本 

作 こたつ

 

 

〜図書室

 

本が好きだ。

開くと、そこには違う人生が待っているから。

だから、彼女はページを繰る。

自分ではない誰か。平凡なもの。劇的なできごと。苦しみとそれを乗り越えた喜び。

だから、彼女はページを繰る。

自由、彼女が求めてやまない自由。この時間は、羽を広げてどこへだって飛び立つことができる。

ああ、この本の森は何とすばらしい楽園なのであろうか?

楽しい、楽しい。ここから一歩も出たくなくなってしまいそう。

 

 

「魔女でもいいの」

「魔女でもいいさ」

彼女を守りさえすればいいのだと思っていた。決してその場限りで言ったわけではなかった。

なのに、全てが終わり、日常が戻って来ると、また流れに身を任せるだけでの生活が待っていた。

共に戦い抜いて、激情の果て掴んだ彼女の手は、いつの間にか触れ合う事なく今に至る。気持ちは通じ合ったはずなのに。

いつだって会える場所に居る。だが、時間がない。会いに行くきっかけがない。

他人を拒否し続けた自分にはどうやって会いに行けばいいのか、彼には分からなかった。

乾いてゆく心。ひび割れは、深くなっていくばかりだ。

 

 

午後の会議が夕方まで長引き、予定されていた次の任務の打合せが流れた。

突然訪れた幸運に、同僚たちは喜び、それぞれの場所へ帰って行った。

だが、スコールは与えられた席に深く座り、漠然とその後ろ姿を見送る。

心が乾いている。かさかさと音を立てて地面が乾いてゆく、虚無に飲み込まれそうだ。

 

会議、打合せ、任務、報告書を作成し、また次の任務へ。組み込まれたパズルのように、考えずとも、この身はその全てをこなす術を持っている。

物心が付く頃から、SeeDになる運命だった。例えそれは自分が招いたものだとしても。

その流れに逆らうことなく、ただただ、身体を鍛え、訓練に明け暮れ、必要な知識は全て頭に叩き込んだ。

疑問も持たなかった。そんな人生に。

彼は、いつだって強く望んでいた。ひとりで生きていくことを。

このレールに乗れば、彼の望みは叶えられると。

脇道に寄り道し、脱線することは、彼の中では有り得ぬ事態であった。

なのに、なぜ。

なぜ自分は、組み込まれたパズルを崩してまで、己の暴走を許したのだろうか。

 

電灯のついていない部屋は、暗闇を集め、まるで海の底のようであった。窓から見える明かりはゆらゆらと頼りない。ふと見えた、その光の向こうに見えた何か。

彼は、突き動かされたように、誰もいない海底から浮上すべく、席を立った。

 

 

リノアはガーデンの候補生の制服を着て、図書室にいる。

魔女となった自分は、もう勝手な行動は慎まねばならなかった。

魔女イデアと騎士シドの設立したバラムガーデン。ここでイデアと共に保護される身分となった。

この制服は隠すためだ、彼女の存在を。

森の中の1本の木。

例えその木に恐ろしい力が宿ろうと、廻りに溶け込み見つかってはならぬのだ。

もともと楽観的な性格であった。それでも、今の状況は少なからず彼女の心に影を落とす。

友だちはできた。でも、自由がない。

今の彼女の望みはとても簡素だ。なのに叶えられぬ。

だから、リノアは本の住人になる。本の森で。身を潜めるように。

 

 

会議室を後にしたスコールは、人気のない通路を抜け、エレベーターで1Fへと降りる。

表面上は、いつもと変わらなかったが、内面は爆発寸前であった。

今自分がしなくてはならない事。いや、自分がしたい事。

 

会いたい、彼女に会いたい。どこだ、どこにいる。

 

そう思って、彼女の事を何も知らないという事実に衝撃を受ける。

心はこんなにも彼女の事を求めているというのに。

仕事は要領よくこなすくせに、どうして彼女のこととなると後手後手に回ってしまうのだろうか。

もしかしたら、彼女の心に彼はもういないかもしれない。

それでも、会いたかった。

今、彼女の手を掴まなかったら、この気持ちはどこにも遣り場を失うだろう。

もう一刻の猶予もない。

彼は、彼女と一緒に行った事のある場所から順繰り探して行こうと決め、一歩踏み出した。

 

 

リノアは図書室に居た。

気が抜けるほど、簡単に見つかった。だが、彼女の心はそこにはなかった。

手にしている一冊の本。本に囲まれながら、微笑みを浮かべている。その表情は彼の知る彼女ではなかった。

こんなに儚げな存在だったろうか?

彼の知る彼女は、いつだって笑っていて、まるで太陽のように彼の心を照らしていたのに。

同時に、その神々しいまでの美しさに息を飲む。

 

このままでは、彼女は。

 

周囲を見回す余裕はなかった。つかつかと彼女に近づき、ぐっと腕を掴む。

「スコール?」

消さない。俺がお前の存在を消さない。

驚いて、目を丸くする彼女を抱きしめ、何か言おうとするその唇を塞いだ。

最後に会ってから、どれだけの時間が経ってしまっていたのだろうか。

自分は間に合ったのだろうか。

 

空白の時間を埋めるよう、何度も何度も唇を重ねた。

手にしていた本は床に落ち、その手は彼の上衣を握っている。震える指先。

もう離さない。離したくない。

流されるだけの自分など消し去ってやる。

欲しい物は、この手で掴んで離さない、彼は心の中で叫んだ。

 

彼の頬を濡らす、温かいものに気づき、ようやく彼女を解放する。

涙を流した彼女の濡れた唇から言葉が零れる。

「会いたかった」と。

彼女の涙は、ひび割れた彼の心に潤いを与え、紡がれた言葉は彼に幸福を与える。

「俺も」短くそう答えると、彼女のうなじに手を入れ、先ほどよりも深く唇を重ねた。

本の森は、現実から二人の世界を匿ってくれる。

 

 

「元気だったか」

「スコールの顔見たら元気でたよ」

「間に合ったか」

「どうかな。ちょっと待ちくたびれたかもしれない」

抱き合った体を少し離して、互いの瞳に映る己の姿を確認する。

 

「どうしたらいい?」

「取りあえず、お腹空いたよ。一緒にご飯食べに行こう」

「了解」

 

スコールは、そっと彼女の手を取る。リノアは、細い指先に力を込めて握りしめる。

「それから」

どうするの?彼は鍵を開けてくれた。彼女は自分のすべてを持って飛び込む準備が出来ている。

あなた次第だ。

これだけ待たされたのだ。彼はきちんと彼女に応える義務がある。

「もう離さない」

彼の蒼い瞳が燃えている。その炎でこの身を灼かれたいと思う。

リノアは満足げに微笑み、彼と一緒に本の森を出て行った。

 終

 

 

タイトルへ →本能〜 

「図書室」の続編ですが、大人風な表現が多数あります。お嫌いな方は回避して下さい。

 

 

あとがき

こういう所を三つ編みちゃんに見られているんだろうな。