再 

作 こたつ

 

1.眠る娘

 

窓からは春の日差しが降り注ぐ。

今は、部屋の主ともう一人の客人だけが、この暖かさを享受している。

カドワキはちらりと時計を見て、あと30分もすれば、実地訓練から帰ってくるSeeD候補生で忙しくなると思い、窓辺に置いた椅子で猫のようにうたた寝している客人に声を掛ける。

「そろそろだから、準備を手伝っておくれ」

 

ここは、傭兵学校である。世界でも最強のSeeDを育てる場所。

一体何人の子供達がSeeDになることを夢見て、この学園の生徒となり、厳しい訓練を受け、巣立っていったか。

その中でも、SeeDになれるものはほんの一握りにすぎぬ。

ほとんどが、夢破れ、それぞれの人生を歩んで行く。

それでも、誰もが同じ目標を持って日々自分を鍛えている。実践並の訓練だから、ケガも多い。

授業の後は、この保健室は戦場と化す。

 

少し眉毛が動いたような気がしたが、眠りの森の住人となった娘は、覚醒する気配すらない。

やれやれ。

仕方ないね、と諦めの表情でカドワキは立ち上がり、愛用の膝掛けをかけてやる。

「あと20分で起きるんだよ。オオカミたちが帰ってくるからね」

こんな無防備な姿を、他の男の前に晒したなんて知られたら、無口なあの子に何を言われることか。

何かを思い出したように、少し笑う。

再び椅子に腰を下ろし、生徒達のカルテとは別のファイルにあるカルテを広げて、何事か記入する。

校医としてではない、学園長直々に依頼のあったもう一つの仕事。

 

 

眠り続ける少女リノアは、本来学園の生徒ではない。

候補生の制服を身に纏ってはいるが、先の戦争終結以来この学園に匿われている。

ガルバディア出身のお嬢様だと聞いているが、人懐っこい性格で、カドワキを慕い、保健室の手伝いをしてくれる。不器用ながら一生懸命な姿に、生徒達にも受け入れられて来た。

とはいえ、元々の明るい性格に加え、色白の整った顔立ちをしており、笑顔を浮かべると花が咲いたようであった。訓練に明け暮れる男子生徒なんかは、一目で惹かれてしまう訳であったが。

いつも明るく笑顔でいるリノアであったが、彼女はもう一つの名前を持っていた。

 

魔女リノア

 

突然背負うこととなってしまった、逃れられぬ運命。偉大なるハインの末裔、膨大な力。

だが、彼女はそれを受け入れた。魔女である自分。

一体どれだけの葛藤があったのであろう。カドワキには想像するしかない。

 

今広げているファイルの表紙には、「極秘」の押印のみがある。

「魔女リノアの考察」

それが、医師カドワキへの特命であった。体調管理と、何か異変はないのか等々、医者として見た魔女の変化がカルテには細かく書かれている。無論、本人には内密で。

 

最近よく眠るようになった。

春眠暁を覚えず、なのかもしれないが、うたた寝程度でこんなに深い眠りにつくのは何か気になる。

何事か夢を見るようだ。が、内容までは聞いていない。

いずれ自分から話すのを待つつもりだ。

夢を分析するという分野があるが、カドワキには専門外であった。

 

ふと時計を見ると、そろそろ起こさなくてはいけない時間が来たようだ。ファイルを閉じ、デスクの鍵の掛かる引き出しにしまう。リノアを見やると、少し苦しそうな表情をしている。彼女にとってあまり愉快な夢ではなさそうだ。ため息を一つ吐き、覚醒を促すよう手を叩き、大きな声で言った。

「さあ、もうすぐ生徒が来る。スコールに叱られるよ」

 

 

明後日は、リノアがエスタへ召還される日だ。

放課後の時間、もう生徒たちがここへ来ることはないだろう。

カドワキは、保健室の鍵を閉め、椅子に座る。

エスタへの連絡事項を纏めるため、机の鍵を開けて、カルテを取り出した。

宛先は、エスタ魔法研究所魔女部門。

一冊のノートに、特記事項を記入し、情報の交換をする。エスタへ行く時に、同行SeeDへ手渡しして研究所職員のところへ持って行ってもらい、そして返答を記入したものを再び戻して貰うのだ。

エスタという国はずっと鎖国しており、世界各地色々行ったことのあるカドワキでさえも縁のない所であった。

しかし、先の戦争でスコールたちSeeDが潜入し、ようやく沈黙の国は表舞台に立つこととなった。

 

今回報告する事項を纏め、文末に自分の印を押す。印はサイン代わりであったが、カドワキのは名前でなく、花を象った丸い形のものであった。珍しい花模様は、彼女の出身地に群生する赤い花である。

ノートを厳重なケースに入れ、蓋をして鍵を閉める。合い鍵は、エスタの研究所の職員が持っている。

だから、この二人以外の目に触れることはない。この鍵は、ガーデンとエスタ、ひいてはカドワキと職員を繋ぐ橋のようなものであった。

 

 

 

彼氏の名前を出すことにより、何とかリノアを起こすことに成功した。

が、彼女はまだぼんやりと焦点の合わない目をしている。寝起きの悪さもあるが、よほど深い眠りについていたようだ。

カドワキは、苦笑して常備してある水差しから、一杯汲み、彼女の手にコップを持たせる。

脚に掛けておいた膝掛けがバサッと床に落ち、それに反応するように、のろのろと水を飲む。

体が冷えぬ様置いた膝掛けや、寝起きの水の礼を言うでもなく、リノアはカドワキの顔をじっと見つめる。

 

いつものよく表情の変わる彼女ではない、別の人格。

ふとそんな事を感じたが、表面上はいつもと変わらない態度でリノアに声を掛ける。

 

「いくらアタシが美人だからってそんなに見つめないでおくれ」

いつもの軽口を叩いたつもりだったが、リノアの感情はカドワキの思惑とは真逆の方向へと動いた。

眉をひそめ、悲しそうな顔で

「また夢を見たの」と言い、顔を覆った。

 

手にしたコップが床に落ちた。プラスチックなので割れないが、中身が花咲くように床に散る。

目で鎮静剤の用意があるか確認し、タオルを床に放ち、カドワキはリノアの足下に跪くようにして彼女の肩を抱いた。

そして落ち着いた低い声で、諭すように言う。

「どんな夢か言えるかい」

 

 

 

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