安らぎ
作 こたつ
〜すれ違う夜
無心に睡眠を貪る彼。
髪に手を入れ梳いてみても、首筋をくすぐってみても、その意識は浮上する様相もみせない。
久しぶりの逢瀬であった。
話したいことは山のようにあったというのに。
帰還した彼は、こんな時ばかりは情熱的に抱き寄せ、本能の赴くまま彼女を抱いた。
待って、という彼女の懇願はことごとく彼の唇の中に消えていく。
そして、覆い被さったまま、こと切れた様に伏臥した。
最後に何か囁いたような気がしたが、覚えていない。
あまりにも性急な求愛で、彼女は翻弄され、乱れた髪のままリノアはしばし呆然としていたが、やがてため息を一つ吐いて彼の体の下から抜け出した。
こんな時、男と女というものの超えられぬ壁を感じる。
まずは会えなかった時間を埋めたいのに。こんな乱暴な方法ではなく。
リノアは頬を膨らませ、当てつけに彼の首筋に赤い後を残し、シャワーも浴びずにさっさと服を着て、夢の中の彼を置いて自分の部屋に帰った。
「ねえ、男の子ってするコトすれば、後はどうでもいいの?」
昨夜は、腹が立ってあまりよく眠れなかった。珍しく早起きして、早朝の人のまばらな食堂で紅茶を飲んでいたら、徹夜明けのアーヴァインを見つけたので、一緒のテーブルに誘った。
朝一番の会話とは思えない内容にも関わらず、彼は顔色一つ変えず、リノアを見つめる。普段から仲の良い二人であったので、余計な前置きがなくとも会話は進む。
「ふうん。で、彼はコトが済んだら熟睡しちゃったってワケ」
少し目の下に隈の出来た彼女は、赤い目でうんうんと頷く。
「へえ〜そりゃ信じられないね」
でしょ?と我が意を得たりとばかりに、リノアは身を乗り出した。そんな彼女を見て、ゆるゆると首を振る。
「信じられないよ、あのスコールが他人の前で熟睡するなんてさ」
は?論点がずれてませんか。
あっけに取られたような顔のリノアに、声を潜めて更に言葉を重ねる。
「今回の任務さ、ちょっと気が滅入るやつだったんだ。誰も引き受けなくて。かなり危険だったし」
だから必死で任務を完了させ、やっとの思いで帰還したんだろう。そして。
皆まで聞かずとも、リノアには理解が出来た。
彼女とて軍人の娘だ。任務というものがどういったものか分かる。
乗り出していた体を、しずかに椅子に沈めた。伏せた顔に黒髪がさらりと流れる。
アーヴァインは、コーヒーを飲みながら、穏やかな表情で彼女に諭す。
「話だったら、今からでもいいだろ?彼だって話したいことあるんじゃないのかい」
ありがとう、と言って席を立ち、何かテイクアウトして走り去る友人の後ろ姿を見て、ふうと息を吐く。
「いいよなあ〜、僕だってセフィに慰めてもらいたいよ」
彼の元へ、足早に向かう。
昨夜、彼が切なげに彼女の名前を呼び、囁いた言葉。
彼は確かに「ごめん」と言った。「愛してる」とも。
帰って来る場所は、彼女のところだけなのだ。それなのに自分のことばっかり考えて、彼の言葉を聞こうともしなかった。
間に合うかな、ごめんね。
扉が開き、手にした袋を枕元に放り出して、未だ微睡む彼の上に飛び乗る。
そして、少し寝癖のついた髪を指で梳いてやり、おはようと囁く。
何が起こったのか分からない様子のスコールは、寝ぼけ眼のまま、取りあえず彼女を抱きしめた。
こんな彼の顔を知っているのはこの世でたった一人だろう。リノアは嬉しそうに梳いたばかりの彼の髪を両手でくしゃくしゃにした。
彼の腕の中に潜り込み、抱きつくようにして腕の位置を落ち着かせる。
「今日はゆっくりできるの?」
「ああ。昨日の内にすべて終わらせて来た」
そっか、と呟き、ふと彼の顔を見上げると、首筋に残る赤い痕が目に入る。
昨夜怒りに任せて残した痕。
思わず、休みでよかった、と安堵する。
苦笑いするリノアを不審に思い、目を細めたスコールは、思いっきり彼女の鼻を摘む。いきなりだったので、彼女は驚いてその手を掴んで離そうとすると、すねたような声が聞こえた。
「昨日、部屋帰っただろ」
ええ、帰りましたとも。浅はかでした。でもわたしだって寂しかったんだよ。っていうか痛いよ。
バカ、ここに居ろよ、と小さな声が聞こえてくる。何だかそれがかわいくて思わず笑いそうになったが、少し拗ねたふりをして、痛む鼻を手で押さえ先ほど放り投げた袋を拾い上げて、彼の目の前に突きつける。
「意地悪する人には、朝ご飯はあげません」
今日は一日ここにいようよ。だって、外出られないと思うよ、その痕じゃあ。
ずっと我慢していたが、限界のようだ。リノアはくすくすと身体を震わせて笑った。
一話終
2といっても続きではないです。リノアサイドの安らぎということでよろしくお願いします。
あとがき
蒸しタオルがいいらしいデスよ。