森 の中
作 こたつ
3.対峙
外の風は思ったより強く、静かに扉を開けるのは困難であった。
だが、今のカイアにはどうでもよいことであった。
突然の訪問者に、少女は驚いた顔で振り向いた。
それは、果たしてカイアの思い描いていた少女であった。
長い黒髪、闇を思わせる瞳。そして白い肌。
思い描く魔女のイメージとは違い、どこか温かいような懐かしい雰囲気になぜか戸惑う。
先ほどの、恐ろしいまでの殺意は霧散してしまった。
「あなたも眠れないの?」
カイアの存在を咎めるわけでもなく、暢気な口調で少女は再びテラスの外を見つめる。
眠れない?
未だに血にまみれ倒れた父親の姿が彼女を苦しめる。
何も映さないガラスのような目、どんどん冷たくなってゆく体。父に駆け寄った彼女は肩を撃ち抜かれた。治療は施されたものの、以前のように自由に動かすことは難しく、古傷は今でも痛む。
心から安心して眠ったことなどなかった。
あの日を境に。
「わたしもガルバディア出身なんだよ」
突然発せられた言葉は正鵠を射ており、激しく動揺する。
なぜ自分の出身地を知っているのか。取り繕う余裕もなかった。全てを見透かされているような心許なさだった。
そんなカイアに構うことなく、少女は続ける。
「子供のころはいいトコだったんだけどねえ。変わったよね」
そう思わない?と、隣に立ったカイアを見て微笑む。何もかも包み込むように優しく。
子供の頃は楽しかった。夏の短い土地ではあったが、郊外に緑はたくさんあったし、川は流れ花は咲き、軍人だった父が休みの日には、よく遊びに連れて行ってもらった。
傍らに母はもういなかったけれど。
それが、どうして。
先ほどの、自分の発した殺意を思い出し、体が震えてくる。
一体いつから自分はこんな風になってしまったのか。
「あの頃に戻れたらって、時々思うよ」
ハッとして、魔女と目星を付けた少女を見ると、自分と同じ黒い瞳が潤んでいて、僅かな光を映し込んでいる。長い艶やかな黒髪が風で乱れるが、彼女の美しさを損なうことはなかった。
じゃ、ごゆっくり、そう言って少女はカイアの肩を叩き立ち去った。
こんなに体が冷えてしまったのに、今日は古傷が痛まないな、とぼんやり思った。
いつまで経っても連絡のない事に対して、組織は次の指令を出す。
猛獣の檻に投げ込んだのだ。捨て駒として。
事が露見して尋問されていてもおかしくない。
刺客はカイアだけではなかった。
「よく会うなあ」
食堂近くの水路脇の通路を掃除していた所であった。
またしても、以前カイアにしつこく質問してきた女の子と会ってしまった。
あんなに熱く魔女の暗殺という使命感に燃えていたというのに、今は火が消えたようにただ与えられた仕事を黙々とこなしていた。
ここ数日、自分が監視されているというのを肌で感じていた。
警告の意味もあるのだろう。隠すことなく、刺すような視線が自分に向けられている。
どうせ、この少女は自分の正体を見破っているのだろう。
ここはSeeDを育てる場所なのだ。自分のような素人なんか歯が立たない。
甘かったのは自分だった。
開き直りにも似た気持ちで、少女と対峙する。
「分かっててアタシに声かけてるんでしょ」
だが、相手は怯まない。何のこと?とのらりくらりとかわす。カイアは焦れてきて
「悪いけど、もう見つけたよ。連絡もした」
どうする?と挑発してやる。本当は連絡なんてしてないけれど。
だが、返ってきた言葉は、何の脈絡もない穏やかなものであった。
「アタシも親はいないんだ」
こんなに明るい性格なのに、と意外に思ったが、同時に自分の正体全てがばれているという事実に思い至り、緊張の糸が切れた。
彼女から視線を逸らし、両手をぎゅっと握りしめて俯く。
「誰かを憎まなきゃ生きていけなかったのっ」
親を、間接的とはいえ魔女に殺され、何もかも失った。
悪の象徴。
だが、魔女を消した所で、憎しみは連鎖しどこまでも行っても終わることがないのだ。
唇を噛みしめ、黒い瞳からは涙が溢れてきた。
誰だって、悲しみや憎しみを乗り越えて生きていこうとするのに。
自分はどこへ逃避していたのだろう。
もう終わりにしたい、そう思った次の瞬間。
圧縮したような音がして、突然カイアの体は崩れ落ちる。
すでに体勢を低く構えていたセルフィが、慌てて彼女の体を観葉植物の影に引きずり込み、木の隙間から発砲されたと思われる方向を見た。
走り去る人影。咄嗟にストップの魔法を放とうとするが、距離がある。
しかし、心配はいらなかった。
ここはガーデンだ。
SeeD目指して日々訓練に明け暮れる候補生がいる森の中のようなものだ。
既に、賊は地面にひれ伏せられている。他にも仲間が居たらしい。別の方角からも何者かを掴まえる音が響いた。
セルフィは満足そうに笑い、思い出したように撃たれた彼女の容態を確認する。
「あかんな」傷を一目見て、眉をしかめる。
苦痛に顔を歪めるカイアは、このまま死なせて欲しい、と力無く呟く。
だが、セルフィは容赦なかった。
「このまま死なせへんよ。アンタには聞きたいことたくさんあるからな」
駆け寄る生徒に、大きな声で叫ぶ。
「早よ、リノア呼んできてっ」