二人の夢


「ねえ、サイジョウ君。サイジョウ君って小学校の頃、何になりたかった?」


サヨコがそんなことを聞いてきた水曜日。


「どうした?」
「いや、今日部長に呼ばれて来年の採用パンフレットのモデル?っていうのかしら。それの依頼をされて。」
「座談会じゃなくて?」
「ん。まあ、マキコがらみから話は来たと思うんだけど。」
「ついにパンフレットか。えらい出世だな。まあ、うちの奥様は美人でかわいいからなー。」
「はああ、嫌味ですか?」
「いや、まじで思ってる。」
「・・・あっそ。遠慮なくお褒めの言葉をいただいとくよ。・・・あああ、サイジョウ君のそういうところ、今でも結構苦手。どうして・・・もう・・。」
「そんな顔赤くしなくても。ほめ言葉は何でももらっておいたらいいんだよ。いいことなんだから、遠慮なく。それで天狗になるサヨコじゃないんだから。で、何でそれが夢につながるんだ?」
「なんか去年のパンフレットを見てたら、やたらと夢って言葉が出てたから。」
「へー。サヨコはOLになるって思ってたか?」
「ううん、全く思ってなかった。」
「そうだろうな。最初から企業の経理になりたいという小学生なんて、どんな精神構造してるか疑問だよな。サヨコは何になりたかったんだ?何か、初耳だよな。小さい頃の夢って。」
「小さい頃か。小さい頃は先生になりたかったな。」
「先生?」
「そう、小学校の先生。黒板にかつかつチョークで書くのや、赤ペンで花丸を付けるのとかすごく憧れたの。あと、先生って何でも知ってるように思えてね。そんな大人になりたかった。」
「へー。だけど、サヨコって、教育学部じゃなかったよな。」
「うん。勉強していくうちにマルチな才能って言うよりも何か一筋に研究するほうが向いているって思ったのよね。だから、高校生の頃は学芸員になりたかった。」
「学芸員?」
「簡単に言うと、博物館や美術館で働いている人。ちょっと詳しく言うと、博物館で資料の収集や保管、展示をする専門の職員さんなの。」
「ふーん。で、何で今OLやってるの?全く別だよな、OLとは。」
「めぐり合わせかな?学芸員ってすごおおおおく狭き門なのね。うち、お金持ちじゃないから働かざるもの食うべからずで就職浪人なんて出来そうもなかったから、就職活動もしたのね。で、今の会社に出会って、OL。でも、後悔してないわよ。今の会社に出会ったこと、感謝してる。男も女もなくて、結婚しても働けて、いい会社よねー。」
「そうだな。おかげでダブルインカムでがぼがぼお金入ってくるし、何よりもこんなにかっこいいだんな様と出会えたわけだし。それにしても、サヨコはお嫁さんになりたかったとかなかったわけ?」
「えっ、あーそうね。ちょっと待ってね・・・・。・・・なかった。」
「ずっと働くこと考えてたのか?」
「・・・。そうね。働くことばかり考えてたわ。」
「だから、先生、学芸員、うちの会社のOLと変遷を辿ったわけか。サヨコ、手堅いな・・・。」
「あっ、でも、待って。寿退社は考えたことあるわよ。」
「えっ、サヨコが?寿退社って、結婚するから会社辞めるというやつだよな?いつ?俺と付き合ってる頃?」
「なんというか、誰かと結婚したいと思って考えた寿退社というより、仕事を放り投げたくての寿退社かな。」
「そんなこともあったのか?サヨコが?」
「そりゃあるわよ。仕事は確かに楽しいけれど、いつもいつも楽しくてたまらないというわけには行かないわ。心底むかつくことだってあるでしょ。そんな時、にっこり笑って「今度結婚するんでやめます」って上司に辞表を叩き付けたいと思うことがあったのよ。」
「ふーーん、意外。まあ、でもそれってお嫁さんになりたいって言う夢とは違うよな。あくまで、サヨコは仕事第一なんだな。」
「仕事は大切でしょ。じゃあ、サイジョウ君はお婿さんになりたいって思ったことあったの?働くのが夢で何が悪いのよ。」
「いや、悪くはないけど。俺は悪いけど、夢は壮大だったよ。」
「何になりたかったのよ。」
「宇宙飛行士。宇宙を旅するのが夢だったよ。夢までかっこいいって感じ?」
「ふっ。」
「今、鼻で笑っただろう。」
「だって、サイジョウ君。飛行機苦手じゃない。いつも、あんな鉄の塊が浮いてるなんて普通じゃないって。」
「・・・。」
「夢は壮大だったけど、体がついていかなかったのね。かわいそうに。」
「乗れないわけじゃない・・・。」
「えっ?」
「飛行機。」
「確かにね。でも、私もあんまり宇宙に興味はないわね。昔、地学の授業で宇宙の話があったときも、宇宙の果てのこと考えると頭が痛くなったわ。で、何がどうなってサラリーマン?」
「特になにがあったわけじゃないんだよな。何がやりたいかを考えていたら今のところにたどり着いたって感じだな。でも、サヨコと同じで後悔してないよ。今の仕事楽しいし。なあ、サヨコ。今の夢聞きたいか?」
「夢?昨日の晩見た夢とかくだらないことじゃないでしょうね。」
「違う。今の俺の夢。」
「あるんだ。何?」
「今は、お父さんになりたい。」
「お父さん?」
「そう、お父さん。」
「・・・。サイジョウ君、知ってたの?」
「えっ?」

「「・・・・。」」

「えっ?えっ?サヨコ、本当か?えっ?」
「叶っちゃうね、夢。」
「えーーーーー。いつ、分かったんだ?」
「先週くらいかな。なんとなく体調がおかしくて、今朝調べたの。検査薬で。」
「で、出来てたんだ。何で朝言わないんだ。」
「だって、サイジョウ君、朝私より先に出たじゃない。それにちゃんと病院にいってからのほうがいいかなと思って。」
「病院にいったのか?なんて?間違いないって?」
「うん。明日あたり、母子手帳を取りに行こうかなって思ってる。だから、せっかくのパンフレットのお話も断っちゃった。私、おなかも大きくなっちゃうし、産休に入っちゃうし。」
「うわあああ。サヨコ、でかした!えらい!」
「えらい?」
「えらい!」
「やった!サイジョウ君、私の今の夢を教えてあげるわ。私はお母さんにもなりたかったし、これから公認会計士にもなりたいの。」
「公認会計士ってあの?」
「そう、あの難関の。せっかく産休と育休もらえるし、頑張ろうかなと思って。公認会計士も税理士みたいに科目合格制になるって話もあるし。もちろん、まず‘お母さん’を優先するけどね。」
「そうか。サヨコはもう先の夢があるんだな。」
「この子がいつも前を向いている子になってほしいから、私も頑張ってみようかなと思って。興味はあったんだけど、仕事も忙しいし踏み出せなかった。だけど、妊娠したって分かったらなんだか急に力がわいてきたの。」
「新米だけど、母は強しだな。ママは強いなー。」
「まだ、聞こえないわよ。今、これくらいなんだって。」
「小さいなー。おーい、これからどんどん大きくなれよ。ママにいっぱいおいしいもの食わせるからなー。」
「あらっ、嬉しい。パパが沢山おいしいもの食べさしてくれるって。楽しみねー。」
「サヨコ。・・・家族が増えるんだな。」
「うん。・・・。サイジョウ君、私結婚するときに、あきらめなくちゃいけないことも増えてくるって言ったよね。だけど、きっとそうじゃない。あきらめなくちゃいけないんじゃなくて、やりたいことが増えるんだね。私、この子のためなら何だってやってあげたい。それは私があきらめるんじゃなくて、私がやりたいことになるんだね。」
「サヨコ・・・。」
「家族が増えるね。」
「うん・・・。」
「パパは嬉しくて涙目よ。よかったね。パパもママも早く会いたいわ。」
サヨコがまだペタンコのおなかに手を当てて囁いた。