魔王伝記 Vol.1 狼王フェンリル
第五章 2086周期 J―20日 ユーリ その1
フェンリルは身体から出る光を吸収するかのように光が収縮するにつれ筋肉が増大していく。光を吸収し尽くした奴は元の質量の約3倍になっていた。
『…ふふふ…我ニ変身マデサセルトハ……生キテハ帰サン!…』
…まさか変身出来るとは…そんな話は聞いていない。誰がどう見たってこれは狡(ずる)い。先ほどと同じようにフェンリルがアメリを襲う。それを庇いゴードンが爪を受け止める。
「ぐ、ぬぬぬぬぅ………俺様が押されるなんて……」
フェンリルは全力を出してはいない様子だったが力でゴードンを押している。フェンリルの力は何倍にもふくれあがっているのだ。
『フハハハハハ!…貴様ノ力ハコンナモノカ?…』
ゴードンが負けると思ったとき助けたのは棍棒使いの獣人だった。“そいつ”はもの凄いスピードでフェンリルの後に回り込み、棍棒の先で膝裏を突いてバランスを崩させると今度は正面に入り喉元を一突きした。フェンリルは尻餅を付いた。今まで転ぶことなど無かった奴が尻餅を付いたのだ。
『……キ、貴様ヨクモ我ヲ……』
「……貴方に…私の仲間を……傷つけさせはしない……」
全く持って心強い。獣人の脚力を活かしたスピードと棍棒のコンビネーションはいつ見ても素晴らしい。…そういえば…“こいつ”誰かに似ていると思わないか?そう、実はトーマスの実妹なのである。それを知ったのはあのときだった。
………………
2086周期 J―15日
「……トール村を……見ておきたいな……」
どんなに歩き回ってもフェンリルの情報を得られない俺たちはトーマスの希望通りトール村に向かった。トール村は4周期前フェンリルによって滅ばされた俺とトーマスの故郷だ。しかし長い間トールを離れアザインにいたトーマスはその後の状況を知らない。今回はトール村の現状確認と“神父”の墓参りを目的としていた。
トール村には人っ子一人居らず木で出来た墓が規則正しく並んでいた。勿論墓を作ったのは俺だ。
「………神父……仇は必ず………」
トーマスは“神父”の墓の前で再び打倒フェンリルの誓いを立てていた。参拝を終えたトーマスが俺たちの所に戻ってきた。
「………これ全部……アルが作ったのか?………」
トーマスが聞いてきた。
「あぁ…この墓の下で父さん、母さんそして…ダニーも眠ってるよ。」
ダニーとは俺の2つ下の弟ダニエル・J・ドールのことだ。
「……そうか………墓作り下手だな……」
「!!!? な、何でいつもお前はそういうこと言うんだよ〜!!」
「「あはははははははは」」
湿気た空気がトーマスの一言で明るさを取り戻した。
トールにいても他にすることのない俺たちは首都ガイヤに向かうことにした。首都ガイヤはトール村を流れる川の上流約80q地点にある。歩いて2日から3日と言ったところだ。俺たちは首都ガイヤを目指し出発した。
2086周期 J―17日
予定ではもう首都ガイヤに到着している頃だったが、やっぱり旅のお約束…迷った。途中トールに寄ったために食料の残りが少なかった俺たちは獲物を獲りながら進むことにした。川沿いを歩いていたために殆どの食事が魚だった。肉に飢えていたのだ。
「ああぁぁ〜☆イノシシ〜!!!」
そんな時アメリがイノシシを発見した。肉に飢えていた俺たちは無我夢中で追いかけ、森の中を駆けずり回り何とかイノシシを捕らえたが川岸に戻る道が分からなくなった。とりあえず森の坂道を登っていくことにしたが未だに首都ガイヤは見えてこない。幸いこの森には多少なりとも動物がいたために食事に困ることは無かった。…ゴードン以外は。
2日後2086周期 J―19日
首都ガイヤに着いた。どんなに迷っても最終的には目的地までたどり着く。凄い才能だ。ガイヤは首都といっても町程度の大きさだ。フェンリル達の“狩り”によって町自体が大きくならないのだ。とにかく森の中を5日間も歩き回ったおかげで俺たちはくたくただった。何処でも良いから休みたいと思い宿屋を探すことにした。
「………宿屋ないね〜……」
「あぁ…そうだな。」
疲れのせいでしゃべり方が全員トーマス風になっており、アメリの語尾にも☆が付かない状態だった。
「……あの娘に聞いてみようぜ。」
俺が示した娘は自分の身長の2倍近くある棍棒を持った背の低い猫の獣人だった。
「…あの〜?すいません…」
俺が話しかけるとその娘が振り向いてくれた。
「……はい………なにか?………」
パッと見た瞬間誰かに似ていると誰しもが思った。
「え?あぁ、イヤその…宿屋を探してるんですが近くにありませんか?」
「……この町に……宿屋………ありません……」
トーマスだ!口調も容姿もトーマスにそっくりだった。というか宿屋がない町なんて聞いたことがない。
「え?宿屋ないの?」
「…えぇ……ガイヤの町には……大人が一人も…いませんので……」
聞いたことがある。フェンリルの襲撃により大人は皆ワーウルフにされた町があると。まさか首都ガイヤだったとは思いもしなかった。
「そうか…宿屋無いのか…困ったな。………それよりこの娘お前に似てないかトム?」
「…………そうか?…………」
ジ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
今の話を聞いて機嫌を損ねたのか、あの娘がトーマスの顔をのぞき込むように見ている。普通なら「そんなことありません!」とか「そうでしょうか?」なんて言ってくる筈なのだが…
「………あなた…………トーマス…デイリー…さん……?」
まさかトーマスを知っているとは思わなかった。錬成術師は以外に有名人なのかもしれない。
「……あぁ……そうだが…」
「……やっぱり………兄様…ですね…?」
「「「…は?????…」」」
トム以外のみんなが聞き返したがそのまま会話は続いていく。
「……どういう事だ?……」
「……私はユーリ……本当の名は……ユリア・デイリーといいます…」
ここで言う本当の名とは人間だった頃の名前だ。猫の獣人は人間と猫を融合させて造られた。そのため場合によっては名前を変える獣人もいるのだ。
「へぇ〜この娘も名前変えてるんだ〜?私といっしょだね〜☆」
アメリが顔を出し言った。
「そうなのか?」
「うん☆だって私の本当の名前はメアリー・ジェファーソンだもん!」
普段アメリのこととなると絶対に首を突っ込んでくるゴードンが何も言ってこない。ゴードンは腹の減りすぎで失神寸前だった。常に食事5人前を平らげる奴だこうなっていても不思議ではない。
こんな状態のゴードンや俺とアメリの会話を無視してトーマスとユーリは話を進めていた。
「………お忘れですか?……兄様がガイヤの川に流され……行方不明になって……6周期後に生まれた妹です……」
いや…それは忘れたとかそんなレベルじゃない。忘れる前に知らないじゃないか!とツッコミたかったがトーマスが言うだろうと思い敢えて言わなかった。
「……すまない………忘れた……」
「え?い、いやいやそうじゃないだろうが!!忘れる前に全然知らないだろうが!!どうやったら行方不明になった兄貴がその後に生まれた妹を忘れることが出来るんだ!!」
ついつい突っ込んでしまった…。会話の理不尽さがどうも気に入らなかった。こういうとき天然の人間は困る。この会話を聞くと性格も似ているらしい。見る限りでは確かに兄妹だ。
「………あっ………そうか…………すまない……知らない……」
今更言い直すのか!と叫びたかったが我慢してやめた。
「……そうですか…………あなた………」
ユーリはそう言うと今度は俺の顔をのぞき込んだ。
「……言いたいことを……ハッキリ言う……私と違うタイプ………好みです……」
シーン
一瞬のうちに俺たちは白くなった。一体何処がハッキリ言えないというのだろう。俺自体正面切ってこんなことを言われたのは初めてだ。
「お、面白い冗談だ……はははははははははははは。」
俺は何とか場の雰囲気を戻そうとしたがユーリはそれをうち砕く。
「…?……冗談は……言ったことがありませんが…?…」
俺たちは言葉を失った。ただ一人アメリが気に食わないと言わんばかりに後で地団駄を踏んでいた。触れるのは怖いのでそっとしておいた。
「……宿を……お探しでしたね?……私の家へ……お越しください…」
他に泊まるところのない俺たちはユーリの家で厄介になることにした。家に着くとユーリ特製の料理が山ほど出された。一通り自己紹介をすませた俺たちは料理を頂いた。味はともかく腹にはたまった。今回ガイヤに着き一番不思議だったのはユーリを見たロリコンのゴードンが静かにしていることだった。俺は思いきって聞いてみた。
「ゴリさんユーリを見て何とも思わないのか?」
「フン、いくら背が低くてもだなぁ18才以上はダメじゃ!」
これが答えだ。そんなものか?やはりロリコンは分からない。しかしその話しに一番驚いたのはアメリだった。
「あ、あの〜私19才なんですけど〜?」
「いやいや見た目16才のアメリちゃんは別じゃい!」
アメリの胸に鋭い槍が刺さった。背中にダークな空気を背負い踞って「どうせガキですよ〜だ。胸だってちっちゃいし〜(涙)」などと言う始末だ。しかし誰も慰められない。テリトリーに入った瞬間八つ当たりで半殺しにされそうだった。
「………私………15才………」
ユーリが言った。確かに背は低くスレンダーな体つきだが容姿と雰囲気は大人びたものを持っている。ゴードン曰く大事なのは容姿と雰囲気らしい。それでユーリがストライクゾーンに入らなかった訳だ。
満腹になった俺たちはトーマスのことを聞くことにした。そして以前トーマスが使っていたという部屋に案内された。何故行方不明になったトーマスの部屋が残っていたのか疑問に思った俺はユーリに聞いてみた。
「……私の両親は生前………行方不明になった兄が…戻ってくるのを願い………この部屋を残していたそうです……」
これが答えだった。トーマスは両親に愛されていたのだとわかった。部屋に入った俺は一冊の絵本を見つけた。題名は“ピーチボーイズ” この話は川を流れてきた孤児が神父に拾われ、政府反乱軍を創り悪い領主と戦うという物だった。何処かで聞いたような気がしていた。
「………その本は……兄様が……大好きで……その本に影響され……自分から川に……身を投げたそうです……」
俺たちは一斉にトーマスの顔を見た。トーマスは顔が青ざめていた。それはもう「俺がそんなことを……」といった心境だったろう。
「そういえばお前むかし、「ピーチボーイズー!!」とか言って俺んとこ巻き添えにして遊んでたよなぁ」
「………そうだったか?……………良く…憶えてるな…お前…」
この会話に割り込んできたのはアメリだった。
「そりゃそうよ!アルは他に友達いなかったんだもんね〜☆ね〜ア〜君!!」
「……ア〜君?……」
その名で呼ぶなって言ってるだろう!!と言おうと振り向いたがそこでは女の戦いが繰り広げられていた。2人の目は血走り、視線と視線の間で火花が散っていた。俺たちには入り込めない世界だった。しかしこれでトーマスとユーリの関係は立証された。…と思う。
ユーリは俺たち一人一人に部屋を貸してくれた。そして今夜はこのまま休むことにした。ベッドに入り眠りに就いた俺は悪夢を見た。2082周期 B―21日フェンリルによってトール村が襲われた時の夢を。
続く
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