森 の中
作 こたつ
2.柔らかな手
生徒達が、授業中という時間帯に食堂を掃除する。
規則が厳しい学園だが、そこは数少ないリラックスできる空間なのだろう。普通の町の食堂ほどではないものの床はゴミなどで汚れていたり、机はきっちり拭かないとコップの水滴の後が残っている。
しかし、椅子だけはきちんと机に納められていた。
見渡すと食堂には、わずかだが生徒が残っている。空いている席から順に掃除をしていく。
ふと窓際を見ると、よく見かける黒髪の女の子が、椅子に深く腰掛け読書をしていた。
学園の生徒にしては、少し大人っぽい雰囲気で、さらさらとした黒髪が白い顔に掛かり大層綺麗な子であった。
不意に髪が邪魔だったのか、彼女は傷一つ無いきれいな指先で髪を耳に掛けた。
仕事をしつつ、注意深く観察する。
彼女を見ていると、いつも何かを感じるのだ。敢えて言葉にするならば違和感、だろうか。
具体的に何が違うのかはわからないが。
他の生徒たちは、教科書を広げたり、雑談をしていたり思い思いの時間を過ごしているようだ。
少しため息を吐いて、ふと自分の箒を持った手を広げてみた。
一人ではないにせよ、これだけ、広い学園を掃除するのだ。知れず、手には豆ができ堅くなっていた。
その手を見て、何かが閃く。
焦点の定まらない瞳が、わずかに機動し始めた思考に応えて、自然と顔が締まってくるのを感じる。
カイアは、魔女を憎んでいた。
父親はガルバディアの魔女によって殺された。正確には魔女に、ではない。
彼女を信奉する者たちによって、処刑されたのだ。無実の罪で。
魔女を政治に参入させるという愚行を咎めた罪で、カイアの目の前で父親は銃殺された。
同じガルバディア兵によって。
唯一の身内、物のように崩れ落ちた父の最期が目に焼き付いて離れない。
何もできなかった。
自分が壊れない為に、彼女は魔女を憎んだ。
そのまま反魔女組織の一員として身を置き、そして今、新しい魔女を匿っているガーデンに潜入した。
彼女への命令は、魔女を見つけ出し仲間に知らせる、それだけであった。
その後は、仲間達が魔女を攫うなり暗殺するなりどうとでもするだろう。
自分には関係のない事だった。
夜、皆が寝静まった頃、部屋を抜け出し、連絡場所へと向かう。
信号を送る場所は、日によって変えていた。同じ場所では疑う者もでるだろう。
今宵は、2階の会議室テラスであった。息を潜めて、部屋に潜り込む。使用されてないというのは予めわかっていたが、油断は禁物である。足音を消してテラスへ続く扉へと近づくと、暗闇の中、誰かがいる気配がした。
思わず声が出そうになるのを必死で堪える。
心臓の音が頭の中で鳴り響いているようだ。音がしないよう小さく息を吐く。
そして意を決して窓の外をそっと覗き込んだ。
見えたのは、風になびく髪。女だ。
咄嗟に、食堂でよく会う少女のことを思った。
ガーデンという温室でぬくぬくと生活している少女たち。
自分は、すべてを失った。
なのに、さして歳の違わぬ彼女たちなのに、温室の中で暮らし、あろうことか魔女を匿っている。
何て不公平なんだろう。
怒りが全身を支配した。少女はテラスに腕を乗せて、どこか遠くを見ている。こちらの存在に気づいてはいないようだ。
このまま、自分が彼女の背を押したならば。
もう自分を苦しめる悪夢から解放されるはずだ。
快楽にも似た感情で、そっと音を立てぬようテラスへの扉を開く。
「スコールからの連絡はまだなの?」
キスティスは、司令室にて情報収集に忙しかった。
突然極秘で入った情報。魔女の暗殺計画。
ガルバディアの地下組織で、さして大きくはないが狂信的な反魔女思想であり放置するには危険であった。
魔女戦争以来、ここバラムガーデンでは「魔女」を匿っているというのは、一部公にはなっている。
だが、その個人情報は全て極秘であった。一部の首脳クラスの者を除いて。
暗殺計画が実行されるとしたら、ガーデンに潜入し、魔女を見つけ次第暗殺といったものになると予測される。
そんな事させない。
これは、ガーデン対テロ組織との戦争だ。
しばらく教職に就いていたキスティスだったが、がらりと表情を変え、SeeD の顔になった。
隣で端末を叩いていたセルフィが、何かを見つけた。
普段は暢気な彼女だが、仕事は早い。伊達にSeeDではない。
飛び込むような勢いで画面にかじり付き、彼女の指さす箇所を目で追う。
「早速ガーデンのネットワークで全校に回してちょうだい」
緊急かつ極秘でね、そう言って次の指令を出すため、踵を返した。