エスケープ
作 こたつ
4.
縋るように触れた手は、彼の拒絶によって振り払われた。
やっぱり、スコールは
彼女はその手をぎゅっと握りしめる。
おまじないが効いたと、ただ嬉しかっただけなのだ。自分の決めた子供のお遊び。最後まで歌いきれば彼が現れるかもしれないと。
ずっと彼に会いたかった。
それならば、自分の足で彼の所へ行けばよい。以前の彼女であったなら間違いなくそうしたであろう。考えるよりもまず行動した無邪気だったリノア。
だが、もうかつての自分のように奔放ではいられないと思った。
何より、彼の居る司令室への壁は高く、近づくことすらできない。戦争中はとても仲良く行動出来た仲間達も、日常が訪れ、こうして彼らの領域に入ることで、彼女は部外者であると自覚せざるを得なかった。ガーデン生でもない彼女が入る事の出来ぬ場所で、皆は失われそうになった時間を修復するためにとても忙しかった。
弾き出されたリノアには、何もする事がない。
こんな時に、身勝手な理由で我が儘を言っては、嫌われてしまうと思った。
こうして消極的に彼が行動を起こしてくれるのを待つだけ。
そして、寂しくて泣きそうになった時、スコールは来てくれた。
例え偶然でも、彼女は嬉しくて仕方なかった。
幻ではないかと思わず差し伸べた手。
しかし、彼はそれを拒んだ。そして、彼女は確信する。
やっぱりスコールは、騎士になった事に戸惑っている。
魔女記念館やイデアの家で彼が言ったことが嘘であったとは思わない。
しかし、どんなに強いスコールだって魔女などという未知数の力を眠らせたリノアの事が重荷にならぬはずはないだろう。ただでさえ、彼はSeeD司令官などという重要なポストに就いている。
キスティスが、彼のことを完璧主義だと言っていたのを思い出す。
司令官と騎士、そのどちらも一人が請け負うにはあまりに重すぎる。
このままでは、近い内に彼は潰されてしまうだろう。
魔女である運命から逃れられないリノアには、スコール以外の騎士など考えられない。魔女に騎士は不可欠であり、リノアは一人取り残される事も怖かったけれど、それ以上にスコールが心配であった。
彼女の窮地に現れて、何度も何度も助けてくれたとても大切な人。だから、リノアは力になりたいと強く願っていた。
会えない時間。
いつだって、スコールの事が頭から離れたことはない。本を読む時、お友だちとおしゃべりする時。そして、不安に押しつぶされそうになった時は、いつでも思い出しては自分を奮い立たせていた。
彼女の心を捉えて離さない蒼い瞳。今、その眼差しが自分ではない他の事柄に向けられているのが寂しかった。
彼が彼女の隣にいない訳。
理由は分かっていた。
だがその結論はとても彼女を傷つける刃であり、思い浮かんでは打ち消すという螺旋の中にいた。
そして今、彼の拒絶でずっと避けてきた考えが現実になってしまった。
ここで泣き叫び醜態を晒したならば、少しは気が晴れるのだろうか。だが
ずっと他人の存在を否定してきた彼に、負の感情を爆発させても受け止める事は不可能であろう。
恐らく、彼は何処かに行ってしまうと思った。リノアの手が届かない所へ。
それに命の恩人でもあるスコールに、これ以上の負担を掛ける事は彼女の望みではなかった。
まだわたしはがんばれる
こうして会えただけでも嬉しいと思う。だからリノアは微笑んだ。
空からは汗ばむほどの日差しが照りつけている。こんな時に涙は似合わない。見れば、堅苦しいSeeD服を着たスコールは珍しく顔が上気している。
暑いなあ・・・
どんなに気持ちが沈んでも、この太陽の下ならば気付かぬふりをしてやり過ごせそうだと思った。
だから、元気よく彼の腕を取り、木陰へと誘う。そこならば涼しいし、この季節海から吹く風がとても心地よい。
彼女の反応が予想外だったのか、スコールは戸惑っているようだ。立ち直りが早いのが取り柄。
泣くのはいつでもできる。今は忘れて再会の喜びに浸りたいと思った。
話したい事はたくさんあった。なのに、何故か言葉が出てこない。
照れ隠しにアンジェロを構って誤魔化していたが、スコールの視線を感じて少しだけ姿勢を正す。
久しぶりに会ったと思ったけれど、実際はそんなに日数は経ってないのかもしれない。
それでも、彼女の知る彼よりもやつれ、疲れているように見えた。
まだ彼女と同じ年だというのに。
運命というものは、本人が望まなくても容赦なく降り掛かるものだ。逃れたいけれどその術がない。
鎖のようにがんじがらめにされて身動き一つ出来ない気がする。リノアが感じているように、スコールも追いつめられているのかもしれない。
どこへも行けない二人
何という息苦しさ
だが同時に潰される訳にはいかない。
わたしはまだがんばれる
「時々こうやってわたしの所に逃げ出してくればいいのにな」
自分にはいつでもその準備が出来ている。
彼女は泣くのを必死で堪え、笑顔で彼に告げる。
世間から弾き出された彼女だからこそ、孤独な彼を受け止める事が出来ると思った。
ずっと強張っていた彼の肩から力が抜けていくのが分かる。二人っきりでいられる貴重な時間、せめてその間だけでも穏やかな気持ちでいて欲しいと思った。
すると、彼は予想外の行動をとり、驚いた彼女は思わず顔を赤くした。
手を着いて長身を屈めると、彼女の視界一杯に会いたくて堪らなかったスコールの顔が見えた。
脳裏に浮かんだのは、魔女戦争が終わってから開かれたパーティの夜の事だった。
降るような星空を見上げて、見つけた流れ星。彼との出会いもこれが始まりだった。嬉しくなった彼女が指さして微笑むと、恐らく誰にも見せたことがないくらい無邪気に笑うスコールが見えた。
あの時の思い出は、暗闇に堕ちそうになる彼女を何度も現世へとつなぎ止めてくれた。力強い腕、そしてぎこちないキスとほのかな体温。
「スコール・・・・」
万感の思いを込めて、彼の名を呟く。
リノアを見つめる彼の瞳、やはりバラムの海の色に似ていると思った。何て綺麗なんだろう。
会えない間、このまま彼とは疎遠になり、触れ合うことが出来なくなると恐れたのは一度や二度ではなかった。
もしかしたら夢かもしれない。どんどん近づく彼の顔を最後まで見届けたかったけれど、何だか恥ずかしくて彼女は目を閉じた。頬に感じる指先の感触、その後一瞬だけ触れた唇。
嬉しくてリノアは目を開けることが出来なかった。
今彼の顔を見たら、泣いてしまうと思った。
一体どうして自分はこんな所にいるのだろう。
誰かを殺めた訳でなく、ただ魔女の器として力に選ばれてしまっただけだというのに。自由を求めて、堅苦しい家から外に飛び出した。
なのに、何故彼女はこうして自由に泣くことも出来ずに、この園に縛り付けられなくてはならないのか。
「このまま、どこかへ行っちゃおうか」
普通の恋人同士とはどんなものだろうか。彼女に繋がれた枷を外して、スコールと唯の恋人になりたいと思った。ガーデンに居る限り、魔女と騎士という目で見られる事からは逃れられぬ。その身の安全とひきかえに。
ならば、死を覚悟して飛び出せば、この重い荷物から解放されるのだろうか。
一緒に行ってくれないかなあ
魔女になったリノアに何が起こるのか分からない。だが、スコールがいれば大丈夫だと思った。
まるで子供のように無邪気な考え。できるはずがない。
いつものように冗談めいた口調、しかし彼女は本気でそう思った。
「・・・それもいいな」
笑われるだろうかと思っていた。
SeeDとして厳しく訓練されている彼が、まともに受け取るはずなどないと。
しかし、意外にも彼の返答は肯定であった。真面目な彼だというのに、一体どうしたというのだろう。あっけなく彼女の幼稚な提案に乗ってくれた。
何だか可笑しかった。
なのに、目蓋が熱くなり、頬を涙の粒が伝っていく。
もう少しだけがんばれると思っていたのに、体が震えて涙が止まらなかった。
「目を開けてくれないか」
きっと酷い顔をしているだろう。見られるのは嫌であった。
いつもの軽いジョークではないか。どうして聞き流してくれなかったのか。リノアは力無く首を横に振る。
二人でガーデンを出るなどと、許されるはずもないし、実行する勇気すらない。
だが、スコールは涙を拭い、そっと頬に触れながら、請うように言った。
「リノア、頼むから」
まるで消えそうな声に、ようやく彼女は目を開けると、不安げだった彼がホッとするのが見えた。
その姿は何だか幼い子供のようだ。
気付けば、彼の腕の中できつく抱きしめられていた。広い胸に体を預け、しがみつくようにして腕を背中に回す。自分とは違う逞しい体つきがとても頼りがいがあり、そしてずっと不安に怯えていた彼女に安心を与えた。
悪かった、と切なげな声が聞こえる。彼女は必死で首を振った。
戸惑っていたのは彼女も同じ、こうして触れてくれるだけで心が満たされるのを感じる。
改めてスコールの事が好きだと思った。
リノアが一番居て欲しい時には、必ず来てくれる。
例え偶然でも。
もしかして運命という見えない糸で繋がっているのだろうか。本当ならば嬉しいのに。
腕の力が強くて息も出来ない程だったが、避けられていたと感じたあの時の辛さとは比べものにならなかった。不器用な抱擁は、彼が感情を露わにする存在である証に思えて、こんな時でもリノアは喜びを感じていた。
これからも、こうして二人は前進と後退を繰り返しながら少しずつ進んで行くのだろう。
焦る事など何もない。スコールが傍に居てくれる限り、まだがんばれるとリノアは思う。
樹上からは、眩いほどの陽光が照りつけてきた。
木の影が先程よりも濃くなっていく。
今頃候補生たちは授業中だろうか、それとも訓練しているのか。
ガーデンの最奥、誰も来る事のない木陰で、二人は唯の恋人同士になる。
間近で見えるスコールの瞳は、初夏の海を思わせた。リノアの大好きな色。
今度は先程よりも深く口付けられて、彼女も精一杯応えた。
重たい荷物を背負ってしまった恋人たちが壊れないための大切な儀式。
行くことの出来る境界まで、逃げてきた二人の逢瀬。
誰も見る者などいない、唯一の存在アンジェロを除いて。
新しい騎士の登場で、出番を失ってしまった気の毒な彼女は、仕方ないとばかりに少し離れた場所で横たわり、耳を伏せた。
終
も〜〜〜しよろしかったら、過去に掲載したお話に飛んで頂けると嬉しい。「逃避行」へ →