闇と光と寒さと温もり
坂の上にある寺のライトアップが先週から始まった。
街の明るいところをさらに照らすライトアップも綺麗だが、普段は真っ暗なお寺のそれはとても幻想的だ。
見事に染まったもみじを背景に、最高12メートル強の巨大な欅の柱を立て並べて支えている舞台が青く浮かび上がる様子は、息を呑む。
サヨコ***
前の晩会社が終わった後、ライトアップを見に行こうとサイジョウと約束した。
駅から少し離れた小道の角で待っている。
7時に待ち合わせをしたにもかかわらず、10分経ってもサイジョウは仕事が立て込んでいるらしく来ない。
寒い。
そう思えば明日は雨が降るといっていた。
月にもカサがかかっていてぼんやりとしている。
あると思っていた手袋はコートのポケットに入ってなかった。そう思えば今日は出かけるから別のコートを着てきたんだったと思ったときには既に遅く、冷たくなった手に息を吹きかけて待っている。
全然温かくならない。
この土地は夏は暑く、冬は寒いという何とも過酷な土地だ。底冷えと言われる、この寒さは足下からしんしんと冷えていく。
寺が青く幻想的に浮かぶ様子を見る前に、自分の顔が青ざめそうな寒さだ。
(寒いのよ。)
と歯が小刻みに震えるのを我慢して食いしばりながら、駅の方を見ていると、闊歩するサイジョウの姿が見えた。あっという間に目の前に来る。
「ごめん。出る前に取引先から電話があって。」
息を少し乱しながら顔の前で片手を立てて謝る。
「ううん、全然待ってない。」
サヨコは甘い声と笑顔で返した。
「サヨコ、言ってることとやってることが違う。」
サイジョウは首筋に入れられた氷のように冷たいサヨコの手を掴んで出して、ぶるっと犬のように体を震わした。
イツコ***
長い坂が続く。
人込みの嫌いなコタニを拝み倒すようにして付いてきてもらった。
一度言ってみたかった夜間拝観。スズからあれは人込みを我慢しても行っておく価値があると言われた。
ライトアップしたお寺まで後どれくらいだろう。暗くて一部分しか見えないのと、完全に人込みに埋もれているので、イツコには分からない。一つ頭が出ているコタニには先が見えているだろうか。昼間友達と行った時も、なかなか寺につかなかった記憶がある。
それにしても・・・。
寒い。
まだ11月だからと厚い冬物のコートではなく、皮のコートを着てきたことが間違いだったようだ。コタニもトレンチコートのようなものを着ているので、大して温かくないだろう。
「さ、寒いですね。」
歯ががちがち言わないように、力をいれてイツコは話し掛けた。
「ああ、明日雨が降るかもといってたからな。」
「平気ですか?」
「まあ、仕方ないだろう。これでも人込みにいるから熱が篭もってる方だろう。タチバナは・・・寒そうだな。」
「失敗しちゃいました。もっと厚いコート着てくればよかった。」
「全くだ。ちょっとカバン持って待ってろ。」
コタニが黒いカバンをイツコに渡した。
受け取って、何が入っているのかわからないがずっしりと重いかばんに、イツコは驚いた。
こんなに重いカバンをずっと持っていたとは全然気付かなかった。そんな素振りは全く見せず、自然にそばにいた。遅々として進まない長い坂を待っていた。自分のカバンを肩にかけ、片手でかわるがわる持つ。持ち帰るたびにカバンの方向に体全体が引っ張られた。
不意に体が軽くなった。
「重かったか?悪かったな。」
いつの間にか横に戻ってきたコタニがカバンを取ったのだった。
「大丈夫です。それにしても重いですね、そのカバン。何が入ってるんですか?」
「ああ。今度出張行く時の資料。後、これ。飲んだら体が暖かくなるから。」
コタニが差し出したのは赤い缶の甘酒だった。
「どうした?手をだせ。」
素直に手を出すと、温かい缶が手に落とされた。
冷たかった手にぬくもりが広がる。
「冷めないうちに飲みなさい。」
「・・・はい。」
缶を開けると白い湯気が立った。甘い酒かすの香りが鼻をくすぐった。コタニはイツコが飲むのを見ている。一口飲むと、のどから食道、胃に温かいものが落ちていくのが分かった。
「温かい。一口飲んだ後で申し訳ないですが、どうぞ。」
イツコは飲み口をさっとハンカチでぬぐい、一口飲んだ缶を差し出した。
「俺はいいから、全部飲みなさい。」
「どうして?寒くないんですか?」
「寒いが、タチバナほどではない。大丈夫だから、気にせず飲んで温まれ。顔が青ざめてるぞ。」
「・・・分かりました。」
コタニが心配そうにいうものだから、イツコは言うままに飲んだ。一缶飲み終わる頃には、身体の中からやんわりと温かく、そして発熱していくのが分かった。
「ありがとうございました。温まりました。おすそ分けです。」
イツコは温かくなった手でコタニの手を包んだ。
コタニの大きな手はイツコが想像していた通り冷たかった。
この冷たい手が温かくなる頃には寺につくかしら。イツコはそんなことを思いながら、さらに指を絡めた。