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Zero-Sum Game 1
| 顔がいいのも考えものだな。 カウンターを眺めながら恭章は同情した。 綺麗な男が口説かれている。細い肩に馴れ馴れしく手をかけた相手も男だ。それもとびきり上等な部類の。オーダーメイドだと一目でわかるスーツが男のステータスを物語っている。ネクタイと胸のポケットからさりげなくのぞく揃いのチーフはエルメスの新作か。年は三十代後半か四十前後。スタイルは細身で長身。華と色気があり顔もかなりいい部類に属する。高級レストランのオーナーかアパレル分野の経営者と恭章は読んだ。いずれにせよ遊び馴れた男だ。そうでなければ金曜の夜に黒のスーツで六本木に現われないだろう。 客の九割が外国人というバー。飛び交うのはAとIの区別が難しいオージーイングリッシュと流暢なクイーンズイングリッシュ、そして文法も発音もメチャクチャなガターイングリッシュ。ここはトーキョーに住む外国人がもっとも集う店だ。いわゆる静かでオーセンティックなバー的空間やサービスはここにはない。異国で働く者たちが仕事帰りに集い、安い酒と懐かしい故郷の料理と陽気な会話で朝まで騒ぐのがこの店のやり方。その雰囲気はイギリスのパブやスペインのバールに近い。日本人の客はあまりいないことや、日本語がほとんど通じないこともこの店の特徴だ。ゆえにポケットチーフをさした黒服の男はその決めすぎた服装と合わせて目立っていた。 「たいくつはさせない、レディ」 男の言葉は日本語だった。その声も艶を含んでいい響きだ。だが美人は表情一つ動かさなかった。男の存在自体をまったく無視している。 恭章はおかしくなって笑った。 どうやら二人は初対面ではなさそうだ。男の誘い方に年季が感じられる。一方の美人は男がなにを言おうとも一切の無視を貫いている。その見事さに恭章は感心した。あれだけ上玉の男に言い寄られてなびかない美人はちょっといない。もっともそちらの趣味がなければ同性からの口説きなど気味悪いだけだろうが、黒服の男が狙っている美人はその種の男から見れば声をかけずにはおれないほどの魅力がある。その点だけは恭章も男に同意した。 年は恭章より四、五歳若い二十代中盤。肩の下まで伸ばした柔らかそうな茶髪。薄暗い店内でもわかる白い肌。身体つきは極めてスリムだ。黒い革のパンツに、上は赤いシャツ。裾を外に出している。容貌は女性のようだった。通った鼻筋、切れ長の眼、すっきりした顎のライン、細い眉。いや、女性でも彼ほど美しい顔はそうはいない。 「なあレディ」 男の呼ぶレディという形容がぴったり似合う。恭章は空になったグラスを置きテーブルを立った。 「ハイ、姫」 二人が同時に振り返った。近付いてくる男にどちらも驚いている。恭章は美人の眼を見つめながら微笑った。 同じように恭章の眼を見ていた美人がゆっくりと口を開いた。 「おせーよ」 「悪い、仕事が長引いて」 黒服の男がまじまじと美人の顔を見た。その表情には明らかに意外だという驚きが見て取れる。美人はそ知らぬ顔でグラスを傾ける。 恭章は空いている美人の隣のスツールに腰を下ろした。 「失礼」 「え、あ、ああ」 男は恭章の強引さに押されるように二、三歩後退した。恭章はカウンターのなかのバーテンダーにジントニックを注文した。パンツのポケットから札入れを引っ張り出して千円札をカウンターに置く。キャッシュ・オン・デリバリーがこの店のルールだ。 美人がグラスを手に前を向いたまま目だけを横に動かした。 「大変だな」 恭章も前を向いたままで答える。男は離れていったがまだ視線を感じる。美人が恭章だけに聞こえるような小さな声で言った。 「アンタ、今、姫って言ったよな。オレ、覚えねーんだけど、どこかで会ったっけ?」 「ああ」 恭章はクールに答えた。 「昼間、うちの会社に来てた」 「ジャクソンの?」 「今井恭章だ」 美人は驚いた顔をしている。 「加瀬と打ち合わせをしていただろ。そのとき一緒にいたメガネの彼氏がきみのことをそう呼んでいたから。出すぎたマネをしたかな」 「いや……」 そう答える切れ長の双眸の奥にはまだ少し戸惑いが潜んでいる。それから二、三秒遅れてようやく美人はクスリと笑った。 「そーゆーことか」 恭章は目を向けた。その前にグラスと釣りのコインが置かれる。 美人が自分のグラスを恭章との間にかざした。 「瀬尾瑞紀だ」 恭章は口元を緩めてグラスを触れ合わせた。瑞紀と名乗った美人の顔にも微かに笑みが浮かんでいる。彼のグラスに入っているオン・ザ・ロックは半分以上減っていた。恭章もライムのきいたジンを飲んだ。 「加瀬と会ってたってことは、もしかしてモデル?」 「ああ?」 瑞紀は眉間にしわを寄せた。 「デコレーターだよ。ディスプレイのショーイングとかやってる」 「意外だな」 恭章は正直に感想を口にした。クリエイティブな仕事よりも撮られるほうが似合う。瑞紀が苦笑いをもらした。たぶん同じことをしょっちゅう言われているんだろう。メンソール入りの女物のタバコを振り出しながら彼は説明した。 「なんだっけ、加瀬? そいつは宝石のカタログを作るから撮影用のデコレイトができるかって言ってたぜ」 納得したと恭章は答えた。 「そっちは?」 「ファッションの企画とか生産手配とかいろいろ」 「ふうん。なに、仕事帰りにわざわざ六本木まで出てきたってことは、ここで恋人と待ち合わせ?」 「だったんだけどね。どうやらフラレたようだ」 「アンタをフル女がいるの?」 瑞紀はおかしそうに笑った。恭章は苦笑を浮かべた。この店は名高が若いころから愛用している。その彼と社内の目を避けてここで落ち合う約束をし、今夜は早めに仕事を切り上げたのに、店に入った途端、ケータイが鳴った。 『悪い、来客だ』 どうしても外せない接待なのだそうだ。会社に戻る気も起きず、一人でグラスを傾けているとあとから店に入ってきた男がカウンターにいた客を口説き始めた。その口説かれている客の顔に見覚えがあった。 恭章は肩越しに振り返った。視線を感じる。黒服の男がまだ諦めきれないのか、先ほど恭章が座っていたテーブルからじっとこちらを見つめている。 「気付かれたかな」 「オレとアンタのカラミでも想像してンじゃねーの」 瑞紀が前を向いたままで平然と恐ろしいことを口にした。 「知り合い?」 「結婚詐欺師」 恭章は笑った。 「なるほど。だけど今度のレディ≠ヘ手強そうだな」 「この先にあるカジノ・バー、今夜は同伴が条件なんだとさ」 「プロのギャンブラーはツキにこだわると聞いたことがある。きみは勝利の女神なんだ?」 瑞紀は両手をあげた。 「あいつに連れて行ってもらった大井で、本命だったあいつの馬に張らずに五十万獲ったぜ」 「彼の馬は?」 「四着」 恭章は声をあげて笑った。 クールにタバコを吸っていた瑞紀がふとなにかを思いついたような表情をして、紫煙を深く吐き出し顔を向けてきた。 「なあ、カジノ、行ったことあるか?」 「ベガスやゴールドコーストなら」 端麗な顔がニッと笑った。 「助けてもらった礼だ。稼がせてやるよ」 恭章はまじまじと相手を見つめた。日本にカジノはない。競輪・競馬・競艇をのぞき、法律で賭博を禁じている。地下で開かれているカジノはもちろん違法行為だ。違法だから見つかれば処罰を受ける。つい最近もアングラ・カジノ・バーが摘発され、店の経営者と従業員、客の合わせて七十人が逮捕されたと新聞に載った。 普段の恭章ならこの種の誘いは絶対断る。だが、今夜は名高にドタキャンを食らってちょうどむしゃくしゃしていた。 恭章はグラスにまだ半分ほど残っていたジンを一気に飲み干した。そして、 「おもしろそうだな」 そのカジノ・バーは目立たない雑居ビルの地下にあった。警察の摘発を逃れるため、通常この種の店は会員制で、入口には見張りを兼ねた案内係が立っている。この店のガードは米軍の海兵隊崩れかと思われる屈強な黒人だった。それも二名。 「会員証ヲ拝見シマス」 「ねーんだけど」 クールに答える瑞紀に黒人たちは笑いながら首を横に振った。 「ソレデハ無理デスネ。オ帰リ下サイ」 「その前にオーナーに連絡をとってくれよ。新田のオンナが来た。それで通じるはずだぜ」 黒い眉が中央にぐっと寄った。 「いいから早く訊けよ」 二人は顔を見合わせている。それから一人が渋々店内と通じるインターフォンの受話器を手にした。 恭章は瑞紀の顔を見た。常人なら十メートル離れていてもビビる屈強な男を相手に、彼は平然としている。どうでもいいことだがと思いながら恭章は一応訊いた。 「新田ってのは?」 「さっきの結婚詐欺師。ここはヤツの知り合いがやってる店なんだよ」 やがて内部と英語で話していたガードが確認がとれたのか受話器を戻して相棒に耳打ちした。 「失礼シマシタ」 瑞紀はニヤリと笑った。 扉が開く。入ろうとした二人をまたガードが呼び止めた。 「ソチラノオ客様ハ?」 恭章のことだ。二人は顔を見合わせた。 瑞紀がニヤッと笑いながら胴と腕の間に手を差し込んできた。 「情人」 ガードたちはなにも言わずに奥に向かって通っていいと手で示した。 |
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| 【Zero-Sum Game2】へ続く | ||
| ...by Hiromi Miki | ||
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