さきに、「第1篇第5章 通流時間」で指摘されていたように、「生産時間と労働時間(労働過程の期間)は一致しない(生産時間が労働時間より大きい)」。同章では、その不一致の具体例がいくつかあげられていたが、生産手段の機能の持続が、労働時間の中断を条件とすることがある例として、「捲かれた穀粒、地下貯蔵室で醗酵しているワイン、……化学的処理にゆだねられている労働材料」が示されていた。「これらは人間労働を加えられることのない、自然的過程の作用にゆだねられるあいだの時間を必要条件としている」。同章では、資本の循環という観点から考察されていたこれらの事例は、今回は、資本の回転という観点から考察される。
これらの事例のどの場合にも、前貸資本の生産時間は2つの期間から成り立つ。第一の期間では、資本は労働過程にある。第二の期間では、資本は未完成生産物という実存形態で、自然諸過程の支配にゆだねられている。第二の期間の長さに応じて、生産時間も変化し、資本の回転期間も影響を受ける。この第二の期間は、自然法則によって規定されているのでない限り、科学技術の発展に応じて、人為的に短縮されうる。
たとえば、屋外漂泊に代わる化学的漂泊の採用によって、また乾燥工程におけるいっそう効果的な乾燥諸装置によって。同じように、なめし皮業において、タンニン酸が皮にしみ込むのに、古い方法によれば6カ月ないし18カ月かかったのが、空気ポンプを使用する新しい方法によれば、1カ月半から2カ月しかかからない……。生産時間のうちもっぱら自然諸過程によって満たされた部分だけを人為的に短縮したもっともすばらしい実例を提供するのは、鉄生産の歴史であり、とりわけ1780年ころに発見されたパドル法から近代的ベッセマー法およびその後採用された最新の処理諸方法にいたるまでの、最近100年間における銑鉄から鋼鉄への転化である。[242]
この第二の期間は、さまざまな事業ごとに大きく異なる。
まずは、靴型製造業。ここでは、靴型の変形を防ぐために、前もって材料の材木を長期にわたって乾燥させておく必要があり、経費の大部分がこの過程に支出される。したがって、資本の回転期間は、靴型製造そのものの時間だけでなく、乾燥中の材木という形態で資本が遊休している時間によっても規定される。その遊休期間は、ここでの事例で実に18カ月。この遊休資本は、本来の労働過程にはいり込む前にすでに生産過程にある。
そして、農業。一般に温暖な気候のもとでは、毎年1回穀物の収穫が行なわれる。秋まきで平均9カ月の生産時間を要するが、これ自体、豊作の年と凶作の年とがあり、工業生産のようには予測制御することはできない。牛乳やチーズなどの副産物だけは、比較的短期間に連続的に生産し販売することが可能だ。しかしまた、気候が寒冷であればあるほど、労働期間は短縮される。農耕に携わる期間が短ければ短いほど、農耕以外に生計をたてる術を得なければならない期間が長くなる。この事情が、その土地に固有の家内工業を発達させた。すべての農民は代々、織物師であり、なめし皮師であり、靴屋であり、錠前師であり、刃物師であったりする。ついでに指摘すれば、これらの家内工業は、商人や仲買人を媒介して、ますます資本主義的生産に組み込まれ、支配されていく。生産時間と労働時間の不一致が、農業と副業的農村工業との結合の基礎となっており、この副業的農村工業が資本家にとって拠点となる。いずれにしろ、農業の場合、生産時間はむしろ、労働時間によってところどころ中断される。
このように、労働時間と生産時間の差がいちじるしく、労働時間が生産時間の一部分をなすにすぎない場合、流動資本は年内のさまざまな期間に不均等に投下される。そしてその還流はさまざまな自然条件によって固定された時期に一度に行なわれる。したがって、事業規模が同じで、前貸される流動資本の大きさが同じ場合でも、本来の工業や鉱山業、輸送業など、均等で連続的な労働期間をもつ事業に比べて、流動資本はより大量により長期にわたって前貸しされる。
この場合にはまた、固定資本の寿命と、固定資本が実際に生産的に機能する時間との差はいっそういちじるしい。労働時間と生産時間との差が大きくなればなるほど、固定資本の使用時間も長期間中断される。この固定資本が役畜など生命をもつ場合は、飼料などへの支出がいつも必要である。一方、固定資本が生命をもたない場合には、長期に放置されているあいだもある程度の減価が生じる。これら、固定資本の維持費と固定資本の減価期間に応じて、生産物へ価値が引き渡され、一般に生産物価格の上昇が起こる。
農業では、1年より短い時間で商品を市場に出すことはできない。この労働期間の他の産業とくらべて比較的長い持続と、労働時間と生産時間との差の大きさが、農業における特徴である。このことが、土地所有者や借地農場経営者ら“農業者”たちの経済的従属性の主な要因となっている。
「……彼らは、1年より短い時間で商品を市場に出すことはできない。この期間の全体にわたって、彼らは、靴屋、仕立屋、鍛冶屋、車大工、その他さまざまな生産者から――彼らが必要とする生産物、しかもわずか数日間または数週間で完成される生産物を――借りなければならない。このような自然的事情の結果として、また農業以外の労働諸部門でより急速に富の増加が行なわれる結果として、全国の土地を独占した土地所有者たちは、しかも立法権を独占したにもかかわらず、彼ら自身をも、彼らの従者である借地農場経営者をも、国内でもっとも従属的な人々になる運命から救うことができない」(トマス・ホジスキン『通俗経済学』、ロンドン、1827年、147ページ、注)
三圃式農法から輪作式農法への移行、あるいは“間作”など、農業方式の発展によって、1年を通じてさまざまな収穫が可能となることで、農業における流動資本の支出がより均等に配分され、回転が短縮される場合があるが、このような方式はすべて、労賃、肥料、種子などに投下される流動資本の増加を必要とする。
つぎに造林業。木材生産の場合には自然力が自立的に作用して、人力と資本力の支出は、自然力の働きに比べればほんのわずかだ。また、穀物の生産に適さないような場所でも、森林はよく育つ。しかし、零細な面積の土地では、林業本来の経営を行なうことができない。さらに、生産過程は非常に長い期間を要するため、林地を手に入れるために投じられた資本は長い時間ののちにはじめて引き合う収益を生む。一般的には山林の木材は150年かかってはじめて完全に回転する。そのうえ、持続的な木材生産は、年々の利用高の10倍から40倍の生木の在庫を必要とし、したがって、流通資本の一部も、10年ないし40年に1回の回転となる。このように、正規の林業を営むには、ほかに一定の収入があり、相当な広さの森林を所有していなければならない。したがって、造林業は私的経営に不利な部門だ。この場合の私的経営というとき、結合資本家よるものであっても、本質的に私的経営である。資本主義的経営部門としての造林業の発達は、逆に森林の保全および生産には不向きである。「文化および産業一般の発達は、昔からきわめて能動的に森林を破壊するものとして実証されてきた」([247])。
流通可能な生産物の大きな部分が、活動中の生産過程に合体されたままだが、はるかに小さな部分は年々の流通に入り込むという点で、造林業と畜産業は同じである。畜産業も、家畜群としての在庫の一部は生産過程にとどまっているが、他の部分は年々の生産物として売られる。この資本は、かなり長期間生産過程に固定され、そのため総資本の回転を長くするが、カテゴリー的にはもちろん流動資本である。ここで、一定分量の立木や家畜などが在庫形態をとるのは、再生産の自然的諸条件により、規則的な経営を維持するためである。また、生産過程に徐々にはいり込むにすぎないが、経営の性質の結果として、多かれ少なかれ堆積され、同様に、かなり長期にわたって生産に前貸しされていなければならない在庫として、「耕地に運ばれる前の肥料、家畜の飼育に用いられる穀物、干し草のような飼料」などがある。
さきに在庫形成をめぐっての考察で明らかにされたように(第2部第1篇第6章 流通費、第2節 保管費、1、在庫形成一般)、生産手段の貯蔵・在庫は多かれ少なかれ必要であって、ある与えられた一定規模の資本経営では、この在庫の大きさは、その更新の困難の大小、購入市場の近さ、輸送・交通手段の発達など、流通部面に属する諸事情に依存する。これらの事情は、その在庫を形成し維持するために支出される資本の大きさに影響を与え、回転する資本の規模とその時間の長さに影響をおよぼす。
流動資本が潜勢的生産資本の形態で投下されなければならない時間の長さの大小、したがってまたこの資本が一度に投下されなければならない量の大小は、一部は生産過程の種類から生じ……、一部は諸市場の近さなど、要するに流通部面に属する諸事情に依存する。[249]