エスケープ

作 こたつ   

 

 

 

 

1.

 

魔女戦争も終わり、ようやく元通りの生活に戻れると思っていた。

しかし、全てを出し尽くし、放心状態のスコールを待っていたのは、ガーデンの司令官という地位であった。

まだSeeDになったばかりだというのに。

そして、ただ成り行きで指揮を執っただけだというのに。

他に人材がいない訳ではなかった。先輩SeeDは居たし、シュウやキスティスといった逸材がいる中で、どうして自分がと戸惑いを隠しきれなかった。それに

 

スコールにはもう一つ肩書きが出来ていた。

 

魔女の騎士

 

彼のライバルが騎士になったと聞いた時、何も感じなかった。ただSeeDになる事を諦め魔女の犬に成り下がったのかと冷めた瞳で見ていた。何故そんなにも誇らしげでいるのかと不思議ですらあった。

なのに、いざ自分が騎士になってみると、あまりの責任の重さに時々胸が苦しくなる。

彼は初めて関心を持った少女を守りたいと思っただけなのだ。

昏睡してしまった彼女の声が聞きたくて、宇宙までエルオーネを追いかけて行った。特殊な能力のある姉を。

 

最初から決まっていた運命。SeeDになる事、そして世界を破滅させようとする魔女を倒す事。

 

他人からそう決めつけられる事が嫌で仕方なかった。ずっと孤独に生きてきて、ようやく念願のSeeDになり、自分一人の足で歩いて行けると思っていた矢先の出来事。

人前で感情を露わにする事などなかった彼だったが、続けざまに降り掛かる過酷な運命に、叫び出したい程の苛立ちを感じた。

 

なぜ俺が・・・・

 

人に期待されるのが我慢できなかった。

 

彼は何も知らない、なのに周囲は能力以上の期待を込めて縋り付く。人を頼ることなく生きてきた彼は、頼られるという事に戸惑い、そして半ばヤケ気味に困難に立ち向かうしかなかった。

これまで何とかやってこられたのは、彼の能力が優れていた訳でなくただ、運がよかっただけだ。

もしこの判断が間違いであったなら、どうやって責任を取ればいいのだろうか。

 

背中に大きな荷物を背負わされている気がする。その重さに息切れを起こしそうだ。

それでも、彼を頼る者は後を絶たぬ。断ち切れぬ螺旋。

 

 

スコールはふと書類を書く手を止める。

責任者として、一体何枚の書類に目を通しサインをしたのであろうか。机を一瞥すれば、積み上げられたファイルが音を立てて崩れそうに見える。元々几帳面な性格であったが、整理する気力もない。やった傍からまた新たな書類が舞い込み、スペースが埋め尽くされるだけの話。

 

どうでもいい

 

頭に浮かんだ言葉。それはあまりに投げやりなものであったが、彼はその感情に逆らえなかった。

無言のまま立ち上がり、何事か声を掛ける同僚を無視して司令室を出て行った。

 

 

 

まだ授業がある時間帯だ。たまたま休憩時間らしく、どこへ行っても学生たちの姿がある。

SeeD、その上司令官でもあるスコールを遠巻きに見ている視線を感じ、息抜きの場所もないのかと苛々した。

自室に籠もるという手もあったが、すぐに居場所が分かって追いかけられるのが嫌であった。

一人になれる場所を求め、自然と人気のない中庭の奥へと誘われる。

厳しく訓練されている彼は、こんな時でも背筋を伸ばし足音を立てる事無くひたすら足早に歩いた。

 

その時、誰もいないと思った中庭の最奥から何やら歌声が聞こえてきて、彼は足を止める。

一体どんな暇人がいるのだろうか。

静かな場所を探しにやってきた彼は、人の気配に踵を返そうとするが、なぜか無性に気になった。そして声の主を確認しようと、気配を殺して近づいて行く。

 

まず見えたのは茶色の毛並みの動物。そして青い色の衣。

闖入者の存在に気付くことなく、のんびりと鼻歌を歌っている。初めて聞いたけれど、とても綺麗な声であった。

 

彼女を知っている。いや、知人以上の間柄だ。

なのに、スコールにとって今、会いたくない人物の一人であった。ふと手を肩に当てて眉間に皺を寄せる。そこには何も無かったが、何故か重みを感じてしまった。

 

気付かれる前に、無言で立ち去ろうとしたのだが、寝ていたと思っていた動物は気配を感じて顔を上げる。そして彼を見ると、嬉しそうに立ち上がって大きく吠えた。

彼にしては失策であった。軍用犬として訓練されているそれは、主が気付く事のない僅かな気配を感じ取る。

 

「スコール?」

 

長い黒髪を揺らして、リノアが振り向く。

驚きに見開かれていた漆黒の瞳だったが、彼を確認するや柔らかく眼差しが溶けた。

木の根本に座る彼女だったが、木洩れ日を浴びて白い肌が浮かび上がる。先程の苛立ちも忘れ、彼はしばしその色に魅入ってしまった。

歌声を聞かれて恥ずかしかったのか、頬を染めたリノアは、誤魔化すように苦笑いをする。

 

「久しぶりだね」

 

言われて初めて気が付いた。この前彼女の顔を見たのは何時だったろう。仕事に慣れようと必死で余裕がなかったのもあるが、学生達ばかりがいるガーデンでリノアと会う場所がなかった。人目に付くのも嫌であったし、何となく彼の方が距離を置いていたのかもしれない。

そういえば、ずっと何をしていたのだろう。ようやく、会ってなかった彼女の日常が気になった。

 

リノア

魔女になってしまった彼女は、戦後一時的にガーデンで保護されている。彼女の処遇は、これから各国の要人が決定を下す事になっている。力が暴走する危険もあるが、何者かに狙われる懸念もあった。

そういう点で、ここはとても安全な場所だ。仮に侵入者が入り込んでも、SeeDやSeeDになるべく厳しい訓練をしてきた屈強の者がいるため、彼女に危険が及ぶ事は皆無であろう。

 

長い髪を揺らせて走ってきたリノアは、戸惑ったまま立ち尽くすスコールの手を取った。

何気ない行動。

なのに、白い腕と細い指先の感触に鼓動が早くなるのを感じる。

何故か慌てた彼は、咄嗟にその手を振り解いてしまう。

 

行き先のない指先が力無く下ろされた。

 

見れば、リノアは萎れた花のように寂しそうな顔になる。決して嫌だった訳ではないのに、思わず取ってしまった行動と傷つけてしまった後悔で、再び苛立ちが戻ってきた。

気まずい沈黙。

手を握りしめたまま立ち去ろうとした刹那、リノアは手を後ろに組んで彼を覗き込んできた。

そこに先程見せた憂い顔など、どこにもなく、悪戯っぽい顔で彼女は言った。

 

「そこじゃあ暑いでしょ?あっちの方が涼しいよ」

 

その言葉で、初めて彼は初夏の日差しに気付いた。冬用の厚い生地のSeeD服では重く、そろそろ衣替えの季節であろう。

「少しぐらいならいいでしょ。ちょっと休憩〜」

そう言って、今度は強引に腕を引っ張られた。

 

 

 

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