エスケープ

作 こたつ   

 

 

 

 

3.

 

ガーデンという所は何て広いのだろうか。

好奇心旺盛なリノアは、学園内を隈無く探索した。

とは言え、SeeDでも候補生でもない彼女だったので、エレベーターに乗って行く場所以外に限られたのだが。

有り余る時間のほとんどは図書室で過ごした。本も好きであったし、ここには司書をやっている友だちがいる。人と触れ合う事が好きだったので、誰かと話したかった。

そうするうちに、少しずつ友だちもできた。ここにいる者ならば、リノアの事情を知っており、笑顔で受け入れてくれた。候補生ならば時間も規則的であり、一緒に食事したり、休み時間におしゃべりしたりできる。

 

しかし

 

時間がくれば、どの子も行くべき場所へと散らばってしまう。

取り残されるリノアは笑顔で見送るが、何だか胸が苦しかった。この場所にいなくてはならぬ義務がある。なのに居場所がない。そして、どこかへ行ける自由もない。

 

立っている場所がとても脆く感じて、彼女は逃げるように歩き出した。

 

校内は見尽くしたので、今日は中庭を散歩する。一歩外へ出ると、強い日差しに彼女は天を仰いだ。

「もう夏かあ」

ガルバディア育ちのリノアが夏の暑さを知ったのは、ティンバーに来てからだった。その日差しの強さに閉口したものの、どこか開放的であり、元気のよい彼女は嫌ではなかった。ただ色白であったため、日焼けには気を付けなくてはならなかったが。

 

「アンジェロっ、今日はあっちに行こう」

 

適当に指さした方向へと歩き出すと、愛犬は楽しそうに走り回った。

ガーデンの中とはいえ、広々とした庭には木や花がたくさん植えてあり、彼女は清浄な空気を胸一杯吸い込んだ。

 

 

校舎の中、特に食堂にいると仲間たちが入れ替わりやって来ては、彼女に声を掛けてくれる。

魔女戦争の英雄たちは、日常に戻っても忙しいらしく、慌ただしく食事をしてすぐに去っていく。そんな貴重な時間、リノアに気を遣い楽しい話をしてくれる。

 

とてもありがたい。

なのに、心が沈んでいくのを感じてしまう。

行くべき場所へと去っていく仲間を見るたびに、思い知らされるのだ。

 

自分は魔女であることを

 

力は何の発露もない。なのに、どこへも行けないという不自由さは、強制的に魔女である事を自覚させられてしまう。

 

落ち込むリノアを見て、親友は心配そうに見上げて小さく鳴いた。

家出をしてからずっと一緒にいてくれた愛犬。魔女戦争中も、終わってからも彼女だけは傍にいてくれる。

柔らかな毛並みを、梳くように撫でると、気持ちよさそうに目を閉じた。

今はこの子だけがリノアを守ってくれていると思うと、切なくて涙が零れそうになる。

 

 

中庭の最奥。高い壁がそびえ立ち、外部との境目になっている。

ここから先は自分の意志で出ることはできぬ。

とはいえ、何処かへ行きたいという強い目的があるわけではなかった。ただ、この向こうにある海に、好きな時いつでも行けたらいいのにと思う。

 

頬を撫でるこの潮風はどこから来るのか、それを確かめたいだけ。

 

そろそろ海に入っても寒くはないだろうか。

リノアはとても海が好きであった。彼女の故郷でも車を走らせれば海に行けたが、暑い時期は短く、その上お嬢様育ちの彼女には、誰も連れ出してくれる人がいなかった。

初めて見たバラムの海は、穏やかで綺麗だと思った。この時期の海は、緑色が淡くとても美しい色であろう。

目を閉じて、彼女は空想する。

 

空の青と、海の色。

 

楽しい事を考えようと思うのに、何故か心は憂う。

アンジェロは座り込むリノアの傍を離れなかった。大切な友だち、リノアの騎士。

 

彼女には、もう一人騎士と呼べる存在が出来た。

なのに、今彼はここにはいない。

 

まだ戦後の混乱で、ガーデンの司令部はとても忙しいらしい。スコールは重要な地位に就き、SeeDたちを指揮していると聞いた。みんなが彼を頼りにしている。

それ故、傍にいて欲しいなどという我が儘が言えるはずもなかった。

安全なガーデンの中。友だちも出来たし、部屋も与えられた。

何不自由のない生活、不平不満など申し訳なくて口に出せない。

なのにリノアは満たされなかった。

 

魔女になって絶望し、一度は封印を望んだ。それでも、こうして生きているのは、偏に彼が求めてくれたから。

(魔女でもいい)と言ってくれた。

嬉しかった。

 

しかし、全てが終わって待っていたのは、彼と離ればなれの生活であった。

同じ場所にいるのに。

彼がとても遠くに感じた。

 

 

アンジェロが心配そうに見上げる。愛くるしい黒目、弱々しく微笑むリノアは、その頭を撫でて応える。

「スコール、わたしのこと」

続きを言おうとして、彼女は唇をぎゅっと噛みしめる。言葉にしたら本当になるような気がした。

人目を憚らず泣ける場所を求めて、ここまで来た。

しかし、彼女は必死で涙を堪える。泣いたら二度と立ち直れないであろう。

 

大きく息を吐いたリノアは、嗚咽の変わりに何かを口ずさむ。

遠い昔に聞いた曲、途中から歌詞が分からなくなり、あとは鼻歌でメロディーを追っていく。

愛犬の名を呼び柔らかい毛並みを撫でながら、大きな木に体を預ける。

 

(この歌が届くといいな)

 

他愛のないまじない。最後まで歌いきれば、彼が現れるかもしれないと彼女は願う。

 

今頃はきっと司令室で忙しく働いているのだろう。そんな彼が来る確立などゼロに等しい。

それでも、リノアは来て欲しいと思った。

何の確証もないおまじない。そんなものに縋りたかった。

 

真面目な彼は手を抜くことなく、その身に降り掛かったもの全てを真正面から受け止めているのだろう。

そんなに頑張らなくてもいいのに。それじゃあ、いつか壊れてしまう。

魔女の騎士だって、何も特別な事をして欲しいわけではない。魔女でもあるリノアの望みはとても簡素だ。

それ以上に、彼女は疲れ切った彼を癒してやりたいと思っていた。

互いに欠けて足りないものを埋められたら。

もしも騎士である事が重荷であると感じるのならば、何もしなくていいと言ってあげたい。

重たい責任を一身に背負わされてしまった彼の力になりたいと思っていた。

壊れる前に、来て欲しい。

 

会いたいな

 

歌ももうすぐ最後の小節だ。何かに気付いたアンジェロが顔を上げて大きく吠える。

あと少しなのに。おまじないが完成するというのに。

 

 

振り返ったリノアが見たのは、ずっと心に描いていた蒼い瞳であった。

 

彼女の大好きな海の色。

 

塀の外には出られないけれど、そこでいつだって存在する蒼。

 

 

泣き出したくなるのを必死で堪え、リノアは彼の名を呟いた。

 

 

 

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