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● ハクがくれた丸薬?
湯婆婆が支配する不思議の町に迷いこんでしまった千尋。じょじょに体が透けていき、パニッ
クに陥った彼女を助けてくれたのが美少年、ハク。消えかけた千尋に赤い丸薬のようなものを 手渡し、それを食べた彼女の体はもとに戻るのですが…… ええ、そのシーンで私は思いまし たよ。「ああ、千尋! それ喰うな! 喰ってはいけない!」はい、そうなんです。もしあなたが 異界に迷い込んだら、その世界の物を食べてはいけません。帰・れ・な・く・な・り・ま・す。
イザナギ、イザナミ神話
ここのエピソードは、古事記にあるイザナギノミコト(伊耶那岐命)、イザナミノミコト(伊耶那美
命)神話をふまえているのかも知れません。夫婦であるイザナギ、イザナミの二柱の神様は三 十五柱もの神様を生みます。そして、最後火の神ヒノカグツチノカミを産んだとき、イザナミノミ コトは陰部を焼かれて死に、黄泉の国の住人となります。(てか、妊娠した時点で焼け死にそう な物だけどな……)
かわいそうなのは、残されたイザナギノミコト。奥さん恋しさに、黄泉の国まで出向きます。そ
こで閉ざされた扉越しに、こんなような会話をします。「愛しい妻、イザナミノミコト。戻ってきてお くれ」「残念ですわ。もっと早くに来てくださればよかったのに。私は、黄泉の国の食べ物を食べ てしましました。もう、戻ることはできません……」
西洋にも、あるよ
ギリシャ神話にも、似たようなお話があります。冥界の神、ハディスは、ペルセポネという乙女
に恋 をします。(愛の女神アフロディーテの策略で、恋の矢を撃ち込まれた)ゼウスの兄弟で あり、全ての死者の王であるハディスは、どんな手練手管をもちいて乙女を口説いたか? え え、単純にかっさらいました。むりやり冥界に。ぶっちゃけ、誘拐です。
驚いたのがペルセポネのお母さんデーメテール。あちこち娘を探しまくり、とうとう彼女が冥界
にいることをつきとめます。で、神々の長ゼウスに嘆願に行きます。「どうか、ハディス様に娘を 返すよう言ってくださいませ!」そこでゼウスは一つ条件をつけます。「ペルセポネが、冥界に いる間いかなる食べ物も食べていなかったら。もし食べていたら、運命の女神は彼女を放すこ とはできないだろう」しかし、ぜウスの使者ヘルメスが冥界についたころには、ペルセポネは冥 界のザクロを口にしていたのでした。
その後、デーメテールとハディスの間に和解が成立。ペルセポネは、一年の半分を冥界で、
もう半分を地上で暮らすことになりました。
つまり、その国の物を食べる=その国の住人になる、という考え方がある、ということ。そうい
えば、千尋の両親は肉を食べてるうちに豚になったんでしたね。
つまりは……
不思議の国に迷い込んだばかりの千尋は、まだ完全にその世界にハマってはおらず、現実世
界の影響が残っていたのでしょう。その影響のせいで、淡水魚が海水になじめないように不思 議の国になじみきれず消えかけていたのでは? ハクは丸薬=不思議の国の食べ物を食べさ せることで、千尋を完全にその国の住人にし、彼女の消失を防いだわけです。仕方ない事とは いえ、結構ひどいぞハク。もっとよく説明したれや。
もっとも、宮崎監督がこれらの神話を基にこのエピソードを入れたのかわかりませんし、我な
がら若干こじつけくさいですが、こういうとらえかたもちょっとおもしろいでしょ?
● 湯屋に続く橋
でんと構える立派かつドハデなお屋敷。働くのはいやだけれど、一回くらいならお風呂つかり
に行ってみないなあでお馴染みの油屋。その前には朱塗りの大きな橋がありました。
橋の役割
古来より、橋はこの世の端=境界と捕らえられ、この世と異界、二つの世界をつなぐものと見
なされていました。一昔前に流行った、安部清明を思い出すと判りやすいかも知れません。彼 が式神を隠していたのも橋でしたね。そう、一条戻り橋です。近世では、橋の霊的空間に宿る 神霊が吉凶を教えてくれるという橋占(はしうら)なんて物もあったそうです。また、渡り始めたと き初めて耳に入った言葉で運勢を占うこともあったとか。(向こう岸から来る人をあの世からの 使者に見立て、言葉をそのお告げ、としたわけです)
つまりは……
油屋の前にかかる朱塗りの橋。それを渡るエピソードは、千尋が本格的に異界へと踏み込
んだことを象徴的に示しているのです。
● ハクがくれたおむすび
名前を奪われ、油屋で働くにつれ、千尋は少しお疲れ気味になります。そんななか、花畑で
ハクがくれたおにぎり。「元気になるお呪い」がかけてある、なんてハクは言いますが…… 元 気になるお呪いって、なんじゃらほい? で、なんだっておにぎり?
おにぎりとおむすびの違い
そういえばおにぎりとお結びの違いってなんでしょう? 一説によると、丸型がおにぎり、三角
がおむすび、だそうです。という事は、ハクがくれたのは三角形だったのでおむすび。でも、な んでおむすびは三角限定なんでしょう? それはお結びの語源が、実は『ご飯を結ぶ(握る)』 ではなく、ムスビ(産霊)だから、だそうです。産霊とは、生産、再生を意味する言葉。生成力を 象徴する神様タカムスビノカミ、カミムスビノカミ、五穀、農耕の神ワクムスビ神など、五穀豊穣 や大地の力をつかさどる神様にこの言葉がついています。おむすびが三角形なのは、山(大 地の力の象徴)を現しているからだそうな。ワクムスビの原型は、京都の山の神だったらしく、 それもちょっと興味深いですな。
つまりは……
ハクがくれたおむすびには、お産霊の言霊がかけられていた。それを食べた千尋は、忘れか
けていた自分の名前を思い出し元気を回復します。
●釜じいのえんがちょ
銭婆の印を盗んだおかげで呪いにかかり、ボロボロになったハク。千尋はハクを助けるた
め、一か八か、河の神様からもらった団子をハクに食べさせます。苦しみながらハクが吐き出 したのは黒い虫のような物。それをうっかりと千尋が踏み付けてしまうとさあ大変。ぞぞぞ〜っ と体中を寒気(?)が走ります。それを見た釜じいは「えんがちょ、えんがちょ!」と言いながら 身振りで千尋に両の人差し指の先をくっつけるように指示。手刀でその線を斬って「えんがちょ 斬った!」と宣言すると千尋の寒気がおさまります。さて、釜じいの行動の意味は? なんでえ んがちょで寒気がおさまるの?
なつかしい?
今の子供達がやっているかは知りませんが、「えんがちょ」と言えば私が小学生のころにあっ
た遊びでした。
誰かが汚ない目にあってしまった時(例えば犬のフンを踏んでしまったとか嘔吐したとか)に
周りの子供達が「うわ、きったね!」と逃げ出したら遊び自然発生。汚れた子が鬼となり、他の 子を追い掛けます。タッチされたら汚れがその子に移ったとみなされ、今度はその子が鬼にな ります。しかし、鬼につかまる前に決まった仕草(腕でバツを作ったり人差し指と中指をクロスさ せたり)しながら「えんがちょ!」と言えばタッチされる事はありません。
地域によって細部は違うらしいのですが、大体こんな感じ。(ちなみに、私の所では「えんがち
ょ」の他に「ぎっちょばーりー」とも言ってました)
うつるんです。
よく考えて見れば、この遊び、とっても呪術的な物です。汚い=穢れ(けがれ)を他人に移した
り、呪文を唱えてそれを防いだりするのですから。
穢れの語源は気枯れ。気=生命力が枯れた状態を意味します。排泄物・腐敗物、血等です
ね。生命力が衰える病気ももちろん穢れ。完全に無くなってしまう死などは穢れの最たる物。 (死穢:しえ)
でもって、この穢れには恐ろしい性質があります。移るんです。(触穢:しょくえ) 死の穢れは傍
にいたすべての人におよび、その中の人が他の家を訪れよう物なら訪問先の家の者にも穢れ が移ると考えられていました。ですから死者が出た家では、忌みごもりをしました。外にでない ようにしたわけですね。
祓いたまえ、浄めたまえ
さて、穢れを祓うには?
海、川、池に入る。滝に打たれる。井戸の水、泉の水をかぶる
火煙にあたる、火祭りの火にあたる
塩をまく(塩づけにした食べ物は腐りにくい=塩が穢れを祓っている、の発想だそうな)
祝詞を唱える
のが一般的な方法だそうです。
神社に参拝するときに手水舎で手と口をすすぐのも、神様の前に出る前に、知らないうちに負
った穢れを祓うためです。鈴を鳴らすのも、神様に参拝に来たことをお知らせする他に、その 音で穢れを祓う意味もあるそうです。
あらためてえんがちょの遊びに戻ってみましょう。えんがちょには
穢れる 穢れが移る 祓う(というかここでは穢れを防ぐ)が折り込まれています。もっとも、子
供がそんな事を考えているとは思えませんが……
なにせ呪いでできているのですから、あの銭婆の虫は穢れの塊。それを踏んだ千尋にも穢
れが移り、ぞわぞわとした寒気に襲われます。ここからは私の推測ですが、釜じいの指で切る 動作は縁を切る=穢れとの縁を切る、のお祓いの意味があるのでは?
つまりは……
千尋は呪いの虫に触れる事で、ハクにかけられた銭婆の呪いを少し移されていた。それで釜
じいは簡単な祓いを行なったのです。
●千尋がされた改名
「千尋? 大仰な名前だねえ! これからお前は千だ!」
と湯婆に改名されてしまった千尋。それから湯屋で働くにつれ、ブタになった両親のことも違和
感がなくなり、帰りたいという気持ちも薄れるほど湯屋の生活にある意味でなれてしまいます。
そしてハクが湯婆婆に立ち向かう力を取り戻すのも千尋に本当の自分の名前を教えてもらっ
たからでした。では、呪術的に、名前とはどんな意味があるのでしょう。調べてみました。
お名前いただいていいですか?
ええと、私の残念な文章力で呪術的な名前の概念を説明するのはむずかしいのですが、で
きるかぎりやってみましょう。名前とは、「その人のすべてを表す呪文のようなもの。本人そのも の」つまり、三塚章が三塚章なのは三塚章という名前がついているから。……ごめんね、わけ わからないよね……
もっと簡単にいうと、「名前とは本人を指し示す物」まあ、当たり前っちゃ当たり前なのです
が、陰陽道などでは、この結びつきをとても強固な物と考えています。本人を指す名前を変え る事で、本人そのものの性質を変えることができるほど。
こういう例を出すと分かりやすいでしょうか。一昔前、芸人が占い師の助言で改名した事があ
りました。この芸人は 売れない自分を指し示す名前Aを捨て、(占い師によると)人気者にな れるBという名前を自分につける事で、自分を売れっ子にしようとしたわけです。
つまり、湯婆婆は千尋本来の性格、性質を表す「千尋」の名前を「千」に変える事で、千尋を
支配しやすく変える事ができたのです。ハクも同様。
いいえ、あげられません!
というわけで、名前を人に知られる、という事は、自分が自分である核の部分を他人に抑えら
れてしまう、という事になります。丑の刻参りの藁人形だって、胴体に名前を書きます。怖い怖 い。
という訳で、地方によると産まれて来た子に普段使うための名前のほかに、忌み名(いみな)
というもう一つの名前をつける風習があった(今でもある?)とか。(ちなみに、一般的に忌み名 といえば死後に付ける戒名の事)
そしてその忌み名こそが、隠された本当の名前。忌み名は、親と本人、本人の結婚相手しか
知りません。それゆえ、仮に心当たりの無い人間に忌み名で呼ばれた場合、そいつが人なら ぬ物だと見抜く事ができます。また、普段使っている仮の名前で呪いをかけられたとしても、効 き目をそぐことができます。なんかかっこいいですね。
西洋のおとぎ話では、逆に人間が妖精の名前をいいあてることで危機を脱する、という話も
あります。
そこまでいかなくても、昔の人は他人の名前を直接呼ぶ事は失礼とされていました。たとえば
紫式部や和泉式部の式部は役職名(つまり○〇課長みたいなノリ?)ですし、三国志なんかの 字(あざな)も考え方は同じ。本名は諸葛亮さんだけど、失礼だから孔明さんって呼ぼうね!っ てこと。(※ときどき「諸葛亮孔明」なんて書いてあるのを見かけるけど、正しい表記じゃないと 思うんだが……どうなのだろう?)
つまりは……
千尋もハクも、真実の名前を奪われたことで湯婆婆に反抗心を押さえつけられていた
ちなみに
名前でちょっとおもしろい事
よく昔の子供に「○○丸」とありますが、丸とは排泄物の事。悪霊などに子供が連れて行かれ
ないよう、わざと汚い名前をつけたのだとか。日本だけではなく、モンゴルなどにもわざと汚い 名前をつける風習があるそうです。
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