりしただけだし、それに元気になったもん」

 

相変わらず彼女は理解できない部分がある。

真面目なのか、不真面目なのか。優しいのか、それともお節介なだけなのか。

 

それでも、戦う彼らのために心を痛めてくれた事は、決して嫌ではなかった。

 

傷を負った方の手首を掴んで、怪我の様子を見た。

きれいな手のひらに、赤く醜い傷が数本走る。その手を持ったまま、目を閉じた彼は呪文を唱えた。

疑似魔法をかけられたリノアは、目を丸くしてスコールを見つめる。

 

「念のため、カドワキ先生に見てもらえ」

「うんっ」

 

たちまち笑顔になるリノアに気付き、訳もなく動揺する。

悟られないよう、彼はぶっきらぼうに告げて歩き出した。

 

 

「・・・ねえ、もしもわたしがセルフィだったらさ」

後を追いかけながら、リノアは問う。

 

「もしわたしが無事帰ってきたら、スコールは(おかえり)って言ってくれる?」

 

当然だろう。

そう言おうと思ったけれど、何故か彼は照れくさくなり、質問に答える事はなかった。

 

「みんなが待っているから、急ぐぞ」

 

 

何なんだ

どうしてリノアはそんな事を聞くんだ

 

潮風に晒され、錆付いたクレーンを遠くに見ながら、スコールはふと浮かんだ疑問を考えていた。

 終    

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